第10話 王太子オルランド ④
いきなり「どうして私には婚約者が居ないのですか。まさか、クラウディアの回復を待っているのですか」とは、父王や母には聞けなかった。
なので、とりあえず、近ごろの話題として、王都美術館に行った時のことを、話してみる。
そうだ、あの絵のことを……。
「えっと、白いドレスの女性の絵……ですか、オルランド兄上」
「ああ。どうにもこうにも、私の解釈と皆の解釈が異なるようでな」
王族が、サロンで、絵画について、語り合う……。
家族同士の会話としても、実に高尚で素晴らしい話題提供だと考えたのに。
父も母も弟のミゲルも反応が悪い。
父王は眉根を寄せ。
母は無言で茶を飲んだ。
まあ、いいか。
「私が特に素晴らしいと感じた絵なんだが。背景の森に湖。太い木幹の幹とブランコのロープの細さの対比。女性の躍動感。構図も大胆で、描かれている人物の表情も穏やかで」
「……兄上が言っているのは、『ブランコを漕ぐ白いドレスの女』ですか? 画家であり、男爵の地位も持つディエゴ・デューク」
「そうだ! それだよ!」
ディだのデュだの、確かにそんな名前だった!
さすがに私の弟だ!
少し話しただけで、絵画の題名も画家の名前も分かるとは!
幼い時からこの私が、いろいろと教えてやっただけのことはあるな! はっはっは!
「私が絵を褒めれば褒めるほど、同級の皆は、どうも微妙な顔つきになるのだ。『わたくしたちは、この絵の女の方はちょっと……』だとか、『あたくしたち、殿下とは感性が違いますもので……』とか言ってだな! 素晴らしい絵だと私に賛同してくれたのは、ソニアしかいなかった! まったく! ソニア以外の者どもは、芸術というものが分からないのか!」
実際にこの言葉を言われたのはソニアではあるが。私は、私が言われたこととして、ミゲルたちに言ってみた。
私とソニアの意見は一致しているから、特に問題はない。
鼻息の荒い私に、父王も母も無言で視線を逸らせた。
ミゲルも、致し方なし、みたいな顔で、「あー……」と低くうめく。
「何だ⁉ 父も母も! ミゲルまで!」
「……えーと、兄様。『ブランコを漕ぐ白いドレスの女』に描かれている三人の人物には、素材となった実在の人物がいるということをご存じではないのですね……?」
ミゲルはため息交じりに言った。
「素材となった、実在の、人物?」
つまり、絵にはモデルがいて、それが実在するということか?
私は首を傾げた。
「いや、知らん。それに、三人も描かれていたか?」
ブランコを楽しげに漕ぐ女と、それを見ている男しか覚えていない。
そういうと、またもや父と母とミゲルはため息をついた。
何なんだ!
「……白いドレスの女は、かの有名なメラニア・デューク男爵夫人。大きく描かれている男はトニ・プラサという美貌の舞台俳優。後ろにごく小さく描かれているのが、その絵の作者、ディエゴ・デューク男爵本人。つまり、メラニア男爵夫人の夫。約五十年ほど前の、恋のさや当てで、宮廷を騒がせた実在の人物たちの絵で……」
「んんん? 夫が小さく描かれていて、舞台俳優のほうが、大きいのか? 画家本人は小さく描いて?」
弟の言葉を遮って聞いた。
妻と夫と舞台俳優がいる。
私はその夫とやらが描かれていたことは、記憶にない。
二人だけ、つまり、恋人同士の絵だと思ったくらいだ。
なのに、夫人と舞台俳優?
恋のさや当て?
わけがわからん。
「……あの、ですね、兄上。確かに『ブランコを漕ぐ白いドレスの女』はその構図、色彩、絵画の技法などにおいて絵画の新時代を切り開くほどに新しいもので……。後の絵画制作に多大なる影響を与えました。ですが、その絵に込められた寓意は……」
「寓意?」
ぼそぼそと、遠回りに言わないで、何の絵なのか、すっぱり言えばいいのに。
記憶力だけが良い、しかし、発言や発表、コミュニケーション能力に難ありの、使えないヤツなのか? 我が弟ながら、無能だな!
「……メラニア男爵夫人は、舞台俳優である愛人に、夜の誘いをかけているんですよ。舞台俳優の立ち位置からすると、夫人がブランコを漕ぐたびに、その……白いドレスの中身が見えてしまう」
「は、はあ⁉」
な、何だと! ドレスの中身……とは! つまり、あれ……で、それ……か?
なんという破廉恥な!
「小さく描かれている画家本人は、メラニア夫人の背後にいて、その背を押している。つまり、妻を、自分の意志で、愛人の元へ押し出しているとも解釈できる」
「え⁉」
「また、小指より小さく描かれていることから、存在感の無さを表現しているのかもしれないし、妻を愛人に取られた情けない夫だから、消えてしまいたいと思っているのかもしれない……」
「はあ⁉」
そんな絵が、王都美術館に飾られているとは!
「仕方がないんですよ。あの絵は絵画史を塗り替えた一作なんです。描かれた三人の関係など知らなければ、確かに兄上のおっしゃる通りの、素晴らしい絵だと、言えなくもないし……」
私はあまりのことに、口を開け閉めすることしかできなかった。
「兄上のご学友の皆様は、こう思ったのでしょう。『まさか、王太子殿下ともあろう人が、あの絵の寓意を知らないはずはない。だとすると、夫がありながら、愛人に誘いをかける女の姿を、王太子殿下が肯定している』と……」
「ば、馬鹿な⁉」
「もしくは、兄上の未来の妻に愛人が出来たとしても、快く愛人の元に妻を送り出す鷹揚さをお持ちだとか……。未だ婚約者のいない兄上ですので、妻に裏切られ、愛人に愛情を向ける妻の、その背を押さないといけないほどに、情けない男と同じようなものだと兄上が自嘲しているとか。ええと、まあ、そんなふうに、解釈をしたのでしょうね……」
嘘だろう⁉
わ、私は、ソニアとの真実の愛を追求する、誠実さに溢れた男だぞ⁉
だというのに。
「……これで、ますますオルランドの婚約者が決まらんな」
「……そうね」
どうして父王と母上は、頭を抱えるんだ⁉




