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第2話

 「???????」


 僕は混乱を隠せずにいた。

 先程まで激闘していた荷電龍が可憐な少女へと変貌したのだ。

 心臓は無数にあるわ、倒したら少女の姿になるわ、一体全体何が起こっているんだ。


 てか、生きてない?

 呼気音が聞こえるし、明らかに脈がある。

 弱っているようには見えない。


 取り敢えず、土ホコリ払ってやるか…。


 来ている服は砂埃で塗れた白い布切れのようなものだった。

 病院で着用する患者衣のように見えなくもない。


 「エリアル先輩。お怪我はありませんでしたか?」


 一般市民の避難誘導を終えた後輩が僕の元へと戻ってきた。

 彼女の手にはトライデントが握られている。


 「一応、魔物は駆除したんだけど…問題が起きちゃった」


 セルの視線は僕からボロ切れを着た少女の方へと移っていき…。


 「その子は?それと荷電龍の死体はどこに行ったんですか?」

 

 至極当然の疑問だ。

 個体差はあるがこれほどのスケールである魔物が死んだ場合、灰になるまで半日はかかる。

 その前に解体業者が来て、魔物の死体を資源として運用するのセオリーなのだ。

 

 「実は荷電龍がこの小さな女の子に変身しちゃったって言ったら信じてもられるかな?」

 「は?」


 僕たちの間で、気まずい空気が数分の間流れていた。

 地べたで寝転んでいる少女は静かな寝息を立てている。


 「嘘の臭いがしないんですけど…冗談ですよね?」

 

 先に沈黙を破ったのはセルだ。

 狼獣人は鼻が効くため、体臭などからその人が嘘をついているかどうか判断することができるらしい。

 彼女の前で嘘を吐くのは至難の技だが、最近は結構な頻度で騙せるようになってきた。


 「冗談じゃないよ。僕も初めは自分の目を疑ったけどね」

 「幻覚魔術の類ではないのですか?」

 「そうだったらとっくの昔に気づいているよ。セルを騙すメリットなんかないんだし、いい加減信じてくれよ」

 「まぁ、それもそうですけど…」


 セルは数秒間逡巡した後、ようやく口を開いた。


 「取り敢えずは信じますよ。変身魔術を使えば不可能ではないですからね。」

 「こんな小さな女の子が高度な魔術なんて扱えるかなぁ」

 「昔の先輩と同じ才能を持ってるのかもしれませんよ?」

 「僕も落ちぶれたもんだ…」

 「何言ってるんですか、今の先輩も十分すごいですよ」


 心なしかセルの口調が優しく聞こえたのだが、多分僕の気のせいだろう。

 

 「それで?この少女をどうするんですか?エリアル先輩の話が本当だとしたらここに置いておくべきではないと思いますが」


 確かにそうだ。 

 目の前で意識を失っている少女がいつ荷電龍の姿へと戻ってもおかしくはないのだし、放っておくのはまずい気がする。


 「取り敢えず特課の方で回収して、いろいろ調べてもらいましょう。そしたら荷電龍が本当に少女の姿へと変貌したのかわかるでしょうし」

 「そうだな」


 僕は綿のように軽い少女を背中でおんぶする。

 彼女は相変わらず静かな寝息を立てていた。


 

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 

 久しぶりの任務を終えてから数日後、毎日のように特課へ勤務している僕だが相変わらず暇を持て余していた。


 「なかなか仕事来ないですね…」

 

 僕のデスクの向かい側に座っている後輩のセルがため息を吐いた。

 しかし、言葉とは裏腹に彼女はあまりショックを受けているようには見えなかった。

 

 「落ちこぼれの僕とバディを組むなんて選択をしたから悪いんだよ。あれだけ忠告したのにさ」


 実際、セルはかなり優秀だ。

 僕なんかとバディを組まなかったら、今頃大活躍していたはずだろう。


 「エリアル先輩は落ちこぼれなんかじゃないですって!まったく上層部の人間は何を考えているのでしょうか!確かにエリアル先輩の適正職業は【遊び人】ですけど、戦闘面においては追随を許さないほどの実力者なのに!」


 狼獣人の特性だからなのかはわからないが、僕の後輩は非常に健気だ。

 僕のこと過大評価し過ぎである。


 「小さいころの僕は滅茶苦茶優秀で魔術の才能があったのに、今じゃこのざまだよ。人生って何があるかわからないよね」


 僕たちの元に仕事が舞い降りてこない主な原因として、僕の職業が【遊び人】であることが影響しているのだろう。

 職業といっても、公務員やITエンジニアといったお金を稼ぐ方の職業を指しているのではなく、剣士や魔術師、弓使いといったファンタジー職のことを指している。


 何千年も前の名残だが、このシステムはこの世界が魔族と争っていた時代に活用されていた。 

 具体的な内容としては、人対魔族戦争で戦闘員の得意不得意を見極め、適切な戦闘職業に就かせるための儀式であったのだが、情報社会となった現代においても未だに利用されている。


 例えばそう…。僕の勤務先である『対魔特殊行動課』のように…。


 「そんなに落ち込まないでください。私は先輩の凄さを誰よりも知ってますし、先輩とバディを組んだことに対して、後悔なんてしていませんから!」


 セルは仕事を僕たちに与えてくれない職場に対して不満を思っているようだが、僕は今の現状に満足している。

 仕事は全然こないけど、給料はしっかりと支払われている。税金泥棒と罵られてもおかしくはないが、楽してお金を手に入れられるのならばそれで満足だ。


 「やあ、エリアル君。暇しているようだね」

 

 僕の肩を何者かによって軽く小突かれた次の瞬間、背後から凛とした声が聞こえてきた。

 

 「エフェトル長官!?どのようなご用件で!?」


 セルが驚愕した声を上げているが、無理もないだろう。

 すらっとした長身に白銀の長髪を持つ女性、エフェトルは対魔特殊行動課長官の座に君臨している。

 彼女の上に立つ評議会の人間を除けば、実質対魔特殊行動課の中で一番の権力者だと言えるだろう。


 そんなお偉い上司が、僕たちの元に来たのだから驚く気持ちもわかる。

 

 「エリアル君達が暇してるみたいだから、私が任務を与えに来たんだよ」

 その言葉を聞いてセルがデスクチェアから飛び上がった。

 

 「に、任務ですか!!やりましょうエリアル先輩!!」

 「まぁ、暇だったから別に良いけど…」


 くそ、今日も働かなくて良いと思っていたのに…。


 「はは。君たちやる気は十分みたいだね。私も安心して任務を任せられそうだ」

 「その割には、普段仕事させてくれないじゃないですか」

 「しょうがないじゃないか。私は最強の魔術師を育てるつもりで君を弟子として迎えたのに、まさか最強の遊び人となってしまうなんて夢にも思わなかったんだから」


 エフェトル長官は僕たちに向けて苦笑した。

 僕だってなりたくて遊び人となったわけではないのに…。


 「評議会の連中は古い固定観念を持った奴らばかりなんだ。適正職業だけでそいつの実力を図ろうとする。文句があるなら評議会のご老体たちに抗議しに行けばいいさ」

 「それができたら苦労しないんですけどね先輩」

 「そうだな…爺さんたちともめ事を起こすのは面倒だ」


 最悪僕の首が吹き飛ぶ可能性だってあるし。

 そもそも十分な給料をもらえているのだから、仕事が回ってこないことに対して文句を言いに行かなくても生きていける。

 働かずして食えるのなら万々歳である。

 まぁ、セルは納得いってないようだけど。


 「それで、任務って何なんですか?」

 

 僕はデスク下の小型冷蔵庫から缶コーヒーを取り出し、一口飲んだ。

 濃いカフェインが脳を刺激し、幾分か眠気が吹き飛ぶ。


 「数日前に君たちが鑑識に回した女の子を覚えているかい?」

 「荷電龍が女の子に変身したってやつだろ?」

 「ああ。てっきりエリアル君の冗談かと思っていたが、君が言っていることはどうやら本当だったみたいだね」

 

 巨大な荷電龍が幼い少女に化けたあの日の出来事は幻覚ではなかったのか…。

 なんだか面倒ごとに巻き込まれそうな予感がする…。 


 「なにか、分かったことでも?」


 セルが問いかけるや否や、身を低くしたエフェトルは無駄のない動作で僕の冷蔵庫から缶コーヒーを盗んでいった。


 「おい。カフェインは僕の生命線なんだぞ!」

 「うるさいなぁ。一本ぐらいいいじゃないか、わざわざ時間を割いて仕事の話をしに来てやってるのにさ」


 氷のように冷えた缶コーヒーを一気に飲み干したエフェトル。

 近くのデスクから椅子を持ってきたと思いきや、緩慢な動きで腰を下ろした。


 「単刀直入に言おう。三日前、エリアル君が撃破した荷電龍は元人間だ」

 「な、なんだってー!!」

 「あまり驚いてないみたいだね?」


 エフェトルが不服そうな表情で僕の目を見てくる。


 「まぁ数々の死闘を潜り抜けてきたから、最近驚かなくなってきたんですよ」

 

 感覚が鈍化していきたとでも言うのだろう。

 真実が何であれ、僕は任務を遂行するだけなのだから。


 「荷電龍が激しく発光したのちに小さな女の子が現れた。そんな出来事、この世界の長い歴史の中で一度も耳にしたことがないほどの異常事態だ。エリアル君からの報告だったから最初は放っておこうと思ったんだけど…一応検査に回してみたら、彼女の脊髄付近に何本もの注射針が見つかったんだ」


 エフェトルはここまでを一気に話し終えると、コーヒーを一口飲み、乾燥した口腔内を一度潤した。

  

 「血液検査の結果を見て私は滅茶苦茶驚いたよ。なにせ彼女の血液には高濃度な魔族の血液が含まれていたんだからね」

 「魔族の血液!?そんなもの人間に注射したら拒絶反応を起こして全身の血液が凝結しちゃいますよ!?」

 「普通はそうだな。だが、実際ありえないようなことが目の間で起きているんだ。人間を魔物化させる方法が存在するかもしれない。まぁあくまでも可能性だけどな」

 

 なるほど、エフェトルの意図はよくわかった。


 「つまり、僕たちは魔物化した原因を探ればいいわけだ。そしてエフェトル長官の言い方的にまだ確固とした確証を得られていない。つまり、事件性が高いと言っても僕達にはまだどうしようもないってことだ」

 「君の言う通り、概ね間違ってはいない」

 「え?なにが言いたいんですか先輩?」


 セルは困惑しているようだが、僕にはこの女の意図が手に取るようにわかる。


 「長官は僕たちに任務を与えにきたんじゃない。それっぽい理由付けをして特課から遠ざけようとするつもりなんだろ?」

 「そ、そんな!!」


 僕はエフェトルの方へと視線を向ける。

 しかし、彼女は穏やかに微笑んでいるだけであった。


 「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。私の思惑がどうであれエリアル君ならやってくれると信じているよ」


 やはり、長官は僕のことを左遷させるつもりだ。

 評議会の連中め…だから旧体制の考え方は大嫌いなのだ。


 「駄目です先輩!エフェトル長官の提案を飲んだら評議会の思う壺ですよ!」


 僕の適正職業は【遊び人】だからなぁ。ろくでもない職をもった人間がエリート国家組織の一員である事実に評議会の連中は納得がいかないのだろう。


 だが…。

 僕は対魔特殊行動課に憧れ、やっとのことで就職できたのだ。

 

 「そう簡単に左遷されるわけにはいかない!後輩のためにも!」

 「せ、先輩…!!」 


 僕は確固たる決意を胸にし、直属の上司であるエフェトルに楯突いた!


 「あ、因みに給料は今の1.5倍だよ!」


 …。

 ……。

 ………。


 「や、やっぱりやらせてください!エフェトル長官!!」

 「せ、先輩!?!?」


 気が付けば、僕はエフェトルの手を握っていた。

 背後から後輩の殺意を感じるのだが多分気のせいであろう。


 「ハハハ。エリアル君ならそういうと思ってたよ!何人か職員を雇っておいたから、君の部下としてこき使ってくれて構わないよ!それじゃあ新しい部署でも頑張ってね!!」

 「ちょ、長官…。私はどうなるのでしょうか?」

 

 恐る恐るといった口調でセルがためらいがちに手を上げる。

 しかし、エフェトルの口から発せられたのは冷酷な左遷宣告だった。


 「君はエリアル君の部下なんだから、行きつくところは同じだよ!!それに、君の給料も1.2倍になるよ」


 エフェトル長官は、ニヤリと勝利を確信した笑みを浮かべ、そのまま席を立った。


 「待ってください!長官!」


 セルは慌てて追いかけようとしたが、エフェトルは手を振って颯爽と立ち去ってしまう。


 「…………うぅ、先輩のせいだ!」


 気が付けば、セルは涙目になって僕のことを睨んでいた。その狼の瞳には、金に目がくらんだ先輩に対する深い裏切りと殺意が宿っていた。


 「まぁまぁ、給料アップだぞセル。つまり出世したってことなんだよ」


 僕は背後の殺意から逃れるように、缶コーヒーを一口飲んだ。


 彼女には悪いことをしたかもしれないが、給料が上がるのだから文句は言えない。


 



 


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