第10話
取り敢えず闇オークションの裏へと侵入してみることにした。
内部に侵入すれば何かわかることがあるかもしれないのだ。
極限まで気配を消しながら、僕は手当たり次第通路を歩いていく。
途中、数名とすれ違ったりもしたが特に怪しまれることもなくやり過ごすことができた。
僕の服装が功をなし周囲の雰囲気と溶け込めているのだろう。
観客席の位置からして舞台裏はこの先かな?
目の前に扉の開けようとドアノブに手を伸ばそうとした次の瞬間。
誰かに肩を叩かれた。
やべぇ!?気づかれたのか?!
この僕が気配に気が付けないなんて緊急事態じゃないか!!
当然のこと僕は滅茶苦茶焦る。
流石に殺すのは不味い。僕が攻撃して良いのは魔物と攻撃してきた時に限る人間だ。
あ、でも殺さない程度に殴っちゃえば良いんじゃね?
《それは暴行罪です。エリアル様の違反行為は即刻上層部への報告対象とさせていただきます》
権力の濫用ができないのは凄く惜しい。E.V.E.は執行官の戦闘サポートだけでなく監視役も担っている。
特課の人間が権力を乱用するのは不可能に近いと言ってもいいのだ。
10⁻⁶秒にも及ぶ思考の末、悩みに悩んだ僕だったが結局答えは出てこなかった。
恐る恐る僕は背後へ振り返る。
「え?シアノ?」
顔色一つ変えずに突っ立っている端正な顔立ちの青年。
「なんでここにいるんだよ?」
至極当然の疑問だ。
予想通り、答えは筆談によって返ってきた。
『持ち場を離れる長官の姿の見たんで心配になって来ました』
え?…あー…それじゃあ。僕のせいだったのね。
「…。ほかの人に言ってたりしないよね?」
一瞬の間の後、「伝えていません」と書かれたメモ用紙を僕へ見せてきた。
なんで間があったのか気になるが…まあ大丈夫だろう。
『ここで何してるんですか?』
数秒でメモ用紙に文字を書き込んだかと思いきや、達筆な文章を僕へ見せてくる。
「ただの調査だよ。あのまま持ち場でじっとしていたって何か手がかりが見つかるとは思えないし、自分の足で情報を探そうと思ったんだ」
早く手がかりが見つかれば早く帰れるしね。
僕の意見に納得したように手を叩いたシアノ。
どうやら僕と同意見であるらしい。
『いいですね。協力しますよ』
「協力?」
『一緒に手がかりを見つけましょう』
まぁ、足手纏いになるようなことはないだろうし大丈夫だろう…。
「分かった。じゃあしっかりついてきて」
後でセルにバレたら面倒だなぁ…。
僕はそんなことを考えながら、舞台裏へと続く扉を慎重に開けたのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「おい!どうして今日最後のトリが搬入されてないんだよ!!」
「す、すみません…。警察が検問を敷いているそうでて、正規のルートじゃあ少し遅れるらしいっす…」
次の瞬間、鈍い打撃音がこだました。
骨の砕け、血が滴る音。
何が起きたかは見なくてもわかる。
僕たちは凄い場面に遭遇してしまったようだ。
ちょっとミスしただけなのに部下をボコボコに殴るなんて…。
ちょっとしたことでパワハラですと訴えて来るセルに物陰の向こう側での出来事を見せてやりたい気分である。
「良いか?バレないようにこっそりと移動するぞ?」
『了解』
僕はそういうと、物陰から身を乗り出した。軽やかな足取りで死角へと移動する僕の後をシアノは音も出さずについてくる。
ここはオークション会場の舞台裏だ。
周りには大小様々な檻が置かれており、数々の生き物が捉えられていた。
まるで港にコンテナが積まれているようだ。
『これからどうするつもりなんですか?』
周囲を警戒している僕に対して、筆談でコミュニケーションを取ろうとするシアノ。
肩を叩かれなければ普通に無視するところであった。
「そうだなぁ、子供たちの行方が分かる資料でも見つかればいいんだけど…」
そう簡単にうまくいくわけないよね。
というか今までがうまく行き過ぎたのだ。
少なくとも、檻に閉じ込められている魔獣と目が合うその時までは…。
どうしようかと思案している最中、シアノは僕の肩を軽くたたいてきた。
『課長、あれみてください』
少し青ざめているシアノが僕の背後を見ていた。
普段は無表情のシアノが顔色を変えるなんて珍しい。
何事だ?
僕はシアノが見つめている何かへと視線を送る。
そして僕は理解した。
かなりまずい状況だということに。
僕の背後にあったものは、巨大な檻だ。
貨物コンテナほどの容積を誇る檻であり、当然中には生き物が閉じ込められている。
問題は中に入っている生き物だった。
始めは暗くて奥が見えなかったが、不吉な輝きを放つ六つの瞳孔が暗闇から現れた瞬間、僕は計画が破綻したなと悟った。
きっと目の前の魔獣も恐怖で怯えていたのだろう。
目を合わせた次の瞬間、檻の中の猛獣に思いっきり吠えられた。
「グルル!!」
空間内にこだまする魔獣の猛り。とんでもない騒音であった。
《個体名【ケルベロス】に吠えられてます。60dbほどの音量を計測。普通に居場所がバレてます》
「そんなの言われなくたって分かってるわ!」
すっかり忘れていたが、ここはオークションの舞台裏なのだ。
凶暴な魔獣が一匹や二匹いたところでおかしくはなかったのに。
「おい!商品が吠えてんぞ!睡眠薬を補充しろ!!」
「あークソ。普通に油断した」
『戦闘は回避できませんね』
次の瞬間、僕たちは麻酔銃を手にした下っ端の男と鉢合わせした。
「え…?」
「やあ。調子はどうだい?」
僕たちの間に流れる気まずい沈黙。
無限にも感じられた時間の中、最初に沈黙を破ったのは相手だった。
「し、侵入者だッ!!ボス!!侵入者です!!」
大声で叫ばれ、助けを呼ばれても僕たちは何もすることができない。
なぜなら、相手が攻撃してこないから。
魔物を殺すことを生業としている僕たちが人間と戦闘することなど稀だ。
最近人間ばっかりと戦っているような気もするのだが、基本的に僕たちは魔物を専門としている。
男が走り去っていき、非常ベルがけたたましく鳴り響いたところで、武装した敵が僕たちの周囲を取り囲んでしまった。
「嗚呼…どうしよう…。ネアにバレたら後で問題になるよなぁ…」
『ここは任せてください』
猫背になって落ち込む僕の眼前にメモ用紙を突き出してくるシアノ。
「え?こいつらの足止めをしてくれるのか?」
『はい。その間に重要そうな証拠をいくつか集めておいてください。終わったらすぐ逃げます』
なんて有能な部下なんだ!
「本当に大丈夫だな?」
ここで死なれたら流石に興ざめ悪い。
『信用してください』
メモ用紙に大きくそう書いたシアノは、ベルトから筒状の取っ手を取り出した。
次の瞬間、ナノテクノロジーで構成された化合弓一瞬にして現れる。
弦は青く美しい輝きを放っていた。
「奴らを逃がすな!!殺せ!!」
一斉に襲い掛かって来る戦闘員の手には警棒型スタンガンが握られていた。
「気をつけろシアノ。あの警棒型スタンガン、改造されてるぞ」
《私の解析によると300アンペア以上の電流が検知されました。致死量の約三倍ですね》
普通に危ないやん。
《無数の敵意を感知しました…。致死性兵器を感知しました…。敵対者による攻撃を感知しました。行政組織法第14条に乗っ取り、執行官エリアル。執行官シアノの反撃を許可します》
E.V.E.が攻撃されたと判断してから、やっと僕たちは反撃してよいことになる。
面倒くさいことこの上ないが、守らないと僕たちは罰せられてしまう。
シアノは一体どう戦うつもりなのだろうか?
あいつの武器は弓矢だ。
別に弓矢が弱いわけではないが、武器には適材適所というものがある。
何十人もの敵に囲まれ猛スピードで迫られている状況下、弓矢で捌ききれるとは到底思えない。
僕が心配に思った次の瞬間。
シアノに迫るすべての敵の脳天に、等しく一本の矢が突き刺さった。
「グガあぁぁあぁ!?!?」
半数が一瞬にして絶命し、残りの半数は断末魔を上げて死んでいく。
一瞬にして起こった出来事により、僕は呆然としていた。
一度に何人のも脳天を正確に打ち抜いた?
いやそんなの不可能だ。弓矢は一度に一本まで。うまくやれば数本は同時に発射できるかもしれない。
しかし、何十人もの人間を一瞬にして打ち抜くのは不可能だ。
そもそもシアノが弦を引いた動作すら見えなかった。
あまりにも速すぎたのか、それとも本当に弦を引いていないだけなのか…。
『早く行ってください。時間は有限ですよ』
利き手がふさがっているシアノは、ペンを口で加えると、器用にも文字を書き始めた。
早く行って有用な情報を探してこいってことなのだろう。
何が何だかわからなかったが、僕はシアノの元を離れ、一人で行動することにしたのだった。




