【第12話】消えた子どもたち――その後
昼下がりの靖国神社。
黒塗りの車両が粗々しく境内の駐車場に滑り込み、後から警察車両も続々と追随する。
彼らの向かう先は遊就館だった。
「ただちに入場制限をかけろ。
館内にいる全ての者を外に出すな、ホールに集めて一時待機だ!」
低く重い号令が響くと、警察官たちが速やかに館内を巡回し始めた。
受付、館の職員室、そして来館者たちに毅然とした態度で告げ始める。
「申し訳ありません。本日は館内の"緊急点検"のため、ただちに閉館させていただきます」
ただならぬ空気に、館内にいた者はみな呆気にとられ、戸惑いを隠せない。
「また、皆様には簡単な身元確認をさせていただきます。1人ずつこちらへ。安全確保のためです」
"安全確保"?
何故、身元確認など――警察は、絶対に何かを隠している。
そう疑う者は多数いた。
しかし館内には、抗えない緊迫感に満ちている。
"尋常ではない何か"が起きている――
誰もが従わざるを得ない空気に晒されていた。
表向きは《緊急点検》
だが、実際は――
国家の根幹に関わる、未曾有の非常事態が起きていた。
――やがて、境内に黒塗りの車列に並んで一台の警察車両が駐車した。
降りてきたのは皇宮警察警備隊の責任者、滝沢警視課長。
表情には明らかな焦燥が見て取れる。
「……本当にここか?」
エントランスで待機していた捜査主任に滝沢警視が聞いた。
「はい。最後に皇太子殿下の姿が確認されたのは、この遊就館の館内監視カメラです。
一般児童と思しき4名の子どもと一緒に、展示フロアを見学している様子が映っていました。
ただ――」
報告する捜査主任の顔が曇る。
「ただ、何だ?」
「監視映像に異常があります。
殿下が展示フロアを飛び出してからの約5分間、映像が完全にブラックアウトしているんです」
「通信障害か? もしくは意図的な妨害、ハッキングか? EMP(電磁パルス)か?」
滝沢警視の声に捜査主任が首を振る。
「いえ、それ以上の"何か"だと……」
言葉を濁す捜査主任。察した滝沢の顔がたちまち硬くなった。
"ただ事"ではない。
常軌を逸する事態なのは明らかだった。
「それに……監視カメラがブラックアウトする前に、映像には怪しい男が――」
その時、誰かが走ってきた。
「滝沢さん!」
駆け寄ってきたのは、皇太子殿下の警護に当たっていたSP(皇室警護班)の班長。
「私から、状況を説明します!」
SP班長から事の一部始終を聞かされた滝沢警視課長は、
『冗談ではないのか?』と、言いたい衝動に駆られた。
にわかに信じがたい。それだけ衝撃的な内容だったのだ。
だが、辛辣な表情で一語一句を語るSP班長の様子が、真実だと物語っていた。
SP班長は顔を伏せ、深々と頭を下げた。
「申し訳ありません! 私の不手際です! この失態、更迭でも処分でも受けます!」
重大な責任を感じて、酷く顔を歪めているSP班長の姿は、見ていて痛々しかった。
――皇太子殿下と、子どもたちが消えた。
――そしてSPたちを病院送りにし、殿下に危害を加えようとした眼帯の男。
眼帯の男もまた、消息不明。
"重大な犯罪者"である。
滝沢警視の表情が一層引き締まった。
(舐めた真似を……絶対に捕らえてやる)
最優先で、皇太子殿下と子どもたちの捜索は続く。
どこかで、蝉が鳴いている。
だがその声すらも、遠い別世界から聞こえてくるように感じられた。
遊就館の館内すべての窓は遮光カーテンで閉ざされ、厳重警戒のもと、現場検証が行われている。
誰もが焦燥感に押し潰される思いだった。
滝沢警視課長、SP班長、捜査主任、情報分析官、監察官は、
重苦しい空気で窒息してしまうくらい、追い詰められていた。
"皇太子殿下と、4人の子どもたち"が――失踪した。
《存在していた》はずの人間が、空白となり、この世からごっそりと抜け落ちた。
それしか説明がつかなかったのである。
滝沢警視が、低く息を吐いて言う。
「……もう一度確認する。
出入口、通用口、空調ダクト、地下通路を含め、館内全域、
――すべての経路を確認したんだな? 実際の目と、映像の両方でだ」
捜査主任が答える。
「はい。全て捜索員に再確認させました。
監視カメラに関してはブラックアウトした5分間を除いて、館内と屋外の映像を警察庁の防犯ネットワークにて照会。
更には近隣ビルの設置カメラまで、秒単位で再構成しています。
……ですが、”殿下が外に出る映像”はどこにも存在しません」
次に情報分析官が報告する。
「加えて、遊就館の職員と来館者、全員の行動記録も照合済みです。
入館と退館、双方で"余計な出入り"は一件も確認されていません」
SP班長が口を開く。
「当時、殿下が展示フロアにおられた際、我々は館内で監視するだけでなく、館の外周にも警護員を配置していました。
殿下は外に出ていません」
監察官が静かに結論づける。
「――つまり、"中から姿を消した"としか言いようがない、ということだな」
誰もが、その結論に、言葉を失っていた。
重い沈黙。
「……ありえないだろう」
やがて滝沢警視が呟くように言った。
誰もが、そうは思いつつも、口にしなかった言葉。
だが、その場にいた者たち全員の思っていた事を代弁したものに違いなかった。
「我々は皇太子殿下を"見失った"のではない。――"消された"のかもしれん」
「消された……ですか?」
捜査主任が思わず問い返す。
「物理的に、という意味ではない。
"存在"そのものが、何らかの方法でこの世界から"消えた"、ということだ…」
そのとき、警備担当の捜査官が息を切らせて駆け込んできた。
「滝沢警視! 宮内庁の侍従長代理と、公安一課の管理官がお見えです。現状の説明を求めています!」
続けざまに、別の捜査官も慌ただしく走り寄って来た。
「警視課長、内閣官房から直通です! 至急、対応を!!」
滝沢警視は小さく息を吐き、こめかみを押さえる。
まだ暫定的な報告書すらまとまっていない。
だが上層部への情報は、既に横へ、そして上へと流れていた。
「……我々の手には余る。これは"単なる行方不明"ではない。
もっと"別の何か"……理屈を超えた《超常現象》だとしか言いようがない――」




