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王太子の追放

 王宮の広間には、異様な緊張が張り詰めていた。


 高窓から差し込む光が大理石の床に反射し、冷たく広間を照らし出す。その中央に立たされているのは、王太子エドワード。


 華やかさを誇ってきた衣装も、今はその威厳を失い、彼の顔には疲労と焦燥が色濃く浮かんでいた。


 王国中を揺るがした侯爵家の不正と、カトリーナの失墜。両方に深く関わりながらも、何ひとつ成果を残せなかったエドワードに対し、国王の怒りは頂点に達していた。


「エドワード」


 玉座から響いた声は低く、広間の空気を震わせた。白銀の髭をたくわえた国王は、鋭い眼差しで息子を射抜く。


「お前は一体、何をしてきたのだ。フローレンス侯爵家の娘を甘やかし、虚栄に踊らされ、国政を乱すばかり。……その一方で、真に国を救うべき才を持つ娘を踏みにじった」


 その「娘」という言葉に、広間の視線は一斉にアリシアへと向けられた。


 彼女は静かに立っていた。星光を思わせる淡い光をまとい、凛とした気配を放つ姿は、もはや誰も「冷遇されていた令嬢」とは思えぬものだった。


 エドワードの喉がかすかに震える。彼の脳裏に、かつて婚約者であったアリシアの姿がよぎった。


 いつも遠慮がちに、彼を気遣うように笑っていた。 その手を、彼は幾度も払いのけた。


「……アリシア」


 かすれた声がこぼれる。


「お前さえいなければ、俺は……!」


 だが、その言葉は最後まで続かなかった。玉座から放たれた国王の冷厳な叱責が、それを断ち切る。


「愚か者め。己の欲と慢心で国を危うくし、挙げ句の果てに女に踊らされて破滅するとは。――この国の未来をお前に託すわけにはいかぬ」


 広間にどよめきが走った。


 宰相が進み出て、勅命を高らかに読み上げる。


「王太子エドワードは、その資質を欠き、国政を惑わせた罪により――ここに廃嫡を宣言する。以後、王家の籍を除名し、国外追放とする」


「な、何を……!? 父上、私は王太子ですぞ!」


 エドワードは必死に叫び、玉座へすがりつこうとする。だが、国王の視線は揺るがなかった。


「お前はもう、息子ではない」


 冷酷な宣告。


 その瞬間、広間にいた貴族たちが一斉に口々に囁き合った。


「王太子が……廃嫡だと……」

「愚か者の末路だ」

「これも天罰か」


 エドワードは震える手で周囲を見回した。誰も彼に手を差し伸べる者はいない。


 かつて彼を取り巻いていた令嬢たちでさえ、今は恐れと軽蔑の眼差しを向けている。


 その視線の先、ひときわ輝きを放つアリシアがいた。


 彼女の隣にはレオンが立ち、揺るぎない眼差しで彼女を守っている。二人が並び立つその姿は、誰がどう見ても「国を導く者」にふさわしかった。


 エドワードの胸を、後悔が焼くように突き刺した。


(どうして……あのとき、彼女を捨てた……?)


 冷たく突き放した婚約破棄の場面。カトリーナの言葉に踊らされ、アリシアを侮辱した自分の姿。


 今になって、その愚かさを噛み締める。


「私は……間違っていたのか……」


 虚ろな呟きは、広間の嘲笑にかき消された。


 ◇ ◇ ◇


 王宮の中庭で、近衛兵に囲まれたエドワードは馬車に押し込まれようとしていた。彼はなおも悪あがきのように叫ぶ。


「私は王太子だ! こんな扱いは許されぬ! ……アリシア、お前が助けろ! お前はかつて、私の婚約者だっただろう!」


 その声に、アリシアは静かに振り返った。


「……あの日、殿下がわたくしに告げた言葉をお忘れですか? 『お前のような女は不要だ』と」


 淡々と告げられた一言が、エドワードの胸を深々と貫いた。


 アリシアの瞳は、もう彼を見ていない。その視線は、ただ隣に立つレオンと未来を見据えていた。


「っ……!」


 エドワードの口から嗚咽が漏れる。だが、兵に押し込まれた馬車の扉は無情に閉ざされ、そのまま城門の外へと運び去られていった。


 残されたのは、失墜した元王太子の影と、堂々と立つアリシアの姿だった。


 広間にいた人々は、口々に彼女の名を讃えた。


「真に王にふさわしいのは、あの娘ではないか」

「彼女こそ、国を導く光だ」


 国中に広がり始めたその声は、やがてアリシアを「栄光の戴冠」へと押し上げていくことになる。

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