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レオンの心の壁

 塔に戻った夜、窓の外には月光が静かに差し込んでいた。

 闇は深く、森のざわめきも、昼間の戦いの熱気もすべて冷ややかに静まっている。

 アリシアは暖炉の前に座り、まだ震える手を見つめていた。

 彼女の胸は、戦いの恐怖と魔法の覚醒に伴う高揚で波打っている。


「……怖かったけれど、でも……」

 小さな声でつぶやくアリシア。


 その言葉を、レオンは静かに聞いていた。

 目を閉じ、拳を握りしめ、胸の奥で何かを抑え込むように。


(……また失うのか――)


 彼の心に、過去の記憶が鋭く蘇る。

 幼い頃、己の才能ゆえに周囲と距離を置かれた孤独。


 その孤独を埋めてくれたのは、血縁はないが家族同然の女性――心を許せる姉のような唯一の存在だった。

レオンにとっての安らぎであり、帰る場所。


 だが、彼女は奪われた。

 魔導師組織と貴族の陰謀が絡む政治的な争いに巻き込まれ、命を失った。

 レオンは必死に守ろうとしたが、未熟さゆえに目の前でその命を奪われた――。

 あの時の痛みは、今も胸を締めつける。


 だからこそ、アリシアに向ける気持ちが恐ろしい。

 守りたい――しかし、もしもまた失ったら、耐えられない。

 失うくらいなら、最初から愛さない方がいい。


「……アリシア、お前は危険すぎる」


 レオンの声は低く、冷たく響いた。

 その言葉に、アリシアは驚きと痛みを感じた。

 けれど、彼の瞳にかすかな苦悩が浮かんでいるのも見て取れた。


「……レオン様……わたし……」


 涙が自然と頬を伝う。アリシアは手を差し伸べようとするが、レオンは少し距離を置き、手を伸ばさせない。


「――近づくな」


 その一言には、彼の冷徹さが滲む。だが、その奥には深い思いが隠されていた。

 守りたい、けれど傷つけたくない――。


 アリシアはその本心を察する。

 言葉に出さない彼の葛藤、胸を締め付ける痛み、恐怖――すべてが伝わる。

 それは彼がただ冷たいわけではない、深い愛ゆえの壁なのだと理解できた。


(レオン様……こんなにも、私のことを――)


 涙を拭い、アリシアは決意する。

 どんなに突き放されても、彼の想いを信じよう。

 彼の壁を理解し、そっと寄り添うこと。それが今の自分にできる唯一のことだと。


◇ ◇ ◇


 レオンは、心の奥で自分自身と戦っていた。

 「守れなかった過去」と「守りたい今」。

 どれほどの距離を置けば、アリシアを安全に守れるのか――答えは出ない。


 だが、ひとつだけ確かなことがあった。

 ――彼女が自分にとってかけがえのない存在であること。


 無表情の仮面を装いながらも、彼の心は揺れていた。

 あの頃の記憶が、今も胸に刺さり続ける。

 あの時守れなかった女性を思い出すたびに、アリシアを抱きしめずにはいられない自分がいる。


 だからこそ、壁を作る。

 愛を口にすれば、失う恐怖が現実になる。

 守るためには冷徹でいなければならない――それが、彼に課せられた戒めだった。


◇ ◇ ◇


 アリシアは、泣きながらもそっと彼の手元から目を離さず、言葉を探す。


「レオン様……わたし、わかります……。怖くても……、でも、わたしは……」


 言葉にできない思いは胸の奥で燃え上がり、彼の壁に触れる。

 その沈黙の中で、二人の心が互いを思い合う気持ちで結ばれていく。


 レオンはゆっくりと呼吸を整え、かすかに肩の力を緩める。

 まだ言葉にはできない。けれど、彼の中でひとつの確信が芽生え始めていた。


(――この少女を、二度と失いたくはない)


 その想いが、冷徹な魔導師の心を少しずつ溶かし始める。

 壁の向こう側にある、温もりと信頼――それを感じながら、彼は静かに拳を握りしめた。


 アリシアもまた、涙を拭い、決意を胸に抱く。

 どんなに突き放されても、彼を信じる。壁の向こうにある本当の心を、必ず受け止めると。


 静かな夜、塔の暖炉の炎はゆらめき、二人の影を長く伸ばしていた。


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