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魔法訓練と成長

 塔での暮らしにも慣れ、アリシアの心は少しずつ解きほぐされていった。

 だが同時に、彼女には新たな挑戦が待っていた。


 それは――本格的な魔法訓練である。


 朝、まだ霧の立ち込める中庭。

 レオンはすでに杖を手に立っていた。その姿は、相変わらず威圧感を放っている。黄金の瞳は鋭く、指先には淡い魔力が集い、空気そのものを震わせていた。


「構えろ、アリシア」

「は、はい……!」


 アリシアは両手を胸の前に差し出す。

 先日、偶然にも発現した金色の炎。それは稀少属性と呼ばれる力だと知らされた。だが、制御には程遠い。今日からは基礎を徹底的に学ぶ必要があった。


「魔法は才能だけで扱えるものではない。理論、集中、そして鍛錬だ。甘い考えは捨てろ」

「……はい」


 レオンの声は冷たく響く。

 けれどアリシアの胸は、不思議と温かい。冷徹な口調の裏に、「必ず成長できる」と信じている気配があるからだ。


 最初の課題は、炎を生み出し、大きさを保つこと。

 アリシアは息を整え、掌に意識を集中させた。

 ――燃えるもの、光、温かさ。

 金の炎が小さく揺らめき、掌に宿る。


「維持しろ」

「っ……!」


 炎はすぐに不安定になり、ちらちらと揺れては消えかける。焦りで心臓が早鐘を打ち、集中が乱れる。


「違う。焦るな。魔力は水の流れと同じだ。流れを堰き止めず、導け」

「水の……流れ……」


 彼の言葉を思い浮かべ、アリシアは深呼吸をした。

 すると炎は揺らぎを収め、安定した光を放ち始める。


「……できました!」

 顔を輝かせるアリシアを見て、レオンの瞳がわずかに細まった。

 ほんの一瞬の緩み――けれど彼女には見えなかった。


「次は二倍の大きさだ」

「え、もう……!?」

「当然だ」


 容赦のない指示に、アリシアは必死に集中を続けた。

 だが何度も失敗し、炎は弾けては消え、手のひらが熱で赤くなる。


「無理です……私には……」

 涙混じりの声が漏れた瞬間、レオンの声が鋭く響いた。

「やめるな」


 びくりと体が震えた。

 けれど彼は続けた。

「一度で諦めるのは愚かだ。失敗は成長の証だ。お前は必ずできる」


 冷たくも力強いその言葉で、アリシアの胸に熱が広がる。

 誰からも否定され続けてきた彼女にとって、失敗を肯定してくれる言葉は初めてだった。

「……はいっ!」


 歯を食いしばり、再び炎を生み出す。

 今度は心の奥から湧き出る想い――「もっと強くなりたい」という願いを込める。

 すると炎は勢いを増し、確かに二倍の大きさで輝いた。


「やった……!」

 アリシアは歓声を上げた。

 頬を紅潮させ、汗に濡れながらも、その瞳は光に満ちていた。


 レオンは静かにうなずいた。

「悪くない」

「本当ですか?」

「ああ。だが、まだ初歩だ」


◇ ◇ ◇


 訓練が終わると、アリシアはぐったりと座り込んでいた。

 体は重く、魔力の消耗で指先まで痺れている。

 そんな彼女に、レオンが水の入った杯を差し出す。


「飲め」

「あ、ありがとうございます……」

 冷たい水が喉を潤す。アリシアはほっと息をついた。


「辛いか?」

「……はい。でも、不思議と楽しいです」

「楽しい?」

「はい。だって……初めてですから。失敗しても叱られるだけじゃなく、次に繋がるって思えるの」


 その言葉に、レオンの胸が揺れた。

 自分はただ指導しているつもりだった。だが彼女は、それを「楽しさ」と感じている。

 かつての自分には決してなかった感覚だった。


 アリシアは微笑んだ。

「レオン様が見ていてくださるから……頑張れるんです」


「……そうか。」


◇ ◇ ◇


 夜。

 アリシアは贈られた魔導書を膝の上に広げ、ろうそくの灯の下で熱心に読みふけっていた。

 基礎理論の文字が難解で頭を抱えるが、それでもページをめくる手は止まらない。


 扉の陰からそれを見つめるレオンは、声をかけることなく立ち去ろうとし、最後に一度だけ振り返る。

 

 炎の光に照らされた彼女の横顔は、努力と希望に満ちている。


 ――彼女は、必ず伸びる。

 そう確信しながら、彼の胸には抑えがたい衝動が芽生えていた。

 それは師としての期待か。それとも、もっと別のものか。


 レオン自身さえ、まだ答えを出せずにいた。

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