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【第22話】真澄編③小さな予言者

挿絵(By みてみん)



翌朝、真澄(ますみ)伍代(ごだい)に頼んで、しばらく居候させてもらえることになった。


凛とした朝の空気が辺りを包み込む中、真澄は戸外に出て深呼吸をする。


「す~っは~! す~っは~!」


何度も、何度も、深呼吸を繰り返す。

やがて彼女の顔には気力が満ち、目には覚悟の光が宿る。


「現代に帰れないなら、ここでできることをやるしかないわ!」


真澄は拳を握りしめた。


「私がここに来たのは、きっと意味があるのよ!」


迷いはもうない。


戦争によって、日本が滅亡しかける未来。

破滅的な史実。

大勢の人間が命を落とし、犠牲になる。

その未曾有の大惨事を回避すること。

それこそ、この時代に真澄をタイムスリップさせた神様から与えた使命であると、少女は受け取った。


遠くに、煙突の煙がたなびく町並みが見える。

小さくてもいい、まずは“声”を人々に届けねば。


みんなに戦争の悲劇を伝えて、停戦を呼びかける。

真澄の表情は引き締まり、新たな未来を切り開こうとする気概に溢れていた。


「私が、歴史を変えてやるんだからー!」



ーーーーーーーーーー



町まで出てきた真澄は、人々の往来する大通りで足を止めた。

ちょうどいい大きさの木箱を見つけたので、その上に乗っかる。

真澄はそれを土台として使うことにした。


目の前を行き交う町民。

自分のいた令和の時代で見たことのある、選挙の街頭演説をイメージしながら。


「えーっと……みなさーん!」


真澄のその声掛けに、周囲の町民は、立ち止まる。

『何だあの子……?』と、つぶやく声がちらほら。

小さな子どもが大道芸でもするのかなと、誰もが首を傾げた。


真澄は深呼吸して、手を振り上げた。


「聞いてくださーい! 戦争はやめたほうがいいですー!」


真澄のその発言に、立ち止まった人たちは目を丸くした。


「これからたくさんの人が死んじゃうんですー! もう本当に!」


子どもらしい幼い声で、ちょっと震えているが、必死さは伝わる。

だが、町民の誰もが訝しげに真澄を見ていた。


「お父さん!お母さん!お兄さん!お姉さん! あ、そこのおじいちゃん、おばあちゃん! 戦争を続けたら、みんな大変なことになりますよ~!」


その光景を見ていたひとりの老婆は肩をすくめ、小声でつぶやく。


「まあ、可哀想な子ね」


その視線は理解ではなく、同情であった。


周囲の反応に構わず、真澄は手振り身振りもつけて、演説を続ける。


「だから、お願いです! 戦争はダメです! やめましょう! はい、みなさん! ご一緒にー! せーのっ! 

『戦争はーやーめーまーしょー!』」


真澄は完全に浮いていた。

冷めた視線だけが、町民からの反応だった。


やがて、足を止めた人々も、真澄の主張を受け流し、すぐに日常に戻っていく。

構ってはいけない、真に受けてはいない。

誰も真澄を相手にはしなかった。


しかし、少女の熱意は明らかに異様で、何とも言えず滑稽でもあった。

印象は強く残ったに違いない。



しばらくして、伍代がゆったりと現れる。


「……やれやれ……」


苦笑いしながら、真澄の肩に手を置く。


「あ、伍代さん」

「何をやっているんだ? もう引き上げなさい。危ないよ」


真澄は少し拗ねたように頷く。

心の奥では使命に燃える炎がくすぶっている。


「絶対に……私は諦めないからね!」


伍代は肩をすくめ、通りの町民の視線を受けながら、静かに歩き出した。



ーーーーーーーー



別の日、真澄は伍代の目を盗んで、また町へと繰り出した。

場所を変えて、土台に乗っかり、再び人々に反戦を訴える。


この時代にはマイクもメガホンもない。

ならばと、真澄が用意したもの。


「これは笛でも、ラッパでもないけど……えいっ!」


彼女は竹筒を口に当て、声をかき鳴らすようにして呼びかけた。


「みなさーん! 聞いてくださーい! 

この戦争は、とんでもないことになりまーす! 大勢の人が犠牲になります!

あなたの家族の中にいる兵隊さんも戦地で亡くなってしまいます!

日本中にいる一般の人たちも、空襲で命を落としてしまうんです!

だからやめましょう! みんなで即時停戦を訴えましょう!」


竹筒は思った以上に声を遠くまで届けた。

通りを歩く町民たちが、何人も振り返る。


「おかしなことを言うな、あの子」

「頭…大丈夫か?」


真澄よりも小さな子どもたちが、馬鹿にするようにゲラゲラ笑いながら、真澄の方へ石を蹴った。


「あっ、痛っ! 何するのよ!」


大人たちは、子どもたちを注意しない。

代わりに真澄の発言に怒りを覚えるか、哀れみの目で見るか、そのどちらかだった。


町の人々は真澄に関わってはいけないと思うのか、無視して素通りしていく。

少女の熱血演説は町の雑踏に飲まれていく。


「みなさーん!聞いてくださーい! 日本が快進撃を続けるのは、最初だけです! 日本は敗戦しますーっ!」


やがて、何人かが集まってきてくれたと思ったが、それはヤジの始まりだった。


「やめろやめろ! 何を言ってんだー!」

「失礼な子だ! 誰の娘だー?」

「不謹慎なことを言うなー!」

「国を裏切る気かー! 非国民めー!」

「そうだー! そうだー! ひっこめー!」


町の人々から非難されて、真澄は恐怖と悲しみで震えだす。

が――それでもやめなかった。

叫びすぎて、喉の奥が痛い。

涙をこらえて、懸命に言葉を繋いだ。


「お願いです、戦争をやめて! みんなで国に訴えましょう!

だって、未来の日本は――滅びかけちゃうんですからー!」


「こらぁぁああーーっ!」


鋭い声が割り込んだ。

警防団の男が駆け寄り、真澄の腕をつかみ、強引に土台から降ろす。


周囲がざわめくが、誰も助けてくれない。

それどころか、遠巻きに距離をとる人までいた。


「子どもだからって、そんな冗談を言うのは許されない! 特高警察に捕まるぞ!」


真澄は唇を噛んだ。


「……だって……このままじゃ、みんな……」


言葉は最後まで出なかった。


その時だった。

伍代が人混みの中から現れ、静かに頭を下げた。


「すまん。この子は、浜で迷ってたんだ。頭を打って……少し、混乱してるだけだ」


警防団の男は渋々手を離した。

伍代は何も言わず、真澄の肩を軽く叩く。

その手のひらの温かさが、なぜか涙を誘った。




夕暮れの帰り道。橙色の空が感傷的だった。

伍代と手を繋ぎ、悔しそうな表情を浮かべて歩く真澄。

少女はぽつりと言った。


「……誰も信じてくれない」

「当たり前だ。信じられんことを言っとる」


「でも、ほんとに未来では……日本、負けちゃうんです。

市民も兵隊さんも、そして外国の人も、いっぱい死んじゃうんです」

「未来……か」


「国中がめちゃくちゃになっちゃう! 私は、それを止めたい……」

「ふむ……」


真澄の大粒の涙が、夕焼けに照らされて光っていた。

それを見て伍代は、歩みを止めた。


「確かに真澄の言う通り、この戦争に疑問を抱く者もおる。

真澄の声は、彼らの想いを代弁したものだっただろう」

「なら! どうして誰も私の声掛けに応じてくれなかったの?」


「表立ってそういった声をあげれば、身の危険に晒されるからな。

言論統制が敷かれ、弾圧が厳しいんだ」

「何よ……それ……」


「この“時代”で生きたければ、周囲に同調することだ」


真澄は何か、伍代の様子に違和感を感じた。

しかし――

すぐにまた、悲しみと悔しさが込み上げてきて、自分の無力さに苛まれ、涙を流した。


「……それに……」


伍代は夕暮れ空を見上げて、真澄にも聞こえない声で、静かに言った。


「……この国は滅びかけないと、真には変われん……」




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