魔導師組織の陰謀
夜の塔は、外界から切り離された静けさに包まれていた。高窓から差し込む月明かりが、石造りの床に淡く映り、冷ややかな輝きを放っている。
アリシアはその月光の下、静かに机に向かい、昼間にレオンから教わった呪文の文字を反復していた。筆先を握る手はまだたどたどしいが、その瞳には確かな熱意が宿っている。
彼女は気づいていなかった。窓の外、闇に紛れて塔を見下ろす影の存在に。
その影は人の形をしていたが、輪郭はぼやけ、月光にすら正体を曝そうとしない。ただ、鋭い視線だけが夜気を裂き、塔の奥に潜むアリシアを捉えていた。
――やはり、あの娘だ。
希少な「深淵の魔力」を持つ存在。世代に一人現れるかどうかの天賦の才。組織が長年探し求めてきたもの。
影は微動だにせず、まるで獲物が育つのを待つ狩人のように、執拗に塔を見張り続けた。
◇ ◇ ◇
塔の最上階、書架の奥でレオンは目を閉じ、意識を外へ広げていた。空気の流れ、魔力の揺らぎ――。すでに数日前から、塔の周囲を徘徊する気配に気付いていた。
「……やはり、動き出したか」
低くつぶやく声に、冷徹さが宿る。
アリシアの資質に目をつける者が現れるのは、彼にとって想定の範囲内だった。むしろ遅すぎたくらいだとすら思っていた。
だが、許すつもりはない。
彼女を利用しようとする輩、奪おうとする輩。すべてを粉砕する覚悟が、彼の胸には揺るぎなく存在した。
「アリシアは――俺のものだ」
冷ややかに言葉を紡ぎながらも、彼の瞳の奥にはいつになく激しい炎が燃えていた。
◇ ◇ ◇
一方、アリシアはそんな事情を知らぬまま、穏やかな時間を過ごしていた。
塔の中庭で摘んだ薬草を、魔力を込めて乾燥させ、茶葉の代わりにする実験。あるいは台所で、魔力をわずかに込めて火を安定させ、焦げつきを防ぐ工夫。小さな成功に小さな笑顔を咲かせる日々。
「少しずつ……ここが、私の居場所になっている」
彼女はそっと胸に手を当て、そう呟いた。
窓辺でその姿を眺めていたレオンは、声に出さずにかすかに唇を動かす。
「その安らぎを奪わせはしない」
◇ ◇ ◇
場所は変わり、王都の片隅。重厚な石造りの建物の奥深くで、仮面をつけた魔導師たちが集っていた。
「報告によれば、対象はすでに魔導師レオンの塔に保護されている」
「忌々しい……よりにもよって、あの冷徹な男が」
「だが、事実としてあの娘は特異な資質を持っている。放置すれば国の力関係すら揺らぐ。組織としても、早急に手を打つべきだ」
声は抑えているが、熱を帯びていた。
彼らが狙うのはアリシアの魔力、そしてその可能性。
「次の満月の夜までに計画を整えろ。彼女は必ず我々のものにする」
卓上に置かれた魔導石が淡く脈動し、会合の場に不気味な光を放った。
◇ ◇ ◇
再び夜の塔。
アリシアは机に突っ伏し、静かな寝息を立てていた。勉強の合間に眠りに落ちてしまったらしい。
レオンはそっと近づき、肩からずり落ちかけた毛布を掛け直した。
「……無防備すぎる」
そう呟く声は苦笑に近い響きを帯びていたが、その眼差しは鋭さを失わなかった。
窓の外には、まだあの影が潜んでいる。
彼は知っている。組織が本気で動けば、この塔すら戦場に変わるだろうことを。
だが、彼は迷わない。
「誰が狙おうと、俺が必ず守る」
こうして、アリシアの平穏な日々の裏で、目に見えぬ陰謀がじわじわと牙を磨いでいく。
やがてその影が彼女を直接襲う時が来る――。
だが、その時こそ、レオンの冷徹な刃が閃くのだ。




