【第14話】蓮弥編①日中戦争最前線!?
「いててぇ……何だここは?」
蓮弥が目を覚ますと、視界には赤く濁った空と荒れ果てた廃屋が広がっていた。
硬くて冷たい、それでいて埃っぽい瓦礫の上に放り出されている自分。
「うわぁ……なんだこの臭い……」
立ち込める空気は、鉄の匂いと火薬の刺激臭で、ねっとりとしており、不快感を抱かせる。
蓮弥はゆっくりと起き上がった。
周囲を見渡す。そこは、完全に破壊された市街地だった。
崩れ落ちた建造物が山をなしている。
向かいの建物は、黒焦げの骨組みだけを残してかろうじて立っていた。
赤く曇った空は太陽を不気味に覆い、瓦礫と影のコントラストを演出している。
「これは……夢の中かな?」
蓮弥は思い出す。
夏休みの自由研究で大和たちと一緒に、戦争について調べることに決めた。
それで靖国神社の中にある戦争博物館である遊就館へ行き、見学していたはず。
そしたらすぐ近くで知らない大人たちが喧嘩しだして、そのうちの一人に追われ、逃げ出した。
展示品倉庫のような場所に避難していると、倉庫の奥で光るさざれ石をみつけた。
みんなでそのさざれ石を触っていたら、強く光りだして、その光に飲まれて……
それで……
『ダァン!!』
蓮弥の思考を遮るように、突然、耳を突き刺すような乾いた発砲音が鳴り響いた。
蓮弥は思わず両手で耳を覆い、しゃがみ込む。
「う、うるさっ! 打ち上げ花火? 夏祭りかな? なんでこんなとこで……」
次の瞬間、蓮弥の頭上を、”何らかの飛来物”が掠める。
同時に、背後にあった煉瓦の壁に激しい衝撃音が響き、砕けた欠片が飛び散った。
『ドゴオオオォォォ……!』
蓮弥は頭が真っ白になった。
血の気が引き、身体中に鳥肌が立つ。
本能的に理解した。
これは夢ではない。
そして、自分は今、死にそうになった――
「うわぁぁあああーッ!」
蓮弥は絶叫して駆け出した。
気が動転した状態で、狂ったように走った。
そして足元にあった瓦礫に躓いて、盛大に転ぶ。
地面に身体を打って、蓮弥はわずかだが冷静さを取り戻した。
そのまま起き上がらず、地を這うように移動する。
ゲームの知識やアクション映画の記憶の断片が、彼をそうさせた。
廃屋の陰へと身を潜める。
土埃と煤で手が真っ黒になっていた。
『ゴオオオォォォ……!』
遠くから、重く低い唸り音が近づいてくる。
次の瞬間、数十メートル先の廃墟で轟音が炸裂した。
火柱が空高く舞い、瓦礫がまるで雨のように降り注ぐ。
(耳がキーンとする……これは”音”じゃない!)
(“爆風”だ。”熱”だ。”死”だ!)
(やばい、やばい、やばい……なにが、どうなってるのさっ!?)
蓮弥は震えながらも、顔を上げる。
前方、瓦礫の山越しに、いくつもの影が動いているのが見えた。
影は銃を構え、低い声で何かを叫んでいる。
何を言っているのか、よく分からない言語だった。
そして――
その影たちとは逆の方向、わずかに遠くから、聞き慣れた日本語の怒鳴り声が聞こえた。
「――急げ! 弾薬を! 敵はまだいるぞ!」
その声を聞いた瞬間、蓮弥の脳裏に《敵と味方》という、単純な二択が浮かんだ。
(と、とりあえず、日本語のする方向へ、逃げよう!)
生きるか死ぬかの極限状態。
蓮弥は無我夢中で、日本語の聞こえた方角へと地面を這いながら前進する。
頭上を飛び交う砲弾の嵐の中、身を低くして、全神経を集中させながら。
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ここは1937年の上海。
中国大陸に侵攻する日本軍は、上海を防衛する中国支那軍と戦っていた。
その最前線に、なんと蓮弥はタイムスリップしていたのだ!
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蓮弥が、両軍の銃弾や砲弾をかいくぐって日本陣営までたどり着くことは、”奇跡”に近い。
だが――
蓮弥は至難の業をやってのけた。
なんとか日本陣営まで辿り着けたのだ。
「た、助けて下さい!!」
しかし最後の関門は、”日本兵に自分を味方だと認識させる”ことだった。
塹壕に飛び込んできた子どもの姿に、日本兵たちは愕然とした。
「子ども!?」
「何だ!? お前は!?」
「待って! 撃たないで下さい!」
日本兵は即座に警戒態勢に入り、蓮弥に銃口を向ける。
「貴様! どこから来た!?」
「ボクは怪しい者ではありません!!」
「いや、怪しすぎるだろ! なんだその服装は?」
「ガキがどうしてこんな所にいる!?」
「奥地の蒙古人の衣装か?」
「いや、油断させる為に支那が日本語の使える子どもを……おとり役かもしれん!」
「貴様は何者だ? 名を名乗れ!」
向けられた銃口を前に、蓮弥はパニックになっていた。
「ボ、ボボ、ボクは、朝香 蓮弥と言います!」
沈黙。
日本兵たちは絶句していた。
静かになる日本兵たちに、蓮弥はひとまず安堵を――
「朝香、だと?」
「ふざけるなぁぁああ!!」
「やはりこいつは敵陣営が差し向けたガキの諜報員か何かだ!」
まるで火山が噴火したかのように怒り出す日本兵たち。
(なんで!? 聞かれたから名乗っただけなのにぃーっ!)
銃口が迫ってくる。
蓮弥は泣いていた。
(駄目だ、撃たれる。殺される!)
(この人たち、身なりから察するに、きっと戦争時代の兵士だ)
(ボクらが夏休みの自由研究で調べていた、アジア太平洋戦争の時の日本兵!)
(同じ日本人なのに、きっとボクがどんなに説明しても、分かってもらえない!)
なにか……なにかないか……!?
この絶体絶命の状況を打開する、”何か”。
そう、たとえば彼らの敵視を一瞬で解く、”魔法の言葉”。
極限状態の中、蓮弥は思い出した。
起死回生の言葉を!
「て、天皇陛下ばんざーい!」
蓮弥は恐怖で号泣しながらも、両手をあげて叫んだ。
壊れた機械のように、何度も何度も、万歳を繰り返した。
「天皇陛下ばんざーい! 天皇陛下ばんざーい!」
「――ッ!?」
鬼のような日本兵たちの顔が、緩んでいる!?
向けられた銃口が、下がってきたぞ!
よしっ! あともう一押し!
「お、お国に! 陛下に! この命、捧げます!」
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日本軍の前線から後方、中隊長のいる宿営地に下士官が駆け込んできた。
「中隊長殿! 帝国の男児を前線で保護しました!」
緊迫した最前線で、得体の知れない日本男児。
下士官の報告に、中隊長は眉をひそめる。
「……ほぅ、珍しいな。居留民の落とし子か? 支那軍に人質として囚われていたところを、逃げ出してきたのか?」
「いえ、それは分かりません! ですが異様な服装をしており、何を尋ねても要領を得ません!」
「どういうことだ?」
「はっ! 言ってくる言葉が意味不明なのです!
『自分は”令和”から、やって来た』だの、
『”スマホ”があれば、貸して欲しい』だの、
『未来から”タイムスリップ”してきた』だの、
……理解できません!」
「……ふむ、錯乱しているな。前線で銃弾と砲弾に晒され続けて、精神に異常をきたしてしまったのだろう」
「いかがいたしましょう?」
中隊長は少し考えた後、口を開く。
「保護するにしても厄介な荷物だな。北への送還も不可能、日本への移送も手続きなどで手間をかけられん」
「はっ!」
「その子ども、まったく意思疎通ができないわけではないな?」
「一応は、会話は出来ます」
「……そうか」
中隊長は腕を組んで下士官に言った。
「戦線は熾烈を極めている。兵士たちは極度の疲労状態にあり、雑用まで手が回らない。違うか?」
「はっ! その通りであります!」
「では、その子ども、雑用係として隊で使ってみるか?」
「……は?」




