第3話
僕たちに割り振られたオフィスは意外と清潔だった。
てっきり日の光の当たらない地下にでも隔離されるのかと思ったのだが、僕の予想は良い形で裏切られた。
流石はエリート国家組織だ
三次元ホログラムプロジェクターからコーヒーミルまで、現代魔術社会のオフィスには欠かせない代物がすべてそろっている。
そう考えると、左遷という選択をしたのは良い決断だったのかもしれない。
有能なのかは置いておいて、新しく二人の部下を与えられ、給料は以前の1.5倍。
左遷などではなく、栄転だったのかもしれない。
まぁ、未だに仕事は舞い降りてこないんだけどね。
ネットニュースを一通り読み終わった僕は、部屋を一瞥し、部下達の様子を伺った。
先ずはセルだ。
彼女は相変わらず不機嫌そうで、僕とは未だに口をきいてくれない。
まぁ今回が初めてじゃないが、早いうちに手を打っておかなければ後が恐ろしい。
今日中にでも甘いスイーツでも買ってきて、ご機嫌取りをしよう。
そして新しくできた部下達だが…。
根暗な狐獣人に、筆談で会話をしてくる青年の以上二名。
狐獣人は隅の日陰で観葉植物に話かけているし、青年は直立不動で石のように固まっている、始業時間からずっとあの体勢だ。
なにこれカオスすぎない?
やっぱり、この部署は特課から見切りをつけられた人間が左遷されるゴミ捨て場のような場所なのだろうか?
なんだか馬鹿馬鹿しくなってきたぜ。
寝よっと。
ため息を吐いた僕は、日の当たっている窓辺にて仰向けに寝転がり、そのまま寝ようとする。
罪悪感なんてものはとっくの昔に消え失せた。
そうさ僕は税金泥棒だ。
やけになって寝ようとした次の瞬間。
「メェ〜♪ メメメ〜♪メェ〜♪ メメメ〜♪」
僕のスマホがやかましい着メロと共に激しく振動した。
因みにこの音は羊の鳴き声だ。
過去にE.V.E.と口論になった際、スマホのコントロールを乗っ取られ、この忌々しい着メロが登録された。
変更しようとしてもE.V.E.にスマホの子供フィルターでロックをかけられるため実質不可能なのだ。
普通にムカつく人工知能である。
「どちらさまですか?」
「やっほー。元気にしてるかエリアル君」
声の主は、エフェトル長官であった。
セルの大きな獣耳がピクリと反応し、僕の方へと向けられていた。
「どういったご用件でしょうか?生憎今手が離せない状況でして、簡潔にお願いしますね」
寝ている分際で言えたことではないのかもしれないけど、どうせロクでもないことなのだから真面目に対応しなくてもいいだろう。
「おかしいな。君は今寝てるみたいだけど?」
「そんなわけないじゃないですか。いま雑務に追われてて大変なんです」
「えー?私の部屋から君が窓辺で横になっている姿が見えるんだけど、ひょっとして私の気のせい?」
僕は急いでブラインドを閉じた。
「気のせいだと思います」
エフェトル長官の執務室は本館で、僕たちがいるのは別館…。
なんということだ、僕としたことがついうっかりしていた。
ちょうど向かい側が長官の執務室ではないか…。
「あそう。まぁいいや。そんなことより君たちに仕事が来たよ!」
「仕事!?」
誰よりも耳の良い狼獣人のセルが真っ先に立ち上がる。
彼女は仕事がしたくてたまらないらしい。
「えーと。具体的にどのような内容で?」
「人間が魔物に変身する事件がまたもや発生したんだ。つまり君たち対魔特殊行動0課の出番ってわけ」
僕達って0課だったんだ…。
因みに僕とセルが前にいたのは3課の執行官であり、この組織には合計7課まで存在している。
エフェトル長官が言う0課というのは即興で作られたものなのだろう。
今までそんな部署なんて聞いたことなかったし。
「で、僕たちは何をすればいいんですか?」
「ちょっとまってて、ホログラムで資料を送るから…」
数秒後、デスクの上に置かれている三次元ホログラムプロジェクターが起動し、立体的な資料が展開された。
「そっちに資料届いた?」
「ばっちりです」
「よし、じゃあ説明を始めよう」
エフェトルの一言ともに、子供の顔写真が表示された。
年齢は10歳程度だろうか。無邪気そうな笑顔を浮かべている男子児童だ。
「彼の名前は、ジョン=ミネガル。9歳の男児で孤児院出身だ」
エフェトルの解説と共に、ジョンという男児の個人情報が次々と公開されていく。
流石は国家が統括しているエリート組織だ。国民の個人情報を意図も容易く手に入れるとは。
「このジョン君が今回、魔物化した張本人なんだ。体長10mほどの荷電龍に変身したところを駆け付けた執行官によって無力化された」
「荷電龍に変身…」
セルが不思議そうにつぶやく。
この前僕たちが遭遇した少女も荷電龍に変身していた。
何やら裏がありそうだ。
「君たちも怪訝に思っているだろうけど、この前荷電龍に変身した少女と今回荷電龍に変身した男児には共通点がある。一つは血液型がAB型、そして二人は同じ孤児院出身だということ」
次の瞬間、卓上に孤児院の名前と詳しい住所の書かれた資料が展開された。
そこには『ルドリック孤児院』と表記されている。
「つまり、僕たちはその孤児院とやらを捜査しに行けばいいんですね?」
「うん。私が言いたいのはそういうこと」
「絶対目ぼしい情報なんて出てこないと思うけどなぁ…」
やはり僕たちが左遷された0課という部署は、対魔特殊行動課の上層部から目をつけられた職員が目立った活躍をしないように隔離する場所のようだ。
セルも同じことを思ったのか、僕と同様、苦悶の表情を浮かべていた。
「目ぼしい情報かどうかを判断するのは君じゃなくてこの私だ。それじゃあ頑張ってね!」
ムカつく上司は一方的にそういった後、通話を切った。
僕は部屋の中を一瞥したのち…。
「じゃあ、孤児院に行ってみようぜ」
渋々、0課の部下たちにそう言ったのだった。課長というまとめ役は実に面倒くさいものだ。
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部屋の入り口でかれこれ三時間も突っ立っていた青年シアノと、四隅の日陰で観葉植物と会話をしている狐獣人のルフォが僕の言うことを聞くのかだいぶ不安だったのだが、いざ「孤児院に行ってみようぜ」と口に出したところ、彼らはすんなりと付いてきてくれた。
もっともルフォはめちゃくちゃ嫌な顔をしていたが。
今は、目的の孤児院へと向かう道中だ。
特課のワゴン車を一台借り、運転は僕がしている。
車内は気まずい沈黙で重苦しい空気と化していた。
僕は後部座席に座っている二人の部下達を観察する。
無表情を貫いているシアノに、観葉植物と話しているルフォを見ている限り、彼らが0課に左遷されてきた理由が何となくわかるような気がしなくもない。
まぁ僕には関係のないことだ。
「先輩、着きましたよ」
僕がそんなこと考えていると、助手席に座ってるセルがぶっきらぼうにそう言った。
車内の窓ガラス越しにレンガ造りの立派な孤児院が見えた。
鉄柵で覆われている門には『ルドリック孤児院』と書かれている。
「で?これからどうするの?」
「私に聞かないでくださいよ…先輩は0課の課長なんですから自分で考えてください」
「孤児院に来たのは良いけどさ、入ろうとしたって追い返されるだけだと思うんだけど。捜査令状も持ってないわけだしまともに相手してくれるとは思えないな」
「私も同意見ですよ先輩。ですがせっかくここまで来たんですし取り敢えず行ってみてくださいよ」
「え?僕が行くの?」
何それ聞いてないんだけど。
「当たり前じゃないですか、元はと言えば先輩のせいで胡散臭い0課なんかに左遷する羽目になったんですから責任くらいとってください」
「ええ…」
困り果てた僕は後部座席に座っている二人の部下達へ助け舟を求めようとする。
しかし見事に視線を逸らされてしまった。
「俺に聞くな」と言わんばかりの空気を醸し出しているではないか。
「仕方ねぇな。会話は取り敢えず僕がするから君たちはついてくるだけでいいよ。」
「先輩」
「なに?僕の代わりに孤児院の人と話してくれるなら大歓迎だけど?」
「違います、サイドブレーキちゃんとかけてください。二度と事故るのは御免です」
「あ、そうですか」
昔は健気な姿で僕の後を付いてきていたというのに、今じゃ辺りが強くなっている気がする。
サイドブレーキをかけ、車から出た僕は、孤児院の門へと歩いて行った。
一見するとレンガ造りの孤児院は豪華な見た目をしているが、細かい部分に着目すれば窓枠などには錆があった。
管理が行き届いていない。というのがこの孤児院の印象だ。
僕は三人の部下を引き連れて孤児院の庭を歩いていく。
辺りは雑草で生い茂っており、かつて水が噴き出ていたであろう噴水にはいくつもの黒カビが生えている。
外には子供の気配すら存在していなかった。
「おかしいですね。育ち盛りの旺盛な子供が外で元気に遊んでいる姿を想像していたのですが」
訝しそうにしているセル。
シアノは相変わらず無表情無反応を貫いており、ルフォは大きな狐耳がしなれたレタスのように垂れていた。その目は何かにおびえるようにきょろきょろと動いている。殺風景な孤児院に大分怯えているようだ。
そういえばこいつらとまだまともに会話したことなかったな…。
僕がそんなことを考えていると、孤児院施設の玄関までたどり着いた。
重厚感のある両開きのドアにはガラスが取り付けられていたが、埃で曇っているせいか、内部はよく見えなかった。本当にここは孤児院なのだろうか?
僕の脳内には疑問がぐるぐると渦巻いていた。
「ごめんくださーい」
僕は試しにドアをノックしてみる。
しかし、数回叩いても返事はなかった。
「どうする?帰る?」
「居留守だって可能性もありますよ?根気よく叩いてみてください」
「ええ。そんなことしたら温かく歓迎されない気がするんだけど」
「大丈夫です。私たち特課は市民からもともと嫌われている存在ですし、今更感ありますよ?」
確かに、僕達対魔特殊行動課は魔族と戦う際にだいぶ街を破壊してるので、一般市民から嫌われる道理はわかる。
「僕達だって命を懸けて頑張ってるのにさ」
「先輩はどちらかというとお金のためでしょ」
…それはそう。
「さて、僕は根気よく扉を叩くとしよう!」
僕は再び「ごめんくださーい」と激しく扉を叩きはじめる。
数十回にも及ぶ打撃の末、ようやく扉の向こう側から人の気配がした。
カチャカチャという金属音と共に扉の鍵が解除されていくのが分かる。
一体どれほどのカギをかけているのだろうか?
「ガチャリ」
気持ちの良い開錠音と共に、ついに両開きのドアが開らかれようとしていた。
「根気よく玄関に居座っておけば大抵の場合は出てきてくれるんだね」
僕は後ろに控えている部下達に顔を向ける。しかし、彼らの表情を目にした僕は困惑してしまう。
全員が困ったような、それでいて驚愕しているような表情を浮かべていたのだ。
「どうしてそんなに驚いた顔をしているんだ?」
すると僕の部下である三人は、玄関の方へと指をさした。
一体何が玄関から出てきたというのだろう?
疑問に思った僕は表面へと振り返る。
漆黒の金属にトリガーと取っ手がつけられた現代社会の殺傷兵器。
いわゆる拳銃と呼ばれている武器が僕の目の前に突き付けられていた。
僕たちを待っていたのは温かい歓迎…ではなく冷たい銃口だったというわけだ。
「死にたくなきゃりゃ黙ってついてこい」
扉の向こう側に立っていたのは厳つい見た目をした体格の良い男数人であった。
全員が銃を所持しており、冷たい銃口はもれなく僕たちの脳天を狙っている。手の甲には、全員お揃いである幾何学模様のタトゥーが刻まれていた。
なるほど、暴力団の方たちでしたか。
「てめえらがなんなのかはしらねえが、さっきはよくもまぁしつこく扉を叩いてきやがったな。今すぐ死にたくなかったらついてこい、騒いだら殺す」
暴力団たちの有無を言わさぬ表情を目の当たりにした僕は思わずセルと顔を見合わせてしまった。
「実に温かい歓迎だったね」
「どこがですか!?面倒ごとに巻き込まれちゃったじゃないですか…」
「おい。さっさとついてこい」
銃口が僕の後頭部に密着している。
今ここでついていかなければ間違いなく発砲されるだろう。
孤児院だと思って着いた先がまさか反社会的勢力の隠れ家だったとは思いもしなかった。
セルは頭を抱え、ルフォはめちゃくちゃ怯え、シアノは無表情を貫いている。
これから殺されるかもしれないけど、まぁ、何とかなるでしょ!
僕の唯一の取柄は楽観主義者だということだ。




