第9話
「それで、こいつらが今回主戦力となってくれる対魔特殊行動課の四名だ」
ネアの紹介とともに僕たちはそれぞれ自分の名前を名乗った。
警察官三名に特課の僕たち合わせて計七名。
今回はこのメンツで闇オークションへカチコミに行く。
「対魔特殊行動課に0課なんてありましたっけ?ネアさん」
若手警官の一人が訝しそうに眉を顰めた。
僕も十分若手だけどね。
「コイツは俺と高専で同期のエリアルだ。それなりに腕はあるから安心していい」
「まさか先輩に仲の良い同期がいるとは思いませんでした」
「仲がいい?何言ってんだ?」
心底不思議そうな表情をしているネア。
「え?仲良くないんですか?」
「いや、僕は仲良くしてたと思うけど?」
「ハッ!お前が俺に話しかけるのは、金借りる時か宿題写す時だろ」
同期から僕はそう思われているようだ。
「ああそうなんですか…」
「なんかあんまり驚いていないみたいだね」
「エリアル先輩のことですから容易く予想できます」
セルの言葉を聞いたネアは腹を抱えて大爆笑していた。
僕にとっては面白くもなんともない。
「わかったから、早く本題に入ってくれよ」
学生時代の話なんて今となってはどうでも良いのだ。
僕がネアに対してそう言うと、彼は一瞬つまらなそうな表情をした後、本題を話し始めた。
「我々警察の目的は闇オークションの運営を検挙することだ」
その話はここに来る道中で何回か聞いた。
確か有名モデルの誘拐事件が発生して、失踪したモデルの行方を探した結果このオークション会場へと辿り着いたらしい。
場所は廃止された旧首都の地下貯水槽だ。
小根が曲がった資本家が廃地下貯水槽を買い取りそこで、裏社会のオークションを主催し始めたのが発端なんだとか。
全部ネアから聞いた情報だが、闇オークションの位置まで特定するとは流石天下の警察だ。
「オークションの運営者はカルダシェフスケルという資本家だ。噂によると政治家や警察上層部とも繋がっているらしい」
「えぇ?それじゃ太刀打ちできないじゃないですか…」
ルフォは不安そうな表情をしていた。
その気持ちはわからなくもない。政治家と癒着している資本家を検挙するのは一筋縄ではいかないだろう。
誰にも気づかれずに暗殺する方がまだ簡単だ。
「エリアルが考えているように暗殺する方が確かに簡単だな」
「僕まだ何も言ってないけど…?」
「お前の考えていることなんて手に取るように分かるわ」
読心魔術でも使えるようになったのだろうか?
《精神攻撃系の魔術は確認されませんでした。》
EVEもそう言ってるし読心はされていないらしい。
「どうやって検挙するつもりなんですか?」
「いい質問だ、ルフォさん。奴を検挙して法の裁きを下すのはあくまでも理想論。捕まえたとしても裏で警察と仲良くされてりゃ無罪放免もしくは減刑で済む。そんなの面白くない」
警察官としてのプライドが許さないのか、ネアの表情は悔し気に歪んでいた。
こんなに正義感の強い奴だったかな…?どちらかと言えばもっとこう利己的な人間だった気が…。
《それはエリアル様のことではないのですか?》
は?そんなわけないだろ。
生意気なAIだな。少し黙ってなさい。
脳内に直接語り掛けてくる戦闘支援AIのE.V.E.との会話で危うく聞き逃しそうになったが、次の瞬間、その場にいる誰もが思わず自分の耳を疑ってしまうような内容がネアの口からこぼれ出た。
「カルダシェフスケルを発見次第、お前等特課が殺してくれ」
「「「は?」」」
シアノを除く特0課のメンバー全員が声を上げて驚いた。
「警察官がそんなこと言ってもいいの!?」
「先輩!?この人大丈夫なんですか?大問題になりますよ!?」
そういやそうだった。
こいつは昔っから歪んだ正義を持った人間なんだった…。
成績優秀で【遊び人】になる前の僕に匹敵するほどの実力者だったネアだが、「俺は魔物の殺戮なんかじゃなくて正義の執行官になるんだ!」と豪語し、対魔特殊行動課の推薦を蹴って警察就職した変人なんだった。
僕がネアと距離を置いていた理由も今思い出したよ。
こいつの歪んだ正義が怖かったんだ。
「なんで僕たちが責任を負わなくちゃいけないんだよ!!」
勿論、人を殺したら大問題になる。
僕はトラブルなんかに巻き込まれたくはない。
「大丈夫大丈夫!特課には先制攻撃を仕掛けられたら相手を殺して良いルールがあるだろ?何とか相手に手を上げさせて…」
「バカ言うな。僕は絶対にやらないからな!普通に逮捕して後の処理はお前が全部やっとけ!僕たちがサポートするのはあくまでも戦闘面だけだ」
話は終わりだ、と言った僕は打ち合わせ通りの配置につくためその場を去った。
残されたメンバーたちも次々と自分たちの持ち場へ移動するのだった。
「皆様ようこそお越しくださいました。私の名前はグレートフィル。今回の司会を務めさせていただきます。本日はお日柄もよろしく、絶好のオークション日和ですね。といってもここは地下ですが」
壇上に現れた男はマイクを手にしたかと思いきやユーモアの効いた冗談で観客を笑わせた。
現在時刻は正午ジャスト。
数々の人間が集まり、ついに闇オークションが始まった。
ここは、一応使われなくなった地下貯水槽だが、オークション会場は実に豪華絢爛だ。
オペラ劇場のような内装だが、すべての座席に小さなデスクとモニターが設置されている。
恐らくモニターは落札の際に使用する物なのだろう。
この会場は間違いなく違法建築物だ。
「さて、長話はこれぐらいにしましょうか。本日一号目の商品はこちら!」
司会者の一言と共に、オークションの職員であろう人物が、舞台袖からカートを引いて出てきた。
カートの上には一冊の古びた本。
あれは一体なんだろうか?
「こちらは大変貴重な魔導書!とある古代の魔術が記されている商品です」
会場は少しばかりどよめいていた。
客層は様々だ。
貴族のような格好の人物に反社会的勢力であろう悪人。大体は悪い奴らだ。
「太古の昔、まだ人間が魔族と植民地争いをしていた時代、私たち人間と魔術は密接に関わり合っていた。それが今はどうでしょうか?魔族は世界の隅へと追いやられ人魔戦争のなくなった現代では脅威となるような危険魔術は国家によって徹底的に隠蔽されてきた。唯一使うことができるのは、対魔特殊行動課と警察」
司会者はそういうと、カートの上に置かれている魔導書を高々と天に掲げた。
「不公平だとは思いませんか?力は対等に分け与えられるべきだ。私たちが使えるのは家事を手助けし、荒野を花畑に変えるだけのちんけな魔術のみ。皆さんが欲しているのは圧倒的な力だと私は信じています!この商品は間違いなくあなた方の目的を達成する助力となるでしょう!!価格は1億ビルから。さあ入札開始です!」
舞台上のホログラフィックスクリーンに入札価格と価格を提示した人物の名前が表示されたかと思いきや瞬きした瞬間別の金額、別の人物名へと塗り替えられめぐるましく入れ替わっていった。
勿論、攻撃性のある危険魔術を扱うことができるのは、特別な資格を所持した国家の人間だけだ。
資格のない一般人が危険な魔導書を読む行為自体犯罪となる。
本来だったらここにいる全員を即刻ネアたちが逮捕するべきなんだろうけど流石に今回は無理だな。
悪の巣窟を壊滅させるには敵の数を上回るほどの警察官を導入するべきなんだろうが、今回は相手が相手だ。
主催者が警察の上層部と繋がっているのなら、癒着している人物を特定していない限り、できるだけ秘密裏に少人数で行動する必要がある。
自身の仲間と信頼できる上司しか頼れない現状、目立たず潜入するほかない。
オークションを片目に僕は自分がするべきことを頭の中で整理することにした。
ここへわざわざ危険を冒してまでやってきた理由は、闇オークションの主催者を検挙するためでもなければ警察を助けるためでもない。
対魔特殊行動課として魔物化した子供の手がかりを見つけなくてはいけない。
まぁ個人的な理由はないけどね。孤児院の子供を誘拐して闇オークションに出品するなんて可哀そう!!絶対に許せない!!
なんてのは微塵も思ってない。
気の毒だとは思うよ?でもいちいち同情していたらキリがない。腐ったこの世界では一秒間の内に何千もの悲しみが生まれていることだろう。
その一つ一つに同情するのは時間のむだであるし、そんな暇があったら僕はせっせと仕事をするだろう。
僕のひと仕事で世界は少しだけよくなるのかもしれないのだから、感情的になるよりもよっぽど良い。
「さぁ、続いての商品はかの有名な人魚族の親子です!」
現在、目の前の舞台では、巨大な水槽に閉じ込められた人魚族の親子が競売に掛けられていた。
ここまでくると出品される商品の内容も大体分かってきた。
気象な種族も売られていることから推測するに、孤児院の子供が競売に掛けられていた可能性は十分にあるだろう。
だが唯の子供をこんな大舞台まで遥々やってきて、高値で落札するだろうか?
そこら辺の道を歩いている孤児を搔っ攫った方が手っ取り早く入手できるはずだ。
…競売に掛けられた孤児が希少だった?
僕の脳内にはこんな疑問が浮かんでいた。
ありえなくもない話だ。
ていうか実際目の前で魔物と化していたのだから彼らは十分にレアものだ。
一部の金持ちコレクターに落札されたって全然おかしくない。
うーん。推測するのは簡単だけど、真実を見つけるのは難しいんだよなぁ…。
落札者を記した記録があれば万々歳。運営の人間から話を聞き出せたらなおのこと良い。
少し探ってみるとしよう。
《【警告】持ち場を離れるなとあなたの旧友であるネア様が仰っていましたがよろしいのですか?》
ふっ。
E.V.E.は分かってないな。
早く証拠を見つければ早く謎を解決できるんだぞ?
《??……。すみません、よくわかりません》
事件が解決すれば上層部から忌み嫌われている僕達0課の元に仕事が来ることは当分ない。
つまり、働かなくても良いってことだ。
《先ほど【僕のひと仕事で世界は少しだけよくなるのかもしれない】と豪語していましたけど?》
上から命令されたらしっかりやるって意味だよ。
僕から率先して世界をよりよくしようとは思ってないってコトさ。
《素晴らしい道徳心をお持ちのようですね》
こいつはAIだし僕のことを素直に褒めているのだろう。
AIが皮肉を使うわけがない。
「目立たず、穏便に仕事をしよう」
僕は静かに席を立ったのだった。




