【第10話】はじまりの場所へ
「なにがどうなってんだよ〜! わけわかんねぇ!!」
大和の叫びが、遊就館の廊下に響く。
突如現れた眼帯の男――
誰も、何が起きたのか理解できない。
展示室を飛び出した子どもたちは、ただ本能のままに走っていた。
「さっきの眼帯つけてた男ヤバすぎだろ! マジで"殺気"出てたぞ!」
「知らない人だよね!? なんで初対面であんな怒鳴られなきゃいけないの!」
「わ、わたしたち、何かしたっけ…!?」
「ボクらは悪いことなんて何もしてないさ! ちゃんと自由研究してただけなのに!」
「悪いのはさっきの大人たちだぜ! 年甲斐もなく喧嘩してたぞ! あいつら大人のくせに大人げねーよ!」
息を切らせながら、次々と飛び交う言葉。
誰も足を止めない。
ただ、恐怖と混乱のまま、出口を探して走り続けていた。
陽仁もその中で必死に走っていた。
だが、頭の中はグチャグチャだった。
(皇室警護(SP)の人たちが……やられた……)
(いったい、何が起きてるんだ……?)
(どうしよう……? 状況が状況だ……)
(今更だけど、ぼくが皇太子だって、大和たちに話したほうがいいかな……?)
(でも、そんなこと言っても……信じてもらえると思えないし……)
(それに……巻き込んだのは、ぼく、なのか……?)
――ぼくのせいで、みんなが傷つく。
こんなことになるなら、はじめから逃げ出さなければ良かったんだ!
それで警護の人も、大和たちも、みんな危険な目に遭わなくて済んだのに!!
陽仁の胸が、後悔と罪悪感で締めつけられる。
肩で息をしながら、涙を堪えながら、堪えきれなかった涙を流しながら、
彼はそれでも大和たちと一緒に必死に走り続けた。
後ろを振り返る。
眼帯の男が迫っていた。
その左目の眼帯が揺れるたびに、天井のライトに反射して不気味に黒光りする。
「や、やべぇっ! すぐそこまで追ってきてる!!」
「もうわたし無理! 足が動かないよ!」
「止まったら駄目だ! みんな走って!」
息が切れ、足音が乱れる。
子どもたちの限界が近づいていた。
その時――
目の前の廊下の突き当たりに、ひとりの男が立っていた。
ふっくらとお腹の出た小柄の、背広を着た大人。
特徴的な黒縁の眼鏡を掛けていた。
また知らない謎の男か、と、大和たちは一瞬警戒した。
しかし黒縁眼鏡の男の表情は穏やかで、どこか安らぎに満ちている。
眼帯の男のような威圧感はない。
「君たち! 大丈夫かい? こっちこっち!」
優しい声が、恐怖で張りつめた空気を和らげる。
「は、はいっ!」
「よかった、きっと職員の人だ!」
「助かった……!」
黒縁眼鏡の男は落ち着いた笑みを浮かべた。
「安全な場所へ案内するよ! ついてきて!」
その声は急かすように聞こえる一方で、まるで催眠のような安心感を大和たちに与えた。
子どもたちは迷いもなく従い、黒縁眼鏡の男についていく。
背後から追っていた眼帯の男は足を止めた。
まるで黒縁眼鏡の男に引き継ぎし、後を任せるかのように。
追うのをやめ、見送るだけの眼帯の男に、子どもたちは気づかない。
やがて眼帯の男は、心の中で呟く。
(腐りきった日本に染まり、大義を見失った皇太子、"末裔たち"など、消えてしまっても構わん)
子どもたちは息を切らせながら、黒縁眼鏡の男の後を追い、職員専用エリアのバックヤードを進んでいく。
やがて黒縁眼鏡の男は、一枚の鉄扉の前で足を止めた。
扉には《関係者以外立入禁止》の札。
「この部屋なら安全だ。少しの間、中に入って避難してて!」
親しみを感じさせるような口調でそう言うと、黒縁眼鏡の男は扉を開け、子どもたちを室内へと促した。
中は、埃っぽい空気の漂う、展示品保管庫のような部屋だった。
金属棚には古い展示パネルや木箱が積まれている。
外の光が届かず、奥の方には何があるのかも見えなかった。
「……なんか暗いわね、薄気味悪い」
「でも、職員の人が言うんだから、安全なんじゃない?」
子どもたち全員が中に入ったのを確認すると、
黒縁眼鏡の男はゆっくりと外側から扉を閉め――
カチリ。
無機質な金属音が響いた。
「お、おい……今、外から鍵かけたよな!?」
「え、ちょっと待って、閉じ込められたってこと!?」
「うそでしょ……?」
慌てて大和がドアノブを回すが、微動だにしない。
静寂が訪れる。
呆然と立ち尽くす子どもたち。
重たい沈黙の中、咲良が小さく呟いた。
「……あの人、本当に職員だったのかな…」




