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王太子と妹の嫉妬

 アリシアが塔で暮らし始めてから数週間。ようやく新しい生活に慣れつつあった頃、王宮から正式な文書が届けられた。


 ――王家主催の舞踏晩餐会への出席を求む。


 レオンは封蠟を一瞥しただけで投げ捨てようとしたが、アリシアは思わずそれを拾い上げた。


「……私、行くべきでしょうか」


 恐る恐る問うと、レオンの瞳が鋭く光る。


「馬鹿らしい。お前を追放しようとした連中が、何を今さら呼び戻す」


「でも……このまま出席しなければ、『魔導師に囚われた令嬢』などと噂されるかもしれません」


 侯爵家での屈辱の日々が脳裏をよぎる。噂や悪意に曝され続け、否応なしに心を削られたあの時間。もう同じ思いをしたくはなかった。


 レオンは短く息を吐き、椅子の背に身を預けた。


「……行きたいのか?」


 その問いに、アリシアは小さく首を振った。


「怖いです。けれど……レオン様と一緒なら」


 その言葉に、レオンはわずかに眉を動かし、やがて頷いた。


「いいだろう。奴らに、お前がどういう存在かを思い知らせてやる」


 晩餐会当日。煌めくシャンデリアが輝く大広間は、絹や宝石で身を飾った貴族たちで埋め尽くされていた。


 その中を進むアリシアとレオンの姿は、ひときわ目を引いた。淡い蒼のドレスを身に纏ったアリシアは誰もが認める美しさなのである。


 アリシアの隣で、漆黒の礼服に身を包んだレオンは、冷徹な美貌と威圧感で周囲を黙らせていた。


「……あれが、あのフローレンス侯爵家の娘……」

「王太子殿下に捨てられた令嬢が、魔導師の塔に籠っていると噂の……」


 囁きは途切れない。アリシアは胸を締めつけられる思いだったが、レオンの背中が揺るぎなくそこにあることで、なんとか歩みを進めることができた。


 広間の中央、ひときわ明るく照らされた場所に王太子エドワードと、妹カトリーナの姿があった。


「まあ、お姉さま」


 カトリーナが口元を歪める。真紅のドレスを身に纏い、誇らしげに胸を張るその姿は、まさしく「王太子妃」としての自負に満ちていた。


「勇気があるのね。追放された身で、よく顔を出せたものだわ。殿下のお心を得られなかったお姉さまは、もう過去の人。王太子妃の座は、すでにこの私のもの」


「それに……そんな格好をして身なりを整えたところで、お姉さまの無能ぶりは隠せませんわよ」


 周囲の貴族たちがくすくすと笑う。エドワードもまた、アリシアを一瞥するだけで興味を失ったように視線を逸らした。


 アリシアは言葉を失い、ただ唇を噛みしめる。胸が痛い。過去の孤独と絶望が蘇る。


 だが、その場を冷ややかに切り裂く声が響いた。


「相変わらずくだらないな」


 レオンが一歩前に出る。冷徹な瞳がカトリーナを射抜き、場の空気が一瞬で張り詰めた。


「王太子妃の座だと? そんな虚飾に、何の価値がある」


 カトリーナは怯むが、負けじと声を上げる。


「な、何ですって……! あなたには関係ないでしょう!」


「関係なら、大いにある」


 レオンの低い声が広間に響く。


「アリシアは俺の女だ。二度と侮辱するな」


 その宣言に、場がざわめきに包まれる。


「なっ……!」

「なんて大胆な……」


 カトリーナの顔は羞恥と怒りに赤く染まった。エドワードですら、怒気を含んだ視線をレオンに向ける。


「貴様、誰に向かって――」


「黙れ、小僧」


 レオンの魔力が一瞬で解き放たれ、会場全体を圧する。床が震え、シャンデリアの光が揺らめく。エドワードは言葉を失い、額に汗を浮かべた。


 アリシアはその光景を見て、息を呑んだ。誰も自分を守ってくれなかったあの日々。けれど今、彼は公然と自分を守っている。


 胸が熱くなり、視界が滲んだ。


 レオンはアリシアの肩に手を添え、彼女を庇うように歩み出る。


「覚えておけ。アリシアは、もうお前たちの影に怯える女ではない」


 その言葉に、会場の視線が一斉にアリシアへと集まる。驚き、羨望、そして僅かな尊敬の混ざった眼差し。


 アリシアは小さく震えながらも、初めてその視線を真正面から受け止めた。


――私は、守られている。


 その確信が、彼女の胸に深く刻まれた。

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