第5話 男爵令嬢ソニア ①
うふふふふふふ……。
うふふふふふふ……。
十三歳の時に前世というものを思い出してから、あたしの頬は緩みっぱなし。
だって、あたし、あの麗しき真実の愛の物語の、可憐なるヒロインに転生したのだもの!
うふふふふふ……。
うふふふふふ……。
ああ、笑いが止まらない。
平民に生まれたかと思えば、実は男爵家の庶子だったとかで、父親である男爵様に引き取られ。
それだけでもラッキーだと思ったのに、貴族学院に入学し、美形の王太子殿下と恋に落ちるヒロインに転生!
人生勝ち組でしょ!
と思ったのに……。
貴族学院の入学式、そして、新学期。
どこをどう探しても、悪役令嬢のクラウディアがいなかった。
「ええと……。フェルナンデス侯爵家の令嬢、クラウディア様のこと? お体がお弱いとかで、デビュタントにもご参加していませんし、学院に入学? ご無理では?」
クラスメイトに尋ねてみても、病弱とか、病気とか、そんな話しか出てこない。
「あの……クラウディア様って、王太子殿下の婚約者じゃないの……?」
「はあ? あなた何を言っているの。王太子殿下には婚約者などいらっしゃらないわよ」
「どうして⁉」
「さあ? 王家の方々のご意向に、私たち下級貴族が物申すなんて不敬でしょ」
おかしい。
オルランド様とクラウディア様は、十四歳の時……つまり、一年ほど前に既に婚約をしているはずなのに。
ここは、あのお話の世界じゃないの……?
だけど、あたし 『原作』通りにオルランド様に出会ったの!
麗しの美貌。風になびく金の髪。太陽の光を浴びてキラキラと輝いて……。
青空みたいな双眸が、あたしだけを映している。
ああ、なんて綺麗なの!
やっぱりあの物語の世界なのよ、ここは!
「こんにちは、王太子殿下」
貴族の挨拶は、当然「ごきげんよう」ってことくらい、あたしだって知っている。
だけど、ここは『原作』通りのセリフを言う。
「アッ! 失礼しました! ええと、ご、ごきげんよう……ですよね」
間違えたことを恥じるようにたどたどしく頭を下げる。男爵家で、既に教わった淑女の礼ではなく。
それに対して、王太子殿下も言ってくれるの。
「こんにちは、可憐なお嬢さん。気楽に話してくれてありがとう」
オルランド王子は間違いを指摘するのではなく、ヒロインにあわせて「こんにちは」と返事を返してくれるのよ。
しかも、笑顔で。
ああ、なんて素敵な方!
『原作』通りにオルランド様と恋をして、そして結ばれたい……!
だから、あたしは慎重に、『原作』通りの会話を重ねていった。
だけど……。
オルランド様には婚約者がいらっしゃるのですよね……。
ごめんなさい、あたし、クラウディア様に対してご無礼を……。
クラウディア様に、睨まれて……。ううん、あたしがいけないんですよね……。
クラウディア様という婚約者がいらっしゃるのに、あたし、オルランド様が……。
クラウディアに関するセリフが一切言えない!
学園にいないし、オルランド様の婚約者でもない!
悪役令嬢というスパイスがあるから、オルランド様とあたしの恋は深まるのに!
「なのに、どうして、悪役令嬢が不在なのよ!」
王太子と男爵令嬢が恋に落ちた。
敵対する婚約者はいない……では、面白みにかける。ドラマ性がない。
「悪役令嬢から虐められて、それに健気に耐える可憐なヒロイン! だからこそ、美しい真実の愛が引き立つのに!」
クラウディアという悪役令嬢がいないなら、誰か別の人……例えば、オルランド様の婚約者を狙っている高位貴族の誰かを悪役令嬢役になってもらって……って、考えたんだけど。
オルランド様とあたしが学園で親しくしていても、誰も咎めやしない。
その辺のモブ令嬢が「相手は王太子殿下ですよ。単なる男爵家の娘風情が近寄るなんて不敬ですわ」なんて、一般論を言って咎めてくることもない。
「あら、ソニア嬢は王太子殿下と仲がよろしいのね」なんて、淡々と言って、後は無関心……というか、別に関わり合いになるつもりはございません的に、すっと去っていく人ばかり。
どーして?
意を決して、あたしは何人かのご令嬢に聞いてみた。
「王太子殿下って素敵だと思うんですけど。あなたは王太子殿下の婚約者になりたいとか、思ったりしないんですか」
なんて。
でも返事は決まっていた。
「あら、私にはもう、婚約者がいるの」
「…………私には、あの方のお相手は荷が重すぎますので」
誰も王太子殿下の婚約者の地位を狙ったりしないし。
敬して遠ざける……みたいに、オルランド様は学院の令嬢たちからは遠巻きにされている。
どーして?
オルランド様は未来の王様だよ?
権力もお金も地位もあって、更に美貌だってずば抜けている。
前世のニホンでの人気だってすっごく高かった。
なのに、どうして……?
わからない。
悪役令嬢が不在だから、『原作』と乖離してしまっているの……?
あああ、もうっ!
「悪役令嬢クラウディアがいないのが悪いのよ! 『原作』通りになるように、なんとかしなくっちゃ!」
思わず叫んだら。
「ソ、ソニア、君は……」
オルランド様が、目を見開いて、あたしを見ていた。




