第7話
「さっきやった仮想現実の投影ってどうやってんの?」
一段落ついた僕たちは、他愛もない雑談をしていた。
先ほどまではおどおどしていたルフォだったが、会話を重ねる内に慣れたのか、次第に心を開きつつある。
「え、ええと…。もともと用意していたテンプレートと目の前にある場景を組み合わせて作っているんです…」
「ああ。やっぱりあらかじめ用意してんだ。一から作るのは大変だもんね」
その場に合ったものを即興で組み合わせる技術は滅茶苦茶凄いと思う。
こんな才能を持っているというのに、なぜ0課に移動させられたのだろうか?
「そもそもなんで特課なんかに就職しようと思ったの?」
「一族が代々特課に就職しているエリート家系なんです…。父の方針で私も兄と同様、特課で働くことになったんですよね…体力ないし…小っちゃな頃から臆病だし…私なんか全然強くないのに…」
聞いてもいないことを話し始めたかと思いきや、ルフォは勝手に落ち込み始めた。
誰かに自分の愚痴を聞いてもらいたかったのだろうか?
僕の場合、愚痴を言う相手はセルだった。誰かに話を聞いてほしいと思う気持ちは良く分かる。
「私…もともとはグラフィックデザイナーになりたかったんですよね…。人を楽しませるためにグラフィックの勉強をしてたのに、魔物とか悪い人間を殺す道具として使うなんて…。ハハハ…何言ってんだろ私…ごめんなさい、今のは忘れてください…」
ふとした瞬間、ルフォは我に返ったのか、慌てて僕にそう言った。
なるほど、ルフォにはそういう経緯があったのか。
てっきり彼女が人一倍臆病なのは、特課の任務でトラウマを負ったからなのかと思っていたのだが、どうやら生まれつきだったらしい。
死と隣り合わせの仕事柄、トラウマで仕事を辞める人間は多い。
「辞めずに戦ってるんだから君は勇敢だよ」
「ち、違うんですぅ…。父の借金で家系が苦しいんです…だから私と兄が頑張って働いて家に仕送りしないといけなくてぇ…」
急に泣き出すルフォに僕はどうしていいのわからなくなってしまう。
彼女の涙腺を刺激してしまったのは間違いないだろう。
「そ、そうなんだ。なんかごめん…」
「戦うのは怖いんです。なんども逃げようと思いました!でもそのたびに兄の顔が私の脳内に浮かんでくるんです!兄が必死に悪者と戦っているのに私だけ逃げ出していいのかって思っちゃって!」
うああん。と大声で泣き始めるルフォ。
大粒の涙が零れ落ち、床を濡らし始める。次第に大きな水たまりのようなものができていった。
なんとか元気づけなければ。
まともな人間性を持っているなならば、落ち込んでいる人を見かけたときにそう思うのは自然のプロセスだろう。
勿論僕は素晴らしい人間性を持っているので、ルフォを慰めようと必死になっていた。
「さっきのグラフィックは凄かったよ!本職の人の何倍もキレイだったし、僕の完全に騙されちゃった!ルフォってすごい才能を持っているんだね!」
急な話題転換に違和感しかない。僕自身でさえそう思ってしまった。
やっぱり泣いている人を慰めるのは苦手だ。どちらかというと僕は人をイラつかせたり泣かせたりする方に長けている。捻くれ者ってヤツだな。
慰めるのに失敗したかな、と思っていた僕だったが、口下手で表現の乏しい慰安の言葉で十分だったようだ。
「え、えへへ。あ、ありがとうございます…」
なんてチョロ…、純粋な子なんだ。
涙を流したり急に笑い出したり…感情の起伏が激しい奴だ。
涙を流しながらニヤニヤするという奇行にドン引きながらも、僕は優しくルフォの背中を撫でてあげたのだった。
見た目通り小さな背中だった。
「先輩!重要そうな資料を見つけたんで持ってきました!」
突然、談笑をしている僕たちも元に五次元光学メモリを手にしたセルが嬉々として使づいてくる。
その視線は地面に座り込んでいる僕たちの元へと向かったかと思いきや、床の水たまりへと移る。
次の瞬間、セルの表情がゆがんだ。
「先輩?ルフォに失禁させたんですか?」
「は?」
「へ?」
嫌悪感を露わにしたセルを見て、僕はようやく誤解されていることに気が付いた。
「違うわバカ野郎!これはルフォの涙だよ!!」
「そんなわけないでしょうが!涙だけでこんなに大きな水たまりはできませんよ!!」
「ルフォの場合は例外なんだよ!!こいつの涙腺滅茶苦茶緩いんだよ!!」
「ふえ!?」
ショックを受けたルフォは見るからに落ち込んでいるようだった。
面倒くさいなと思いつつも、少し申し訳ない気持ちになる。
「ごめん他意はない。だからセルの誤解を解いてほしい」
「え、エリアル課長の言う通りです!これは私の涙で…決してやましいものじゃありません!!」
「そ、そうなんですか。私の誤解だったんですね。ごめんなさい」
ルフォに深々と謝罪したセル。
しかし、僕には何もなかった。
「なんで僕には謝らないのさ」
不機嫌になった僕はセルに向かって異議を申し立てた。
しかし彼女は鼻で笑った後、「先輩に謝られたことなんて一度もありませんけど?敬語を使ってるだけ感謝してほしいですね」と言い放ったではないか。
流石の僕もこれにはショックを受けた。
僕がセルに対して謝罪したことがないだと…?!
「心で謝ったのはノーカンなの?」
「ノーカウントに決まっているでしょうが!!社会性が欠落してるんじゃないんですか?」
いつにもまして辛らつだ。
数分前までセルが死んだと思い込み悲しんでいた僕がバカみたいである。
しかし僕は大人なのだ。
後輩のかわいい反抗期ぐらい笑って見逃そうではないか。
「それで、その手に持ってるメモリには何が入っているの?」
「ああ、そうでした。このメモリですね」
セルはそういうと、消しゴムサイズのクリスタル型フラッシュメモリを僕たちに見せてきた。
「奴らが使っていたノートパソコンの中に入っていた人身売買の取引履歴です」
やはり、子供を売っていたのか…。となると、今回魔物化した子供たちもどこぞのマッドサイエンティストに売られてしまったのだろう。
履歴を遡れば犯人を特定できるかもしれない。
「か、課長…。ところで孤児院の人たちは見つかったんですか?」
「あ、ああ。そういえば地下室に置きっぱなしだったわ、すっかり忘れてた」
「はぁ!?何やってるんですか先輩!?早く迎えに行かないと後でクレームは来ちゃうじゃないですか!!」
「ち、違うんだって!セルが心配で先に無事かどうか確認しに行ったんだよ!!」
「私が死ぬわけないじゃないですか。余計なお世話ですよ」
と入っているものの、セルの尻尾は左右大きく揺れていた。
こいつもチョロ…、純粋な奴である。
「メモリの中身は本部に帰ってから確認しようぜ。どこほっつき歩いてんのか知らないけど、さっさとシアノと合流して、捕虜の人たちを回収したら帰るとしよう」




