第1話 王太子オルランド ①
新連載。
よろしくお願いいたします。
「どうしてクラウディアが参加していないんですか!」
これから社交界に参加する貴族の令嬢や令息への祝い。
もう婚約を受け入れることが可能になったとの表明。
それから私たち王族に対する挨拶。
それが、デビュタント。
他国ではどう行われているのかは知らないが、我が国のデビュタントでは、令嬢は王族の男性……国王や王弟、王子たちと、また令息は王族の女性……王妃や王女たちと、一曲ずつダンスを踊るというのがしきたりだ。
私も、私の美貌に頬を染める何十名もの令嬢たちと、疲労を感じるほどに踊った。
躍りながら、父である国王、叔父である王弟、私の弟である第二王子のミゲルが、踊る様子も観察していた。
なのに、いない。
クラウディアがいない。
疲労で、見落とした……のではない。
クラウディアは仮にも侯爵令嬢。
ダンスを踊るのも、身分による順番が定められており、侯爵令嬢であるのなら、その順番も早い。
それだけではなく、クラウディアの鮮やかな赤い巻き毛は非常に目立つ。
私の好みでは全くないが、美貌だって相当だ。
きりっとした細い眉。二重の瞼。エメラルドのような緑の瞳。べったりとした赤い口紅を塗った唇……。
まさに、物語や演劇で登場する『悪役令嬢』に相応しい、メリハリのある美しくも悪辣な性格が現れた顔。
まあ……実際には、まだ私はクラウディアに出会ったことはないのだが、その顔や性格……キャラクターの設定は、よく知っている。
『小説』の挿絵で、アニメで、ゲームで。
何度も目にしたことがあったからだ。
そう、私は、過去に、ニホンという国で、別の人間として、生きて暮らした記憶がある。
よくある異世界転生というやつか……と、気がついたのは、一年前だ。
唐突に思い出したのだ。
ここが、小説サイトから始まって、書籍化、アニメ化、ゲーム化を経た、とある人気作の世界だということを。
話の内容は、実にテンプレートだ。
心優しく可憐な平民の娘が、実は男爵家の令嬢だったと発覚するところから物語は始まり、そして、貴族の令息や令嬢の通う学園に入学し、そこでこの私、ブランシャール王国の王太子であるオルランドと出会う。
一目で恋に落ちるオルランドとソニア。
だが、オルランドには婚約者がいた。
それが、フェルナンデス侯爵家の令嬢、クラウディアだ。
クラウディアはオルランドの愛するソニアを、嫉妬心から虐げる。
嫉妬など醜い女がすることだ。
が、クラウディアが醜さを露わにすればするほど、ソニアの可憐さ、清純さが目立つ。
途中は省略するが、クラウディアは追放され、ソニアはオルランドの妃になる。
普通は、男爵家の令嬢が、王太子の妃になることはできない。
だが、そこは物語というか、あまりにクラウディアが悪辣であり、ソニアとオルランドの愛が、皆から認められるほどに美しかったのだ。
話の筋はありきたりだが、原作者の圧倒的な筆力により、美麗なまでに描かれた真実の愛……。
転生前の私もハマって読んだ。
『原作』など、何度読んでも号泣した。
そう、私はその物語のオルランドに転生したのだ……!
あの美しき小説の、アニメの、ゲームの登場人物!
ふははははは!
私は勝ち組だ!
何せ、この世界で展開されるストーリー、『原作』を知っているのだ!
『原作』通りに生きれば、私は幸福な一生を送れるのだ!
『原作』のストーリーによれば、私とクラウディアの出会いは十四歳のデビュタントの時。
オルランド……つまり、私とダンスを踊ったクラウディアは、私の美貌に一瞬で惚れて、そして、婚約者になることをフェルナンデス侯爵に願う。
私の父と母……この国の王と王妃もそれを受け入れた。
地位・美貌・教養……、十四歳時点のクラウディアは、王太子の婚約者として、特に瑕疵はなかったからだ。
だから、今日のデビュタントで、私とクラウディアは出会い、そして、婚約者になるはずだった。
それが、『原作』。
私とソニアの清冽な愛のための、布石。
不思議なことに、私は、その美しい物語以外、転生前のことはほとんど覚えていない。ニホンという国は、こんな感じだったという大まかな知識は残っているが、私という個人がどのように生きて、そのように死んだのかなど、個人的な記憶はさっぱりない。
だが、この世界のストーリーだけを覚えていれば、問題はないだろう。
前世の知識によるチートで領地改革をしたり、シャンプーを作ったり、和食で世界を変えずとも。
この私は、既にしあわせが約束されている王太子なのだ!
と、すると、前世の知識などないほうがいいかもしれない。
知識チートで『原作』のルートから外れてしまっては、元も子もない。
『原作』のままでいいのだ。
『原作』と外れてはいないか、それだけを注意していればいい。
なぜだか『原作』だけは、きっちりと覚えているのだから、まあ、大丈夫だろう。
ふっふっふ。
早く始まれ『原作』よ。
私は転生前の記憶を思い出した一年前から、今日、この時を! 今か今かと待ちわびてきたのだ!
なのに、重要な登場人物、悪役になるはずのクラウディアがいない!
おかしいではないか!
「どうしてクラウディアがいないんですか!」
もう一度、私は、国王である父と王妃である母に怒鳴った。
「アーサーよ。クラウディアというのは……フェルナンデス侯爵家の令嬢のことか?」
困惑顔で、父王は言った。
王妃である母も、父と同じく困惑顔だ。
何をボケている、父王よ。
「そうですよ、父上。クラウディアと言えば、あのフェルナンデス侯爵家のあくや……」
悪役令嬢と言いかけて、私は慌てて口を閉じた。
まだ一度も会ったことのないクラウディアのことを、悪役令嬢呼ばわりしては、咎められるのは私のほうかもしれない。
「……コホン。彼女も今年、私と同じく十四歳になるのです。デビュタントに参加して当然でしょう⁉」
出会わなければ『原作』が始まらないではないか!
イライラと聞いてみても、父王も母も、困惑顔のまま。
「確かに十四歳でデビュタントに参加する者は多いが……、別に十四歳でなければならぬという決まりはない」
「しかし! 十五歳で貴族学院に通う前に済ませるのが一般的でしょう!」
別に、デビュタントに参加しなければ、貴族学院に入学ができないというわけではないのだが。
デビュタントは婚姻に向けて、婚約者を募集中だという意志表明でもあるのだ。
貴族の令息、令嬢が不参加なんて、常識外だ。
そう、我が国では、貴族の令息や令嬢は十五歳から十八歳まで貴族学院に通う。
マナーや序列を学ぶのが第一義ではあるが、多くの者が、その学院で婚約者を見つけるのだ。
ついでに言うのならば、我が国ではデビュタントを済ます前に、婚約を結ぶことは、それが家同士の政略であっても認められていない。
法で、そう決まっている。
何故なら過去に、いくつもの諍いが起こったからだ。
例えば、領地を接する者たち同士が、お互いに子が生まれたら、婚約をさせようと約束したが、同性同士の子しか生まれてこなかった……とか。
異性同士であっても、幼いころに結ばれた婚約で、成長するとともに、いがみ合ってしまった婚約者がいて、片方は浮気、片方は駆け落ちと、相当な醜聞が起こった……とか。
まあ、そのあたりのバックボーンはクラウディアを悪役令嬢として、オルランドとソニアの愛をより一層引き立たせるための伏線でしかないのだろうが。
ともあれ、私とクラウディアの婚約が成り立たなければ、クラウディアを悪役令嬢として排することもできないのだ!
なのに何故っ!
悪役令嬢が登場しない!




