魔導師組織の介入
王都学園での祭典からの数日間、アリシアの胸にはこれまでにない高揚感が宿っていた。
レオンの隣に堂々と立ち、王太子や妹の嘲笑を一蹴したこと――それは彼女にとって夢のような出来事だった。
侯爵家にいた頃、何をしても認められることはなかった。どんなに努力しても、妹カトリーナに踏みにじられるだけで、自分には価値がないと刷り込まれてきた。
だが今は違う。レオンの隣に立つことで、彼女自身の存在が揺るぎないものだと証明されたのだ。
学園の生徒や教師たちの視線も変わった。かつては冷笑や無関心しか向けられなかったのに、今は遠巻きに憧れや尊敬の色が混ざっている。
その視線に戸惑いながらも、アリシアは自分の中に小さな自信が芽生えるのを感じていた。
(……私にも、価値があるのかしら)
塔での厳しい訓練、そしてレオンの支え。それが彼女を強くしたのだ。
もっと強くなりたい。隣に立ち続けられる存在になりたい――そう願う心は、日々膨らんでいった。
◇ ◇ ◇
一方のレオンは、相変わらず無表情を崩さなかった。
けれどアリシアにはわかる。彼のわずかな視線の動きや、歩幅を合わせてくれる仕草に、確かな思いやりがあることを。
言葉には出さない。だが、彼は確かに自分を気遣っている。
その沈黙がもどかしくもあり、また心を温める。
(レオン様……)
アリシアは言葉にできない思いを胸の奥で反すうしながら、そっと彼の横顔を盗み見た。
冷徹に見えるその横顔に、かすかな陰が宿っているのを感じて、胸が締めつけられる。
◇ ◇ ◇
彼女が少しずつ希望を抱く影で、別の影がうごめき始めていた。
夜の学園。誰もいない中庭に、黒いローブをまとった人影がいくつも集う。
その者たちは低い声で囁き合っていた。
「……やはり間違いない。あの娘が“鍵”だ」
「古代の星光魔法……失われたはずの力。あれを覚醒させる器が、まさか侯爵家の娘とはな」
「組織にとっては好機だ。放ってはおけぬ」
彼らの視線は、一様にアリシアへと向けられていた。
彼女が持つ稀少な魔力――それは古代魔法の扉を開く鍵であり、世界の均衡すら変えかねないものだった。
黒い影は月光を避け、闇に溶けるように姿を消す。
不穏な気配だけが、学園の敷地に残された。
◇ ◇ ◇
レオンは、その気配を誰よりも早く察していた。
学園の屋上に立ち、夜風に外とうを揺らしながら、鋭い眼差しで闇を見据える。
「……やはり、動き始めたか」
組織の存在は以前から知っていた。
禁忌とされる魔法の研究を進め、裏で権力者と結びつき、世界の均衡を乱そうとする連中。
そして今度はアリシアを標的に定めた。
レオンの胸に、あの過去の痛みが蘇る。
――守れなかった存在。血のつながりはなくとも家族のように大切だった女性を、目の前で失った記憶。
その記憶が、冷たいとげのように胸を刺した。
「二度と……同じことは繰り返さない」
小さく呟いたその声は、夜風に溶けて消えた。
◇ ◇ ◇
翌朝、アリシアは塔に戻る馬車の中で、静かに外の景色を眺めていた。
ふと横に座るレオンを見ると、その表情はいつも以上に険しい。
「……レオン様、何かあったのですか?」
思わず問いかける。
だが、彼は視線を前に向けたまま、低く答えた。
「心配するな。お前には関係のないことだ」
そう言いながらも、その声にはかすかな苛立ちと焦燥が混ざっていた。
アリシアはそれ以上追求できず、ただ胸の奥に不安を抱えた。
しかし同時に、彼の沈黙の奥にあるものを感じてもいた。
――自分を守ろうとしてくれている。
その事実だけが、彼女に勇気を与えていた。
◇ ◇ ◇
こうして、アリシアは知らぬままに大きな渦に巻き込まれていく。
彼女がまだ自覚していない「星光の魔法」の力。
そして、その力を求める組織の影。
レオンは誰よりも敏感にその危険を察し、静かに剣を抜く覚悟を固めていた。
「――お前だけは、絶対に守る」
それは誰に向けた言葉でもなく、過去の亡霊への誓いでもあった。
けれどその想いは確かに、隣で眠る少女へと注がれていた。




