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【第9話】謎の襲撃者あらわる!

挿絵(By みてみん)


SP(皇室警護)の緑川(みどりかわ)の誘導に従い、陽仁(はるひと)が静かに展示フロアを退出していく。

大和たちにお別れを告げることもできず、ただ背中に未練を抱いたまま。


――その時だった。


突然、ひとりの男が目の前に飛び出してきた。

顔立ちは二十代の終わりか、三十代のはじめ。

古びた詰襟(つめえり)の黒い制服に、きっちりと撫でつけられた髪。

まるで昭和の軍人将校がそのまま時代を飛び越えてきたようだった。

どこか、かつての帝国の名残りを宿している。


そして何よりも異様だったのは――

左目を覆う黒い眼帯。

それがまるで、この館内の光すべてを吸い込むような底なしの暗黒に見えた。


眼帯の男が、低く、ドスの利いた声で言い放つ。


「――お飾りのお(はるひと)ちゃん! 見つけたぞッ!!」


その声はフロア全体に響いた。

そして眼帯の男は、続けて怒号を炸裂させる。


「ずいぶんと気ままな遠足だな!

そこのガキどもが、たぶらかして誘拐したんだな!?

捕まえてやるっ! 囚われたあと、どうなるか分かってるんだろうなぁあ!?」


空気が爆ぜるような怒声。

展示フロアの静寂は一瞬で砕け散り、重厚な緊張が場を支配する。

眼帯の男の目は刃のように鋭く、子どもたちを射抜く。

その形相は、まるで鬼――


威圧というより、”恐怖そのもの”。

視線を向けられた子どもたちは、呼吸を忘れていた。


陽仁も、離れた位置にいた大和たちも、突如現れたその異様な男を見て硬直している。

咲良が真澄の腕を掴み、蓮弥はガタガタ震えていた。


――SP緑川の胸の奥で警鐘が鳴る。


(――こいつ、

これまで子どもたちに気づかれぬよう、殿下も動揺させないよう、静かに慎重に事を運んでいたというのに、すべて台無しにしやがった。

だが……)


「――どういうつもりだ!? 何者なんだお前は!」


緑川が眼帯の男に問いただす。

警護任務の場で、これほどの緊張感を抱かせる相手は初めてだった。

彼だけではない。

その場にいたSP全員が、気づけば男の出現に"遅れを取っていた"。

気配を感じなかった――ありえない!

この眼帯の男、身なりもそうだが、ただの不審者ではない!


眼帯の男は、緑川を無視して、ゆっくりと陽仁の方へ歩み寄る。

無言のまま、まっすぐに。

その一歩ごとに更に空気が重量を増す。


「殿下!」


緑川は陽仁の前に立ちふさがり、両腕を広げた。

冷静を装うが、内心では全神経を研ぎ澄ませている。

一瞬でも油断すれば――。


次の瞬間、眼帯の男の体が霞んだ。


「――ぐぁッ!」


乾いた音が響く。

緑川の体が弾き飛ばされ、壁際まで吹き飛んだ。

衝撃音に子どもたちが絶叫する。


「きゃああああああああ!!」


真澄と咲良の悲鳴は一際高い。

大和と蓮弥は絶句していた。

陽仁も呆然とする。


近くにいたSPの水瀬(みなせ)が駆け寄ろうとするが、息を飲んだ。

緑川は格闘戦で誰にも負けたことがない。

同期の中で最も強かった男だ。

その緑川が……一撃だと!?


信じられない光景。


(呆けている場合か! 殿下が! 子どもたちが危ない!

この男を無力化しなければ!)


周囲のSPたちが一斉に動く。

数人がかりで眼帯の男に迫る。

しかし、彼は表情を変えず、わずかに身を捻っただけで次々とSPを倒していく。

無駄のない洗練された動き。

まるで訓練ではなく、生きるか死ぬかの"戦場"で磨かれた動き。


倒れ伏すSPたちを見下ろし、眼帯の男は低く呟いた。


「……生温い」


声には怒りよりも、深い失望が滲んでいた。


「現代の皇室警護など、この程度のものか。

貴様ら、本気で”国のため、殿下のために命を捧げる覚悟”があるのか?」


まるで時代錯誤の亡霊が、現代の頼りない後輩に対して叱責しているようだった。


眼帯の男はゆっくりと陽仁たちの方へ向き直る。

SPたちは誰も立ち上がることができず、床に散らばったまま。


「……殿下、"逃げて"ください……!」


床に倒れたまま、緑川がかすれた声を絞り出す。

右足を押さえ、痛みに顔を歪めながら。


緑川の一言で、恐怖による金縛りが解けた。

一瞬の躊躇。

陽仁は、自分たちを守ろうとしてくれたSPたちに目を配った後、駆け出した。

そして大和たちも、陽仁の後を追う形で展示フロアを飛び出した。

子どもたちの小さな足音が、廊下に響き、遠ざかっていく……。


眼帯の男が、無言のままその後を追う。

足取りは焦っているように見えない。

本気で子どもたちを追いかけている、とは思えなかった。

まるで"子どもたちの逃げ道、向かう先を既に知っている"かのように。


「……くそっ……!」


水瀬が床を這いながら無線を掴む。

震える手で、何とかボタンを押し込む。


「こちら水瀬! 展示室で襲撃者が――」


しかし、無線からは、何の音も返ってこなかった。

雑音すらない。まるで、電波そのものが断たれている。


「入らない……? 何故……」


水瀬は愕然とする。


(どうなっている? だが、館内の監視カメラは? 班長が見てるはずだ)


監視モニターで緊急事態を目にした班長が既に次の対策を取っている。

その姿を脳裏に浮かべる水瀬。

だが、彼の希望はすぐに崩れた。


――フロア、いや館内の全ての照明が、一瞬だけ点滅した。


ただの電気ノイズによる瞬間停電ではない。

"通信と監視を切る"ための、誰かの意図的な気配が漂っていた。



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