第7話 とある酔っ払いの主張 ①
なぁにが『真実の愛』よ、馬鹿々々しい!
単なる不貞!
婚約者に対する裏切りですわ‼
ちょっと、店主の方!
ワインを頂戴、ワインを!
瓶ごと、いいえ、樽ごとでかまいませんわ!
今夜は、ワタクシ、飲み倒してやりますわああぁぁぁああ!
酔って酔って酔いつぶれたい気分なんですもの!
……って、そこのあなた!
見ず知らずのワタクシに、どうしていきなり水を浴びせてくるの! ひどいですわ!
うるさいですって⁉
頭を冷やせ⁉
仕方がないでしょう!
叫ばすにはいられないのよ‼
あー……、大勢の方がいらっしゃるお店で、大声を出すのはよろしくなかったですわね。ええ、その点に関しては、ワタクシが悪いですわ。ちょっと頭、冷えました。反省いたします。
ですが、いきなり頭からバケツの水をかけてくるのは、酷いと思います。ワタクシ、ずぶ濡れになったんですけど。
え? 何があったのか聞いてやるから話せ、ですか?
まあ、ありがとうございます。
あなた様は、実は親切な方なのかしら。
水、かけてきましたけどね。それはお恨み申し上げますけどね!
……ええ、まあ、いいですわ。
どうせ、この場所、この世界では、ずぶ濡れになったところで風邪をひくこともないのでしょうし。
このワタクシが、淑女らしからぬヤケ酒を煽っていたのかと申し上げますわ。
……まあ、お察しの通り。
婚約者に裏切られたのでございますわ。
ええ、婚約者です。
親から命じられた婚約で、まあ、政略? 相手は王太子殿下でございまして、ワタクシは侯爵令嬢という立場だったのですから、断ることも、できない……というよりも、断るなどと言う思想は、ワタクシには全くなかったのです。
だって、王命による婚約ですわよ。
かしこまりました、お受けいたします。
単なる侯爵家の娘でしかないワタクシに、それ以外の何を言えるというの⁉
まあ……ね、最初の頃はよかったの。
王太子殿下もそのころはマトモでいらっしゃって。
だけど、貴族の令息や令嬢が通う学院に通った後、王太子殿下曰く『運命の愛』『真実の愛』に出会ってしまったらしいのよ!
一目ぼれした相手は、男爵令嬢。
ふざけないでいただきたいわ!
王太子と男爵令嬢⁉
どこをどうやったら結ばれるのよ!
男爵令嬢ごときが王妃になれるとでも⁉
なれるというのなら、最低限、ワタクシと同程度のマナーと気品と知識をお持ちなさいな!
近隣諸国の言語、自国と他国の歴史、関係を改善するための外交手段。
それが、必須なの!
可愛らしいドレスを着て、社交の場で笑顔を振りまけばいいってものじゃあないのよ!
あら、話が横道にそれてしまったわ。
つまりはねえ、ワタクシという婚約者がいながら、王太子殿下は男爵令嬢と恋に落ち、そして、不貞に走ったのよ!
え? なあに⁉ 恋に落ちるのは仕方がないですって⁉
それはワタクシも当然知っております!
恋に落ちるのは……つまり、王太子殿下の感情は、お心は、ワタクシが縛れるものではない。
そんなことは、わかっていますわ!
問題はそこではないのです。
ワタクシが最大限に文句があるのは、コトを成す順番です!
良いですか、そこのあなた!
婚約者がいる身で、別の女を好きになった。
そんな時、真っ先に行うべきことは何ですか?
三秒以内にお答えくださいませ!
はい、一、二、三……。
婚約者との婚約を解消すること! なのですわよ!
恋する女との距離を深めることでは決してない! のですわ‼
良いですか、ここは大事ですわよ! 試験にも出ますわよ!
婚約者以外の女を好きになったのなら、誠心誠意の気持ちを込めて、まずは婚約を解消なさいませ!
円満に、ワタクシの気持ちが収まるまで、謝罪でも何でもして、とにかく、ワタクシとの関係を解消するべきでしょう!
ワタクシと縁が切れたら、その後は、どうぞ、お好きになさってくださいませ!
もう、無関係の他人ですもの、何も文句は申し上げません!
その女と気持ちを通じ合わせても、その女に振られても、一切ワタクシは関与いたしません!
なのにですわ!
ワタクシとの婚約をそのままにしておき、つまり、ワタクシをキープしておきながら、別の女にアプローチをする。
不誠実!
モゲろ!
ハゲろ!
……ああ、ごめんなさいね、つい激昂してしまったわ。
そうなの、ワタクシが怒りを覚えているのはそこなの。
ワタクシとの婚約を解消もせず「それは誤解だよ」とか「彼女は単なる友人だよ」とか言っておきながら、彼女との愛を深めていくなんて、裏切りですわ! 人として、サイテー。
ワタクシという婚約者を優先もせず、べたべたいちゃいちゃとして。しかも……。
「友人というには近しい距離ですわね」
「殿下は友人の全員と、口づけを交わすのですか」
そのワタクシの言葉に殿下は何と答えたと思います?
「嫉妬するなんて、見苦しい」ですわよ!
もう、もう!
怒髪天を衝くという言葉がどこかの世界にはあるようですけど、まさに、それ。
浮気男が偉そうに、自己正当化!
ふざけんなこの野郎! ですわ!
はっ!
ワタクシ、言葉遣いが……。いけませんわね、ほほほ……。
まあ、それはともかく。でもそのくらい、ワタクシ、怒りまくったのですよ!
相手の女に対する嫉妬などではないの!
不誠実な婚約者に対する正当な怒りよ!
順番くらい守りやがれ!
嘘をつくな!
友人だのなんだの嘘を言って。
イチャイチャベタベタとして。
しまいには、嫉妬するワタクシがダメなんだなんて、さもワタクシが悪者のように言ってきやがるな!
悪いのはお前だろうがああああああ!
ふざけんな、このクソ王太子!
しーかーもですわよ!
その王太子と不貞女の物語が、小説となり、アニメ化とやらがなされ、ゲーム化などと言うものまでされたというじゃないですか!
この世界に来てから、ワタクシ、それ、見せてもらいましたわよ。
で、ワタクシは、そんなコンテンツとやらの中で『悪役令嬢』と呼ばれていましたのよ‼
なぁにが『真実の愛の麗しの物語』よ!
不貞男と略奪女の身勝手な恋でしかないというのに!
ふざけんな王太子!
ふざけんな原作者!
あーあーあーあー、もう!
酒でも煽らねば、やってられませんわああああああああ!