侯爵夫妻の破滅
アリシアが王宮で次々と功績を立て、いまや社交界で羨望と憧憬の視線を集める存在となってから、侯爵家の夫妻は焦りを募らせていた。
冷遇し、追い出すように婚約破棄へと追いやった娘が、国中から讃えられる存在へと変貌したのだ。夫妻は初めて、自分たちが何を失ったのかを理解し始めていた。
「……アリシアを、家に戻そう」
侯爵は夫人の前で重々しくそう告げた。
だがその声音には娘を思う愛情はなく、計算と焦燥しかない。
「今のうちに縁を修復せねば、我らの立場は危うい。あの娘を利用すれば、再び王家との結びつきを強められる」
夫人はうなずきつつも唇を噛む。王太子の寵愛を妹カトリーナに与えることで地位を固めるつもりが、いまやその妹さえも陰りを見せている。もはやアリシアを頼るしかないと考えるのは当然だった。
しかし、その思惑はすでに別の人物の耳に届いていた。冷徹魔導師レオン──アリシアの傍に立ち、誰よりも彼女を守る男だ。
「……今さら、何を欲しがる」
レオンは報告を受け、冷ややかに笑んだ。
その黄金の眼には一片の情も宿っていない。
むしろ、アリシアを道具としてしか見ない侯爵夫妻への怒りが燃えていた。
「アリシアは俺の最愛だ。二度と、あの腐りきった家に縛られはしない」
彼は静かに手を動かし、密かに集めてきた証拠の封を開いた。そこには侯爵領で行われてきた数々の不正の記録が並んでいた。
農民からの搾取、賄賂による役人の買収、不正会計。すべて王家に報告すれば爵位剥奪は免れないほどの醜聞であった。
その夜、王都の一角。レオンは信頼する部下に命じた。 「証拠をしかるべきところに渡せ。……あとは自然と、破滅の道を歩むだろう」
◇ ◇ ◇
数日後。王宮の広間にて、侯爵夫妻は青ざめた顔でひざまずいていた。国王と重臣たちを前にして、全ての不正が突きつけられたのだ。
「領地からの税収を私的に流用し、民を飢えさせていたという訴えが上がっている。さらに、周辺領主に賄賂を贈り、自らの地位を守ろうとした形跡もある。弁明はあるか」
重々しい声が響く。侯爵は額に汗を滲ませ、必死に言葉を探した。
「こ、これは誤解でございます! すべては部下の独断であり、我らは──」
「言い逃れは無用だ」
国王の声が一喝する。会場が静まり返った。
列席していた貴族たちはざわめき、互いに視線を交わす。あの誇り高い侯爵夫妻が、今や罪人のように追い詰められているのだ。中には面白げに口元をゆがめる者もいた。
そして、その場にはアリシアの姿もあった。彼女は静かに、しかし毅然と立っていた。レオンが背後で控え、その存在だけで彼女を包み込むように守っている。
アリシアは両親を見つめたが、その瞳には憎しみよりも冷ややかな哀れみが宿っていた。
「……アリシア。お前からも陳情してくれ。私たちは、間違っていたのだ。だが血のつながりは消せぬ。許してくれれば──」
父親がすがるように声を上げた。しかしアリシアは静かに首を振った。
「私を利用し、蔑ろにしたのはあなたたちです。今さら手を差し伸べられても、受け取ることはできません」
その言葉は冷たくも澄み切っていた。
侯爵夫妻の浅ましさと、アリシアの気高さが鮮やかに対比された瞬間だった。
その後、国王の裁断が下る。
「侯爵位は剥奪、領地は没収とする。お前たちの罪はあまりにも重い」
雷鳴のような宣告に、夫妻は膝から崩れ落ちた。夢見ていた栄光も、守ろうとした地位も、一瞬で消え去ったのだ。
◇ ◇ ◇
広間を後にしたアリシアに、レオンがそっと手を差し伸べる。その掌は温かく、彼女の心臓を落ち着かせるように優しかった。
「これで、お前を縛る鎖はすべて断ち切れた」
アリシアは小さくうなずき、胸の奥で重いものが解けていくのを感じた。だが同時に、レオンの冷ややかな目の奥に潜む執念深さを知り、胸が熱くなる。
「レオン様……ありがとうございます。」
「礼など要らない。俺はただ、お前の笑顔のために動いただけだ」
その言葉は甘く、どこまでも真っ直ぐだった。侯爵夫妻の破滅は、単なる断罪ではない。
アリシアが本当に自由となり、幸福へと歩み出すための幕開けだったのだ。




