婚約破棄の宣告
きらびやかなシャンデリアが眩しく輝き、王宮の大広間は舞踏会の華やぎに包まれていた。
色とりどりのドレスに身を包んだ令嬢たちと、礼服を着こなした貴公子たちが、音楽に合わせて軽やかに踊り、笑い声が絶え間なく響いている。
けれど、その中心に立つアリシア・フローレンスの心は、冷たい孤独に沈んでいた。
今夜は、祝宴をあげる為に催された舞踏会なのだとアリシアは聞いていた。彼女は薄桃色のドレスを纏い、侯爵家の娘らしく背筋を伸ばしていたが、その表情は硬い。
エドワードは彼女の隣に立ちながら、一度も視線を向けようとしない。人々に微笑みかけ、令嬢たちと軽口を交わしている。
彼の私への態度は、冷たいというよりも、最初から存在を無視されているようだった。
(……今日も、私には一言もないのね)
唇を噛みしめ、アリシアは胸の奥で小さくため息を落とす。
そのとき――。
大広間の楽団が演奏を止め、ざわめきの中でエドワードが一歩前に出た。
「皆の者、少し耳を貸してほしい」
王太子の声に、会場の視線が一斉に集まる。
何を語るのかと、令嬢たちの瞳は期待に輝き、貴族たちは静かに耳を澄ませた。
その中で、アリシアの鼓動は早鐘を打つ。
彼の口からようやく自分への言葉が紡がれるのではないか――ほんの一瞬、淡い希望が胸をかすめる。
だが、次の言葉は、彼女のすべてを打ち砕いた。
「アリシア・フローレンス。お前との婚約を、ここで破棄する」
――静寂。
一瞬、大広間の空気が凍りついた。
すぐに、抑えきれないざわめきが波紋のように広がる。
「婚約破棄だって……?」「殿下が?」「公衆の面前で……」
人々の囁きが、アリシアの耳に突き刺さる。
「な、何を……」
かすれた声がアリシアの喉から漏れた。
足元から力が抜け、倒れそうになるのを必死に耐える。
そんな彼女を見て、妹カトリーナが甘ったるい声を響かせた。
「まあ、お姉さまったら。驚かれるのも無理はありませんわ。だって、殿下が選ばれたのは――わたくしなのですから」
ドレスの裾を揺らし、カトリーナは誇らしげに一歩進み出る。
その顔には、長年押し隠してきた優越感と嘲笑が露わになっていた。
「お姉さまは無能で、陰気で、誰からも愛されませんもの。殿下の隣に立つにふさわしいのは、わたくし。そう思いません?」
彼女の言葉に同調するように、周囲から笑いが漏れる。
アリシアの胸に熱い痛みが広がった。
(まただ……。家でも、社交界でも、私はいつも……)
幼い頃から妹に劣ると言われ続けた。
母も父も、可愛がるのはいつだってカトリーナ。アリシアに向けられるのは冷たい視線と失望だけ。
その孤独に必死で耐えてきたのに――ここでまで、辱めを受けるのか。
大広間の人々は興味津々の視線を彼女に注いでいた。
「捨てられた可哀想な娘」を眺める、その冷酷な好奇心が全身を突き刺す。
「アリシア。お前は婚約者としての役割を果たさなかった」
エドワードの声は冷ややかで、容赦がない。
「王太子妃となる者には華やかさも気品も必要だ。だが、お前は陰気で笑顔すら見せない。人前に立たせるにはふさわしくない」
突きつけられる言葉に、喉の奥が震える。
必死で声を出そうとするが、掠れて言葉にならない。
(違う……私は、ただ……必死に……)
言い訳をしたところで誰も耳を貸さないだろうと、アリシアは痛いほど理解していた。
その証拠に、家族も侍女も、誰一人として助けようとはしない。
侯爵夫妻は視線を逸らし、周囲の令嬢たちは小声で笑い合う。
孤独。
凍りつくような孤独が、アリシアの全身を覆い尽くす。
そのとき――。
「……ふざけるな」
低く鋭い声が、大広間の奥から響いた。
人々のざわめきが一瞬で止む。
眩しい銀の髪を揺らし、冷徹な美貌を持つ男が歩み出てきた。
無数の視線を浴びても、彼の黄金の瞳は揺るがず、ただ鋭い光を放っている。
「アリシアは、俺の女にする」
その宣言は、衝撃となって会場を貫いた。
誰もが息を呑み、アリシア自身も心臓が大きく跳ねる。
その瞬間、崩れ落ちそうだった彼女の心に、初めて温かな光が差し込んだ。




