第17話 侯爵令嬢クラウディア ⑥
「兄上っ! 初対面のご令嬢に何を命じているのですか! 兄上がたとえ王太子だろうと、失礼にも程がある!」
「うるさいミゲル!」
「いい加減に王太子としての御自覚を持って行動してください。このことは父上や母上にも報告させてもらいますよ!」
ミゲル第二王子が、オルランド王太子に向かい、一歩も引かないぞという感じで、睨みを効かせた。
「ちっ!」
舌打ちをして、去って行く王太子。
ええとー。
どうしようかなと思っていたら、ミゲル第二王子がわたしのほうを振り向いて、頭を下げてきた。
わ、わわわ……! 殿下ともあろう方が、侯爵家の娘に頭を下げるのは……。
思わずあたふたとしている間に、謝罪までされた。
「……初めましての挨拶と共に、愚兄の愚行をお許し願いたい。ボクは第二王子であるミゲルです」
「い、いいえ。あのその……。こちらこそ、お初にお目にかかります。フェルナンデス侯爵家の娘、クラウディアでございます」
車椅子から立ち上がろうとしたところを、ミゲル第二王子から制される。
「そのまま、座ったままで結構です。まだ、お体は本調子ではないのでしょう?」
「え、ええ。フェルナンデス侯爵家の屋敷から外に出るもの、二年……、いえ、三年近く、でございまして……」
「ようやく学院に通えるようになって何よりです。その初日とだいうのに……」
心から申し訳なさそうなミゲル第二王子を責めるわけにもいかないのだけれど……。
今のアレは何?
と、聞きたい気持ちがあるのよねえ……。
聞いちゃおうか!
「いえ……、ですが、お聞きしても?」
「はい、兄の愚行に関してですか?」
「あの、わたくし、病からようやく回復してきた状態ですので、まともに嫁ぐことも、後継を産むことも、難しいのです。健康上の理由で、王太子殿下との縁談はお断りしたはずなのですが」
貴族や王族の大事な使命は、その正当なる血を絶やさないこと。
子が産めない可能性のある女性を、妻にできるはずはないのよ。
「はい、父王と母は理解しております」
「なのになぜ、王太子殿下があのように求婚? をしてきたのでしょうか?」
ミゲル第二王子は深くため息を吐いた。
「それが……僕にも、父王にもよくわからないのですが……」
「はい」
「兄の主張をそのまま述べますので、フェルナンデス侯爵に対して失礼な言いかたになるのですか」
「構いませんわ」
「兄は……『私とクラウディアの婚約が成り立たなければ、クラウディアを悪役令嬢として排することもできないんです! あいつを排除すれば、この私は愛があるしあわせな人生を約束されているというのに!』『私とソニアの美しい愛が更に素晴らしいものとなるために、必要なのは『悪役令嬢』を排することなのだ! 聖女のように可憐で麗しいソニアを、嫉妬心から苛め抜く、悪辣な女! そんなクラウディアからソニアを守り、そして、私たちは皆に祝福されるのだ……!』と……」
「は?」
ぽかん……と、令嬢にあるまじき顔になってしまった。
でも……。
クラウディアを悪役令嬢として排する。
そして、ソニアとしあわせになる。
も、もしかして……、王太子殿下がまさかの転生者⁉
『原作』の記憶があって、その『原作』通りにしたいのに、悪役令嬢クラウディアであるわたしが、『原作』のルートから外れているから、無理やりにでも、『原作』の流れに戻すために、わたしと婚約を結ぶということですか⁉
ありえない。
たとえ今から婚約なんかを結んだとしても、これまでこのわたしはソニアを虐めてもいないし、そもそもの接点もない。
だって、今日が、王太子殿下とでさえ初対面なんだし!
ソニアになんて、出会ってもないし!
既に『原作』の流れとは変わっているのよ!
それでも無理やりにでも、わたしに悪役令嬢しろっての⁉
い、いくら何でも頭悪すぎな……いえ、無茶ぶりが過ぎない?
ここからどうやって、『原作』通りにできるのよ!
うーわー……。頭を抱えそうになったら、ミゲル第二王子がますます、渋い顔になった。
「……愚兄は、何かの物語か演劇にでも感化されてしまったようなのです」
「はあ……、物語に感化……」
ま、確かに、この世界が本当に『原作』の世界なら、その筋書き通りに物事を推し進めないとなんて思うのは、転生者あるあるかもだけど。
「ええ。自分が物語の主人公であるという妄想。兄の独りよがりの妄想なので、兄の言っている意味がボクにはよく理解できないのですが」
「妄想……」
あー、つまり、ミゲル第二王子は転生者ではないのね。
まともな判断力も持っていそう……。
「ええ、ですが、兄は思いこんでいるのです。フェルナンデス侯爵令嬢と婚約を結び、その上で、婚約を破棄すれば、男爵令嬢としあわせな人生を送れると……」
「何をどうやったら、この状態から、そんなことになるのでしょうか……」
まともな感性と判断力をお持ちのミゲル第二王子に聞いてみた。
「ええ。いくら妄想でも、まったく理解が出来ません」
ですよねー!
もろ手を挙げて、賛同したい。
まあ、とにかく。
状況はなんとなくわかった……よね。
王太子殿下は『原作』を知っていて、『原作』通りにわたしを断罪したい……のね。
うーん、どう考えても今からは無理でしょ。
というか、わたしが、二年も意識もうろうとしていた時点で、この世界は『原作』の世界とはイコールじゃないと思うんだけどねえ。
とはいえ、わたしだって、よくある悪役令嬢物のように「うわわわ! 悪役令嬢に転生してしまったわ‼ 断罪回避、破滅回避! 何とかしなくっちゃ」なんて、がんばって『原作』を回避したのではない。
気がつけば、意識がもうろうとして、気がつけば、二年もの間昏倒生活。
わたしが無意識のうちに『原作』の世界を変えたのか。
それとも、元々この世界は『原作』の世界ではないのか。
分からないけど。
わたしが何かをして、『原作』と乖離させたのではない。
元々、ここはそういう世界で。
元々、『原作』とは似て非なる世界だった。
パラレルワールドとか、『原作』をベースにした二次創作の世界とか。
まあ、いろいろあるじゃない?
だから、結論的に言えば、ここは『原作』の世界じゃない。
それを無理やり『原作』通りにするのは無理。
……なんて、あの王太子殿下に告げたところで、『原作』を変えるとは何事だ! とか、怒鳴られそう。
変えたのじゃなくて、元々違う。
それ、あの馬鹿……いえ、王太子殿下にご理解させるのは、相当困難……というか、無理だろう。
と、すると……。
わたしにできるのは……。
「あの、第二王子殿下。妄想と現実を混同されても困ります……と、王太子殿下を説得するのは……」
「できればいいのですが……」
まともな感性を持つ、第二王子でも無理かな。
では、取るべき手段は一つ。
というか、わたしが思い付いた手段が一つというべきなんだけどね。
「それでは、わたくし、一つお願いがあるのですが……」
心置きなく、学院生活を送るため、とある提案を、ミゲル第二王子殿下に申し出てみた。




