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わだつみの詩~こどもたちが戦時下の日本へタイムスリップ!?~  作者: ぶーけん
【第二章】タイムスリップ~個別ルート編~
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【第42話】大和・陽仁編⑦灼熱の分断・大和と陽仁の別れ

挿絵(By みてみん)


「こちらです! 止まらないで! 煙を吸い込んではいけません!」


三篠(みしの)が先頭に立ち、瓦礫の山を跳び越えながら進む。

背後からは、猛烈な勢いで迫る火の壁。

熱波が、肌をじりじりと焼き焦がし、まるで命そのものを煽り立ててくるかのようだった。


「……はぁ……はぁっ……!」


列の最後尾で、泉美(いづみ)の足取りが、目に見えてもつれ始める。

体力が明らかに限界にきている様子だった。


息が切れるまで走り、酸素を求めて吸い込んだ空気は、冷たさなど一切ない熱風。

回復するどころか、喉の奥を焦がし、肺を焼く。


泉美は、ぐったりと力を失い、身体が不自然に傾いた。


「泉美! しっかりしろ!」


(きよし)が咄嗟にその肩を抱き寄せ、倒れるのを防ぎ、半ば引きずるように前へ進ませる。

泉美の異変に、前を走っていた大和(やまと)陽仁(はるひと)が、弾かれたように振り返った。


「泉美さん! 大丈夫か!?」

「頑張って下さい! もうすぐ宮城(きゅうじょう)です!」


ふたりの足が、思わず止まりかけた――

その瞬間だった。


『ズガガガガガガッ!!』


轟音とともに、通りに面した二階建ての長屋が、爆ぜるように崩れ落ちた。

降り注いだ焼夷弾の油が建物の芯まで回り、限界を超えて一気に爆発したのだ!


猛烈な爆風。

噴き出した紅蓮の炎が、5人の間に巨大な“壁”となって立ち塞がる。


「……ッ!!」


一瞬で視界が真っ赤に染まった。


炎の外側に、陽仁と三篠。

炎の内側に、清、泉美、大和。


5人は、燃え盛る炎のカーテンによって、真っ二つに分断された。


「清さん! 泉美さん! 大和!! 大丈夫!?」


陽仁が、炎の内側に向かって絶叫する。

だが火柱は、生き物のように太く、激しくうねり、声をかき消していく。


「陽仁! 三篠さん!」


炎の内側から、清の野太い声が響いてきた。


「俺たちは大丈夫だ! だが、ここはもう通り抜けられねぇ! 別の道を探す! 三篠さん、陽仁を頼みましたよッ!」

「……分かりました! さぁ、行こう陽仁くん!」

「そんなっ!? みんなを置いていけるわけない……!」


陽仁は火の粉を浴びながら、無理やり炎へ踏み込もうとする。

三篠が、慌ててその身体を抱き止めた。


「だめだ! 今戻れば、全員火に巻かれてしまう!」



「いいから! 陽仁、行けよ!!」


炎の爆ぜる音に混じって、大和の声が飛んできた。

その声は震えていたが、必死に自分に言い聞かせるような強さがあった。


「迷ってるヒマなんかないぜ? 三篠さんと一緒に、先に宮城まで逃げてろ! 後で絶対に追いつくから!」

「……大和……」


「そういうこった! さぁ早く行けッ!!」


清の怒号が、最後通牒のように響く。

炎の壁はさらに勢いを増し、内側の3人の人影は、陽炎のように揺れ、やがて見えなくなった。


「……さぁ行こう陽仁くん!」

「必ず、必ず追いついてきてね! 絶対だよ!!」


後ろ髪を引かれる思いで、陽仁は走り出した。




宮城前もまた、修羅場を呈していた。

数十、いや数百という避難民が、堀の縁へと押し寄せていたのだ。


「離れろ! ここは立入禁止だ!」


次に立ち塞がったのは、炎ではなく――“人の壁”だった。


近衛兵たちが銃剣を構え、避難民を押し返している。

その動きは毅然としているが、表情には隠しきれない罪悪感が滲んでいた。

それでも職務として割り切るしかない覚悟が、硬直した姿勢に表れている。


「開けてください! 町が燃えているんです!」


「ここに入らなければ、みんな焼き殺されてしまう!」


「黙れーッ! 陛下の御座所を何だと思っている! 戻れと言っているんだ!!」


交錯する群衆の悲鳴と、近衛兵の怒声。

逃げ場を失った人々が堀の縁まで追い詰められ、ある者は水の中に飛び込み、ある者は近衛兵の足元に縋り付いて泣き叫んでいる。


近衛兵も――

最終的には命を救うために外苑(松林のある広い広場)までなら、立ち入りを黙認せざるを得ない状況になっていた。


「三篠さん、これじゃ……ここも安全な場所とは言えない」


陽仁が打ちひしがれたようにささやく。


「……陽仁くん、私についてきて!」


三篠はそう言うと、外苑の側面へと方向を変えた。

正門や出入り門付近にはなお人が溢れていたが、石垣沿いに進むにつれ、その数は目に見えて減っていく。

背後に迫る火の海を意識しながら、人気のない裏手へ。


やがて石垣の陰にひっそりと口を開けた、薄暗い隙間へと辿り着いた。

周囲には避難民も近衛兵の姿もない。


「……(おとり)は必要なかったか」


(え……? どういう意味……?)


独り言のように呟いた三篠の言葉に、陽仁は小さく息を飲んだ。


宮城の敷地は広大だ。

樹木が深く茂る一角や、時代に取り残された古庭園の陰には、普段ほとんど人の足が向かない細道がある。

それらは、もともと“避難”や“連絡”を目的に整えられたものではない。

政変、動乱、火災――

万が一に備え、限られた者だけが知る“余白”として残された通路だった。


重厚な石垣に守られた、その内側。

外苑と内苑を、密かにつなぐ、地図にも記されず、案内板もない、秘密の小径。


「内苑への連絡路です。古くから仕える、ごく一部の人間しか知りません」


三篠は低く言った。


「正式な名称はありませんが、私たちは御潜道(おせんどう)と呼んでいます」


「こんなところが、あったなんて……」


陽仁は思わず声を漏らした。


令和の皇族として育った陽仁は、皇居の“公開された姿”しか知らない。

儀式の場、警備された動線、定められた移動経路。

そのすべてが管理され、想定され尽くしている領域。

ここは宮城といっても、自分のよく知る皇居の外郭のはず。

その裏側に、こんな“人知れぬ抜け道”が残されているとは――


「さあ、周囲に気づかれる前に、こちらへ」




――内苑。


陽仁の足が、その地に踏み込んだ瞬間、何かが変わった。


空気が違う。

外とはまるで別の世界だった。

重く、静かで、張り詰めた――粛然とした空気。


空襲の混乱で配置が手薄になっているのだろうか。

内苑の周囲に、近衛兵の姿は見当たらなかった。

炎の気配も、人の気配も、まるで嘘のように消え去っている。

耳を澄ませば、聞こえてくるのは自分の呼吸音と、遠くでくぐもる爆音だけ。


「……ここは、やっぱりぼくが知ってる皇居だ……」


陽仁は、小さく呟いた。

目の前に広がる建物は、見たこともない和洋折衷の宮殿。

重厚な瓦屋根、深く垂れ下がる軒、そして所々に張られた迷彩網。


自分のいた皇居と、今、目の前に広がる宮城。

同じ土地に建っているはずなのに、まったく異なる光景。

自分が育った場所の“現在”と、皇統記や儀式の奥に眠っていた“過去”が――

いま、目の前で重なっている。


「あれ……三篠さん?」


異様な感覚に気を取られている間に、三篠の姿は、いつの間にか消えていた。


***


陽仁たちと分断されてから、どれほどの時間が経っただろうか。

右方向へ走っても、左方向へ走っても、迫り来るのは紅蓮の炎壁ばかり。

熱風が肺を焼き、吸い込む空気は、砂を噛むように熱く、喉を裂く。


「こっちだ! 路地を抜けるぞ!」

「……はぁ、……はぁっ……!」


清に促され、大和は必死にその背を追う。

誰もが満身創痍だった。

泉美はもう、限界を越えていた。

朦朧とする意識の中、それでも必死に食らいついていたが、ついに足がもつれ、崩れ落ちる。


「大丈夫かッ!?」

「泉美さん!」


清が駆け寄り、抱き起こそうとする。

だが泉美は自力では立てず、身体はぐったりと力を失ったまま。

息は浅く、視線も定まっていない。


「……泉美ッ!」


絞り出したような言葉が、清の喉に詰まる。

大和もまた、ただ不安そうにその様子を見つめることしかできない。


その時だった。


突風が、大和の防空頭巾をかっさらった。

ふわりと宙に舞い上がるそれを見上げて、大和は唖然とした。


「……なんだ……あれ……」


視線の先――

住宅街の向こう側で、巨大な火災の熱気同士が激しくぶつかり合い、見たこともない異常な気流を生み出している。


火の粉と煙を飲み込みながら、天まで届くかのような巨大な《火の柱》が、ゆっくりと回転していた。


――火災旋風。


地上のすべてを吸い込み、焼き尽くす、死の竜巻だ!


『ゴォォォォォォォ!!』


ジェットエンジンのような咆哮を上げ、竜巻は路地を舐めるように移動していく。

その渦の中で、"黒い塊"がいくつも空高く舞い上がっているのが見えた。


崩れた屋根の破片か。

それとも、剥がれた看板か。

いや、違う。


――あれは人だ。


空中でバラバラに引き裂かれるように舞っている。

ついさっきまで、自分たちと同じように逃げ惑っていたはずの――人間だった。


あまりの光景に、大和の膝がガクガクと震え出す。


(この世の終わりみたいじゃねーか……なんだよ……なんなんだよっ!!)


火災旋風の、さらに上――

自分たちを焼き殺しに来た死神たちが、悠々と翼を広げている。

地上で命が燃え尽きていく、その炎光を浴び、銀色に輝く巨大な胴体。

B-29。


テレビや本で見た写真では、もっと小さく、ただの無機質な機械に見えた。

だが今、頭上を通過していくそれは、あまりにも巨大で、冷酷で、圧倒的な“悪意”そのもの。


『ヒュルルルル……ヒュルルルル……ッ!!』


また、あの音がした。

空気を切り裂き、命を削り取る、死の落下音。

銀色の腹から次々と産み落とされる焼夷弾が、大和の瞳に、真っ赤な尾を引いて映る。


「もう……やめてくれよ……何個落とせば気が済むんだよ……」


大和は顔をくしゃくしゃに歪め、天に向かって叫んだ。


「お願いだから! もう、いじめないでくれよ!!」


それは悲鳴という名の絶叫。

あまりにも小さすぎる身体で、精一杯振り絞った、無力な命乞い。


それが今の大和にできる、唯一の抵抗。

いや、抵抗ですらない。

ただの懇願だ。


「頼むから! もうやめてくれよーーっ!!」


泣き叫ぶ声は、爆発音と風の咆哮に飲み込まれていく。

空を行く鉄の巨獣は、少年の震える叫びなど、聞きもしない。


ただ機械的に、正確に。

地上のすべてを灰にするため――

殺し尽くすために、淡々と翼を動かしている。


熱い涙が、ぼろぼろとこぼれ落ち、煤と混ざって頬に泥のような筋を描いた。


「お願いだから……もう殺さないでくれよぉぉおお――っ!!」



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