第11話
ぶつかり合う金属音、人間の悲鳴、立て続けの発砲。
僕の背後からは絶え間ない轟音が鳴り響いていた。
きっと、シアノが後方で大暴れしているのだろう。
この様子じゃ、表の方にも音が響いているだろうなぁ…。
隠密で潜入するはずが一瞬にして見つかってしまうとは今日の僕は何ともツイてない。
ネアにもセルにも怒られそうだし。これ以上面倒ごとはおらないでほしいものだ。
僕はそんなことを考えながら、執務室らしき部屋の一角までやってきた。
そこにポツンと佇んでいたのは、直方体の大型データサーバー。
なにか有益な情報が見つかるのではと推察した僕は、ハッキングを試みることにする。
E.V.E.が入っている短冊型イヤリングと、データサーバーを一本のケーブルで繋げた僕は、腰を下ろして一息ついた。
果たしてここに有意義な情報は入っているのだろうか?
有益な情報が入っている機器はこのサーバー以外なさそうだったし、E.V.E.のハッキングがうまくいけばよいのだが…。
《サーバーのセキュリティをクリアしました。簒奪したいファイルを指定してください》
僕の予想に反して、E.V.E.は早々と闇オークションのデータサーバーに侵入してしまった。
流石はエリート組織に仕える多機能型人工知能だ。
仕事が早いではないか。
「過去数年間の取引履歴を見つけられるか?」
《検索中…。それらしきファイルが見つかりました》
「その中で子供が取引されたデータだけを奪取してほしい。できそう?」
《解析中…。対象となるファイルが見つかりました。暗号を解読中…。推定時間は1分30秒です》
素晴らしい!
まさに僕が求めていた情報だ!
子供たちの取引履歴から、今回魔物化した孤児のデータも見つかることだろう。そこから孤児たちを落札した人間を発見できれば真相にかなり近づいたと言えるはずだ!
流石はエリート組織を支える多機能型人工知能!ハッキングから戦闘支援まで、何でもこなせる万能AI!
《褒めても何も出てきませんよ。データ取得まで残り1分です》
ルンルンになって任務の終わりを確信していた僕。
夕飯は何を食べようかと考え始めていた次の瞬間、微かな気配を背後から感じ取った。
極限まで隠された殺気、しかし本質は凶悪そのものだ。
「おやバレましたか…私の殺気を感じ取るとはあなたも少しはやるようですね」
執務室の扉に立っていた男は、オークションの司会者であった。
舞台上では感じ取れなかったが、目の前の男が放つオーラは異質だ。彼の所作ひとつひとつから言葉にできない違和感が感じられる。
一体何者なんだ?もう闇オークションは終わったのだろうか?それならセルから連絡が来るはずなんだけど…。
うーん。いやな予感がしてきた…。
「僕のことはお気になさらず」
ここは穏便に済ませたいと思っていた僕だったが、見逃してくれるはずはなかった。
「私のことを舐めないで頂きたい。数名の侵入者がいるという連絡を受けたのだが…どうやら貴方みたいですね」
「……」
他の連中は大丈夫なのだろうか?ここまで大事になっているのだから連絡が来てもおかしくはないはずだ。
E.V.E.、連絡してみてくれないか?
《セルへ発信中…。…。…。通信エラーが発生しました!》
「ついでにハッキングもやめてもらおうか」
《解析が中断されました!何者かに妨害されています!!》
仲間とは連絡が取れず、ハッキングは妨害。
やばい。結構、非常事態なのかもしれない。
《目の前の敵を早急に片づけてネア様と合流するのを推奨します》
そうだね。僕も同意見だ。
情報を盗み出す暇はない。まずは仲間と合流するのが先決である。
「そこをどけ司会者。僕は今忙しいんだ!」
司会者の男は不気味な笑みを浮かべると、前髪をかき上げこう言った。
「君の仲間のことは心配しなくていい。今頃私の部下と戦っているはずだ。セルって名前の獣人、斬られて負傷してるみたいだぜ?」
銃で撃たれたかのような衝撃。
セルが撃たれた?それはそれで大問題だが、こいつが僕の後輩の名前を知っているのは何故?
《落ち着いてください。エリアル執行官。心が乱れてます、二流じゃあるまいししっかりしてください》
そ、そうだよな。心を乱されてどうする。
《普段のあなたなら、飄々とした態度で敵を煽るはずです。相手のペースに飲まれないでください》
普段よりE.V.E.が頼もしく思えるのはなぜだろうか?
まぁ良い。冷静に考えてみればこんな細身の男なんて僕の敵ではないのだ。
「無理にでも退いてもらうよ」
僕がそういうと同時に、突如として出現した黒い光剣が男の首を穿とうとした。
「君はまだまだ未熟だな」
は?
次の瞬間、僕は背中から伝わる凄まじい衝撃によって反対側の壁まで思いっきり吹き飛ばされた。
眩暈がし、視界が安定しない。
一体なにが起きたんだ!?
混乱し、頭痛がする脳で僕は状況を確認する。
壁にぶつかり大破したデータサーバーが地面に横たわっていた。
無残にも大破した機材からは、無数の火花が散っているのではないか。
なるほど、僕はこいつにぶたれたらしい。脊髄反射で受け身を取ることができなければ今頃サーバーごと壁で押しつぶされていたことだろう。
「フハハハ!混乱しているようだな!まぁそれも無理はない!!」
気絶させたつもりだったが、男は元気そうに喋っていた。
オートドライブソードの剣先を指でつかみ、容易く受け止めているではないか。
「痛かったんだけど。何してくれてんの?」
「勝手に侵入してきた分際で何を言っているんだ。まだ理解できてないようだな」
理解できていない?
「何を?」
「私とお前の実力差をだよ!」
何言ってんだコイツ?
「僕の攻撃を一回受け止めただけで随分と強気だな」
オートドライブソードの強みは数で相手を圧倒することなのだ。油断して一刀だけを使ったが、最大本数である七刀ならば、こんな奴一瞬にして千切りにできる。
「私は全部知っている。お前の能力はエネルギー状の剣を作り出し、それを自由自在に操ることができるのだと。そして君の適正職業は【遊び人】だ」
ど、どうして僕の適正職業がわかったんだ!?それにスキルまで!?心を読んだのか?
動揺が顔にまで出てしまったらしい。
そんな僕の様子を見て、相手は不敵に微笑んでいる。
《精神攻撃は感知されませんでした。何らかのスキルの効力であることは間違いありません》
そ、そうだよな。精神攻撃系の技には耐性がある。ルフォレベルになってくると話は変わるが、そんな人間は一握り。こいつはそういうタイプの人間じゃない。
「困惑しているようだな。私と対峙した人間みんなそうだった。訳が分からずに死んでいく。私の力は強大でお前みたいな小物は一瞬で殺せてしまう」
男はつまらなそうに顔を伏せた。
戦闘自体を楽しんでいるかのような素振りすら見える。
男に対する僕の違和感はますます大きくなっていく一方だった。
「お前一体何者なんだ?」
「私の名は、カルダシェフ=スケル。このオークションの経営者にして裏社会最強の【商人】!それが私さ!!」
僕は混乱で頭がおかしくなりそうだった。
カルダシェフ!?高齢の爺ではなかったのか?
「ハハハハ!!みんな私の容姿をみて驚く。まぁそれも無理はない。この姿は私の第二の肉体に過ぎないのだからな」
ますます意味が分からない。
若返り?そんな魔術も科学技術もこの世界には存在するはずがない。
肉体が若返るなんてそんなことあるわけ…。
「まさか…。憑依魔術?」
次の瞬間、目の前の男は邪悪な笑みを浮かべてこう言った。「その通りだ」と。
背筋に冷たい悪寒が走る。
憑依魔術は相手の体から魂を抜き取って破壊し、自分の魂で肉体を乗っ取るという禁忌魔術だ。
禁忌が書かれた魔導書は政府によって徹底的に破壊されたはず。
仮に手に入れられたとしても、使うことができるのは熟練の魔術師だけだ。
90年程度しか生きていないご老人が扱えるような代物ではない…。
「お前もどうせもうすぐ殺される運命だ。私の力について教えてやろう」
余裕のある笑みが男の心境を物語っていた。
僕のことをいたぶって殺す獲物としか捕らえていない。
随分と舐められたものだ。
「私とお前はある意味似たもの同士なのかもしれないな。恵まれない適正職業でも絶えず努力を続け、強者へと昇りつめたんだから」
「その言い方だとお前も随分とふざけた適正職業を持っているみたいだけど?」
違和感の正体がようやくわかった。
体と年齢が結びついていないのだ。
恐らく憑依魔術で乗っ取った体にまだ慣れていないのだろう。
「その通りだ特課の執行官!私の適正職業は【商人】!!【遊び人】のお前と同様実にふざけた職業だ!物心がついたころから私は劣等感を感じていた!だから私は血のにじむような努力をして、ふざけた職業スキルを最強と称される能力へ昇華させたのだ!私をあざ笑うものはもういない!闇オークションを大功をなし、裏社会の経済を支配するのだ!!」
男の表情は狂気に満ち溢れていた。
幼いころからの劣等感が老人になった今でも忘れられないのだろうか。一体何を食ったらこんな腐った人間になれるんだ?
若い男の体を乗っ取り、オークションという非道な犯罪行為を繰り返す人間。
こいつは人間ではないのかもしれない。皮をかぶった化け物だ。
「私の箱庭に足を踏み入れたことをあの世で公開するがいい!!『収束荷電粒子砲!!』」
次の瞬間、極限まで圧縮された高圧レーザーが僕の毛を焦がした。
E.V.E.にレーザーが視認できるまで思考を加速させるよう命令し、軌道を読んで咄嗟に回避する。
この一連のプロセスが少しでも遅れていたら僕は今頃炭化していただろう。背後には大穴が開いていた。
「不思議に思っているみたいだな小僧。適正職業【商人】の固有スキル【在庫管理】は『自分が所持している物体の情報を全て記憶できる』というゴミみたいな能力だった」
矢継ぎ早に発動する『収束荷電粒子砲』で僕のことを攻撃しながら、男は独りでに語り始めた。
自分の功績を自慢するかのように…。
「こんなゴミスキルじゃあ私の夢は叶えられない!!私は努力した!!何十年もかけてスキルは進化し、確実に強くなっていった!!『圧制重力崩壊!!』」
《上級魔術の発動を検知!!速やかに回避してください!!》
次の瞬間、先ほどまで僕が立っていた空間に直径5mほどの大穴が開いた。
『圧制重力崩壊』…。質量を極限まで圧縮し、疑似ブラックホールで敵を一撃で葬り去る上級魔術…。どうしてこいつが扱えるんだ!?
「私の進化した商人スキル【在庫支配】は、私が所有する商品を操り、支配し、力を使うことができる!」
商品を操れる!?
なるほど、闇オークションに出品される商品すべてがこいつの所有物ということなのか…。
カルダシェフの言うことが本当ならば、こいつは檻に閉じ込められているすべての生き物が持つスキルや魔術を扱うことができる…。ということは…。
「そうさ。私のスキルを持ってさえすれば、魔導書の内容を理解しなくとも上級魔術を扱うことができる!!」
おぅ。そいつはまずい、
だとしたらこいつは現代魔術師の中でも指折りの実力者なのかもしれない…。
「そうさ!!私は超高度な古代魔術から、人類の禁忌とされる闇ノ魔術まで、何でも扱うことができるのだ!!まさしく神のような力!!認めよう!お前は確かに強い!しかしお前はまだまだ未熟だ!半端物が私に勝てると思うなよ!!」
「このまま戦い続けていたら天井が崩壊するぞ。ここは地下だし生き埋めになるんじゃないの?」
執務室は既に原型が残ってないほど破壊しつくされていた。
熱線に焦がされ、無数の穴が開き、黒煙が辺りに充満している。
「バカを言え。この地下は私が買い取ったんだぞ?つまりこの空間も私の物!外界との隔離さえ私のスキルにとっては容易いものなのさ!!」
なるほど、まさか空間にまでこいつの効力が及ぶとは思ってもいなかった。空間にどこまでの融通が利くのかはわからないが、僕の適正職業を言い当てたのを踏まえると、スキルの解析などはお手の物なのだろう。
敵ながらあっぱれな能力だ。非戦闘向けの適正職業【商人】の職業スキルががまさかここまで厄介なものになるとは…。
「とはいえ戦闘は長引かせるものではないな。そろそろ終わりにしようじゃないか。クソガキの分際で私の楯突いたことをあの世で後悔するがいい!!」
カルダシェフは血走った目でそういうと、右手を天へと掲げ、矢継ぎ早にこう叫んだ。
「私の召喚に応えろ!最恐最悪最古の堕天使!!ルシファー!」
次の瞬間、天へと掲げられているカルダシェフの腕が蒼炎の炎に包まれた。
《警告!悪魔及び堕天使の召喚儀式の発動を確認しました!これは国家存続の危機に直面する緊急事態です!!敵スキルの干渉により外界との通信は断絶!応援は呼べません!エリアル執行官、あなた一人で対処する必要があります!!》
激しい苦痛に見舞われ、苦悶の表情で顔を歪めていたカルダシェフであったが、突如として恍惚とした笑みを浮かべた。
「なんと美しい…私の悪魔…」
微かにそう聞こえた次の瞬間、焼け焦げたカルダシェフの腕を起点として何層もの積層型魔方陣が展開される。
このスケール。肌に突き刺さる魔力量…。
間違いなくこの男は禁忌である悪魔召喚をしようとしている。
しかし、僕に止める術はない。
一度始まった儀式を止めることなど不可能だ。
《古代の悪魔を召喚するには、原子力発電所100年分相当の魔力エネルギーと大量の生贄が必要です。それが堕天使ともなると、必要なエネルギー量は何倍も膨れ上がります》
なるほど発動条件はかなりシビアなのか…。
《しかし、カルダシェフは発動条件を全てクリアしています。彼の発言通りオークションの商品として登録されているすべての物を操ることができるのなら膨大な魔力と大量の生贄はすぐさま回収できるでしょう》
先ほど見かけたケルベロスのように、この空間には超上級魔物が何百匹も収監されていた。
当然生贄の質も、魔術の量も膨大なものになるだろう。
《間違いなく悪魔は召喚に応じることでしょうね。召喚された古代悪魔が彼の所有物と判定されるた場合、カルダシェフは最古の堕天使を手中に収めることができるでしょう。これは普通に世界の危機です》
何千年もの間国家の尽力によって守られてきた平和が僕の代で崩壊するのだろうか?
死んだらあの世でブちぎれられそうだなぁ…。
まじかぁ…。僕これから最古の悪魔と戦わなくちゃいけないのかぁ…。
《気に病まないでくださいエリアル執行官。幼いころ神童と呼ばれたあなたは【遊び人】になった瞬間、齢8歳にして人生のドン底に叩き落されました。しかしあなたは最強のエリートへと舞い戻ってきた。
エリアル執行官。あなたの実力ならば古代の悪魔を圧倒できるはずです》
さっきまでこの人道を外れたご老体に苦戦してたのに?
《真面目に戦ってないじゃないですか。ふざけてないで本気出してください》
本気出しちゃっていいの?後で怒られたるのは嫌なんだけど…。
《そのために私とセルがいるんですよ。後のことは気にせず暴れちゃってくださいエリアル執行官!》
E.V.E.にここまで言われるのは久しぶりだ。
なるほど、頼りにされるのは実に気分がいい。
魔力の揺らぎが最高潮へと達し、魔方陣からまばゆい光が放たれた次の瞬間、異空間へとつながる巨大なゲートが出現した。
そこから流れ出す異質な気配。
まず初めに見えたのは華奢な素足だ。
天からゆっくりと舞い降りてくる姿は天使のよう。
しかし、本質は邪悪な悪魔であった。
白髪の美しい髪に、純白のシミ一つないキトンに身を包んだ女であったが、羽はしっかり黒く、天使の輪は歪みや亀裂で汚れていた。
「堕天使ルシファー!!奴を殺せ!!」
堕天使は背筋が凍り付くような黒い眼光で僕を見つめていた。
なるほど、彼女が最古の堕天使。普通に強そうだし勝てるかどうか怪しいんだけど。
《召喚者であるカルダシェフが捕食されていない様子から推測するに、カルダシェフのスキルによって古代の悪魔を手中に収めたようです》
マジか、人類終わったやん。
《それは貴方の行動次第です。頼りにしてますよエリネル執行官!》
仕方がない!普段はそっけない態度のE.V.E.が僕に助けを求めて来るほどの大事件が起きてるみたいだし、ちょっくら本気を出しちゃいますか!!
腰の柄からカーボンソードを取り出した僕は、目の前に佇む最古の悪魔に向かって剣先を突き付ける。
僕の周囲にはオートドライブソードが追従しており、七刀すべての剣先は悪魔の喉仏へと向かっていた。
「行政組織法第21条に乗っ取り、国家の存続を揺るがす存在、つまりお前を排除する!」
僕はそういうと古代の堕天使に対して攻撃を開始するのだった。




