妹カトリーナの悪あがき
侯爵家没落の報せは、王都を瞬く間に駆け巡った。
長年「由緒ある名門」と持ち上げられてきたフローレンス侯爵家が、領地経営の不正を暴かれ、爵位剥奪の寸前に追い込まれている――
その噂は社交界の格好の話題であり、貴婦人たちの茶会を彩る最高のさかなとなっていた。
その渦中にあって、ただひとり真っ青な顔をしていたのがカトリーナだった。
「そんな……ありえないわ。お父様とお母様が……!」
彼女は震える指で手紙を握り潰した。王城から正式に下された告知は、侯爵家の領地没収と監査の継続を命じるもの。
かつての華やぎは一瞬にして崩れ落ち、屋敷の使用人たちでさえ次々に荷物をまとめて去っていく。
だが、カトリーナにとって本当に恐ろしいのは「侯爵家の没落」そのものではなかった。
彼女が執拗に執着してきた「王太子妃の座」が、完全に遠ざかってしまうことだった。
「……こんなところで終われるものですか。王太子殿下の隣に立つのは、わたくし以外にあり得ないのだから」
カトリーナは紅い唇を噛みしめ、爪が手のひらに食い込むほど強く拳を握った。侯爵夫妻が失脚しようとも、自分だけは這い上がる。
たとえアリシアがどれほどたたえられようと――必ず引きずり落としてやる。
◇ ◇ ◇
そして数日後。王都では王宮主催の小規模な夜会が開かれていた。国政の混乱を収めるために重鎮たちが集まり、侯爵家没落の真相を探ろうと躍起になっている場でもあった。
そこへ、ひときわ派手なドレスに身を包んだカトリーナが姿を現した。金糸をふんだんにあしらった赤のドレスは、今や彼女に似つかわしくないほどの誇示だったが、本人は気づいていない。
「ごきげんよう、殿下。……今日もお美しいお姿」
にこやかに微笑み、王太子エドワードに歩み寄る。だが、彼の視線は氷のように冷たかった。
「カトリーナ。お前の家の醜聞、耳にしていないはずがないな」
「で、殿下……! それは誤解でございます。すべては姉が、アリシアが……!」
必死に言い募ろうとする彼女の声は、広間に響き渡った。周囲の貴族たちは顔を見合わせ、失笑と軽蔑を隠そうともしない。
「また姉のせいか」
「まるで見苦しい小娘だ」
囁き声が次々に広がり、笑いが渦巻く。
それでもカトリーナは引き下がらなかった。王太子妃の座を掴むために、最後の切り札を持ってきていたのだ。
彼女は袖の奥から小瓶を取り出し、震える手で掲げた。
「アリシアは――古代魔法の力を得るために、禁忌の薬を用いているのです! これは証拠……!」
だが、その声を遮ったのは氷のような響きだった。
「くだらない」
冷徹な声音に、会場が凍り付く。
姿を現したのは、黒衣に身を包んだレオン・ヴァルト。彼の存在だけで、場の空気は一変する。
彼は一歩進み出ると、カトリーナの手から小瓶を奪い取った。
「……ただの香水だな。お前が夜会に忍ばせた毒と同じ成分。――証拠なら、こちらに山ほど揃えてある」
レオンの指先が軽く動くと、魔法で映し出されたのは、カトリーナが密かに行ってきた策謀の数々。毒を仕込んだ香水、偽造した手紙、密会の記録など。全てが明らかにされた瞬間、広間はざわめきに包まれた。
「そ、そんな……! これは違うのです、わたくしは殿下のためを思って……!」
カトリーナは悲鳴のように叫び、王太子にすがりつこうとした。だが、エドワードは冷笑を浮かべるだけだった。
「見苦しい。俺はもうお前に興味はない」
突き放されたカトリーナの膝が崩れ落ちる。
その姿を見下ろすように、レオンは静かに言い放った。
「お前はアリシアを傷つけようとした。――その報いは、相応に受けることになる」
その言葉を合図に、近衛兵たちが動いた。両腕を捕まれ、必死に抵抗するカトリーナの声が広間に虚しく響く。
「いやっ……! わたくしは王太子妃になるはずだったのに! アリシアなんかに負けるはずが……!」
涙と嗚咽の混じった叫びは、誰の耳にも届かなかった。
彼女の行き先は決まっている。修道院――二度と社交の舞台に立てない、暗い石壁の中だ。
◇ ◇ ◇
夜会が終わり、馬車の中でアリシアは小さく息を吐いた。
「……妹が、あのような末路を辿るなんて」
その横で、レオンは彼女の手を取り、柔らかく握りしめた。
「必然だ。お前を傷つける者は、誰であろうと排除する」
冷徹な言葉の裏に滲む強い想い。アリシアは胸の奥が熱くなるのを感じながら、彼に寄り添った。
外の夜風は冷たい。しかし二人を包む空気は、静かで温かだった。




