隣国の夜会で第一皇女は初対面の王太子殿下から婚約者と間違えられて婚約破棄を言い渡されました
わたくし、グロウ帝国第一皇女アンリエッタは、本日兄皇子であるファウト皇太子の付き添いとして隣国ロップ王国にやってきました。
本来ならお父様である皇帝陛下と一緒に来る予定でしたが、重要な仕事が入ったために急遽ファウトお兄様が代理として同行することになりました。
王城に到着したわたくしたちは用意された部屋で今日の予定を話し合います。
「アンリエッタ、私はこれからこの国の王であるラプドル国王陛下に謁見してくる」
「わかりましたわ、ファウトお兄様。 それまでに夜会の準備をしておきますわ」
ファウトお兄様は頷くと部屋を退室します。
それからわたくしは連れてきた侍女に今夜着用するドレスを選んでもらい、着つけてもらいました。
時は経ち、太陽が西の地平線に沈むと夜が訪れました。
侍女は服の中から懐中時計を取り出して時間を確認します。
「アンリエッタ様、そろそろお時間でございます」
「わかったわ」
煌びやかなドレスに身を包んだわたくしは夜会の会場へと足を運びます。
会場に入るとこの国の貴族たちが皆わたくしを見ていました。
(他国から来たのですから注目されても仕方ないですわね。 まずはラプドル国王陛下にご挨拶をしなければなりません)
わたくしはラプドル陛下がおられる玉座を目指して歩きます。
ラプドル陛下は隣に座るファウトお兄様と談笑していました。
残り半分というところで突然一人の男性がわたくしの前に立ち塞がります。
その男性は金髪を靡かせてわたくしに話しかけました。
「ステラ、今日は随分とめかし込んでいるではないか」
どうやらこの男性はわたくしをステラという女性と勘違いしているようです。
わたくしは大事になる前に訂正しようと口を開いた時です。
「ステラ、お前との婚約を破棄する!!」
初対面の男性から突然の婚約破棄宣言にわたくしはどう対処していいのかわからず、その場で固まってしまいました。
ファウトお兄様もラプドル陛下も周りの人たちも驚いた顔で男性を注視しています。
(え? 婚約破棄? どういうこと? ステラさんって、誰ですか?)
わたくしの頭の中は今パニック状態です。
そこに更なる言葉が投げつけられます。
「そして、今宵の夜会に来られている隣国グロウ帝国第一皇女アンリエッタと婚姻することをここに宣言する!!」
(えええええええぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーっ!!!!!!!)
わたくしはあまりの事に心の中で絶叫をあげてしまいました。
(え゛? なんでわたくしがこの男性と婚姻しないといけないんですの?)
わたくしはその場で深呼吸します。
落ち着いたところで周りを見るとファウトお兄様は男性を睨み、ラプドル陛下は手で額を押さえ、周りの人たちは開いた口が塞がらないといった状態です。
わたくしは平静を装い首を傾げながらも質問しました。
「あの・・・どちら様ですか?」
わたくしの態度が気に入らなかったのか男性が憤ります。
「貴様! 高々侯爵令嬢の分際で王太子であるこのトラシュトを侮辱するのか!!」
どうやら目の前にいるトラシュトという男性はこの国の王太子らしいです。
このままでは話にならないので、まずは落ち着かせるように話を持っていきます。
「落ち着いてください。 わたくしの話を聞いて・・・」
「父上の命とはいえ、こんな醜い女が俺の婚約者というのが気に喰わないのだ!!」
トラシュト殿下の一言にわたくしの心は傷つきました。
(酷い! わたくしだって努力したのよ!! それを醜いだなんて・・・)
『皇族の女は気高く美しくあれ』と幼少の頃からお母様に教わり、わたくしは常日頃からそのように心がけてきました。
それを嘲笑うような言葉に悔しさから手を強く握りしめます。
(ダメよ、アンリエッタ。 ここで泣いたらわたくしやステラさんという女性だけでなく世の中の女性の沽券に関わるわ)
わたくしは皇族の女としてトラシュト殿下を睨みつけます。
「なんだ! その反抗的な目は! 不敬にも程があるぞ!!」
トラシュト殿下は我儘に育てられたのがよくわかります。
その証拠に沸点が低く、自分にとって不都合な事を遮り、聞かないのですから。
わたくしにできるのはただただ睨むだけです。
「気に入らないな! 衛兵! この女をここから摘まみ出せ!!」
会場内にいる衛兵たちがやってきました。
わたくしを見るや否や、衛兵たちはわたくしが身に着けているグロウ帝国を表すブローチに気付きます。
「おい、あのブローチってたしか・・・」
「ああ、この方を捕まえるのは不味いんじゃないか・・・」
衛兵たちが戸惑っていると、業を煮やしたのかトラシュト殿下が叫びました。
「何をぐずぐずしている! さっさとその女をここから摘まみ出せ!!」
「殿下、しかし・・・」
「いいからさっさとしろ!!」
トラシュト殿下が癇癪を起こしていると、その場には似合わないのほほんとした声がわたくしのうしろから聞こえてきました。
「トラシュト殿下、そんなに大声を上げられてどうかされましたか?」
トラシュト殿下は目を見開いてわたくしの後方を見ました。
トラシュト殿下だけではありません。
ファウトお兄様もラプドル陛下も周りの人たちも驚いています。
「ど、どういうことだ? ステラが・・・ステラが2人いるぞ?!」
わたくしが振り返るとそこには地味なドレスを着たわたくしそっくりの女性が立っていました。
相手の女性もわたくしを見て驚いたのか口を開けています。
「「・・・」」
沈黙のあと、わたくしは女性に話しかけます。
「貴女がステラさん・・・ですか?」
「はい。 コルミック侯爵が長女ステラです」
こうしてみるとお互い鏡に映った顔を見ているようです。
「あの・・・貴女は?」
「わたくしは隣国グロウ帝国第一皇女アンリエッタと申しますわ」
それを聞いたトラシュト殿下の顔色が蒼褪めていきます。
「き、君がアンリエッタ皇女・・・なのか?」
「そう申し上げようとしたのですが、トラシュト殿下はわたくしの事を遮ったではないですか」
先ほどの言動を思い出したのか、気まずそうにわたくしから視線を逸らします。
「ステラさんは今の騒動をどこまでご覧になっていましたか?」
「わたくしは今来たばかりなので状況が把握できておりませんわ」
「そうですか。 まず、最初にトラシュト殿下はわたくしのことをステラさんと間違えて声をかけてきました。 それで先ほどトラシュト殿下はステラさんとの婚約破棄を言い渡しました。 そして、わたくしと婚姻すると宣言されました。 更にステラさんの容姿は醜いとまでいわれました。 もっとも直接いわれたのはわたくしですが、それでも心に癒すことのできない深い傷を受けましたわ」
わたくしの言葉にステラは驚き、ファウトお兄様は怒りを露わにし、ラプドル陛下は項垂れ、そして、トラシュト殿下は動揺していました。
「ち、違う! それは・・・」
「いってましたわよね?」
わたくしは周りを確認するように見ました。
周りの者たちは一部始終を見ていたので皆頷きます。
「それでアンリエッタ様のお返事は?」
「お断りしますわ」
わたくしの言葉にトラシュト殿下は慌てて取り繕います。
「お、俺は君の美しさに惹かれ愛してしまったんだ」
「わたくしとステラさんの容姿は瓜二つです。 わたくしが美しいならステラさんも美しいはず。 ステラさんが醜いならわたくしも醜い・・・ということになりますわよね?」
トラシュト殿下は先ほどの自分の発言に首を絞めていました。
わたくしとステラは双子のようにそっくりだからです。
片方を褒めればそれはもう片方を褒めたと同じ、片方を貶せばそれはもう片方を貶したと同じなのですから。
「そ、それは・・・そ、そう、心! ステラは心が醜いんだよ!!」
「わたくしから見れば醜いのはトラシュト殿下、貴方のほうですわ! 二度とわたくしに関わらないでほしいですわ!!」
わたくしが断言するとトラシュト殿下は必死になって喰らいつこうとします。
「ま、待ってくれ! 俺は・・・」
「もうよい!!」
トラシュト殿下の言葉を遮ったのは激怒しているラプドル陛下でした。
「衛兵たちよ! トラシュトを会場から摘まみ出して北の塔にある地下牢にぶち込んでおけ!!」
「「「「「はっ!!」」」」」
わたくしの近くにいた衛兵たちがトラシュト殿下の両脇を掴みます。
「くっ! 放せっ! 放してくれっ!!」
トラシュト殿下は引き摺られるように会場から追い出されました。
それからラプドル陛下はわたくしのところまで来て頭を下げました。
「アンリエッタ皇女、トラシュトが本当に申し訳ないことをした」
「ラプドル国王陛下、頭を上げてください。 わたくしとしてもロップ王国と事を構えたくはありません。 今後もグロウ帝国と良い関係を築いていただけるようお願い申し上げます」
「善処しよう」
ラプドル陛下はわたくしの意図を察したのか苦い顔をしました。
「それでファウトお兄様は・・・」
わたくしが周りを確認すると、ファウトお兄様はステラの前で膝を突いてプロポーズをしていました。
「ステラ、貴女を私の妃に迎えたい」
「あら、こんなわたくしでよろしいのですか?」
「はい。 私と共に道を歩いていただけないでしょうか?」
「よろしくお願いします」
受諾したことでファウトお兄様とステラの婚姻が成立しました。
周りの者たちは盛大な拍手で祝福します。
「ちょっと! ファウトお兄様、手が早すぎますわ!!」
「アンリエッタ、何をいう。 コルミック侯爵家といえばロップ王国屈指の力を持っている貴族だぞ? この好機を逃すのは愚の骨頂だ。 それにアンリエッタと同じで可愛いではないか」
「可愛いだなんて、そんな・・・トラシュト殿下から一度も褒められたことがないのでとても嬉しいです。 ファウト様、ありがとうございます」
わたくしは溜息を吐き、ファウトお兄様とステラは満面の笑みを浮かべ、ラプドル陛下は頭を抱えました。
ファウトお兄様の言う通りコルミック侯爵家はロップ王国で一番の経済力を持っています。
本来であれば王族はその一部を手にするはずでしたが、先ほどの茶番劇ですべてを台無しにしました。
(ラプドル国王陛下、心中お察ししますわ。 トラシュト殿下にとっては貴族よりも王族との婚姻のほうが魅力があったのでしょう)
もし、トラシュト殿下が外交に秀でているなら、こんなミスはしなかったでしょう。
しかし、我儘に育ったために自分から何かしようとはせず、結果無知を曝け出すことになりました。
「はぁ、わたくしはただトラシュト殿下から心に傷を負わされ、ファウトお兄様には生涯の伴侶ができるとか・・・ずるいですわ」
「アンリエッタ様、それならわたくしのお兄様と婚約されてはいかがでしょう?」
わたくしがぼやいているとステラが自分の兄を推薦してきました。
「ステラさんのお兄様をですか?」
「はい。 ただ、今日の夜会にお誘いしたのですが、興味がないのかお兄様はいつも参加しないのです。 後日、我が家に案内しますのでお会いしてみてはいかがでしょうか?」
「おお、それは丁度いいな。 私もステラのご両親に会いたいし、帰国までにはまだ時間がある」
「・・・そうですわね。 ステラさん、よろしければお会いしたいのですがよろしいでしょうか?」
「はい。 では、すぐに従者に伝えておきます」
それからは何事もなく夜会は行われ、無事に終わりました。
◆◇◆ トラシュト視点 ◆◇◆
北の塔にある地下牢に俺は閉じ込められていた。
「なぜだ・・・なぜ、俺がこんなところに閉じ込められなければならないのだ」
俺の計画では今頃アンリエッタ皇女との婚姻が正式に決まり、国を挙げて祝福されているはずだ。
なのに蓋を開けてみればアンリエッタ皇女に暴言を吐いて牢にぶち込まれるなんて誰が予想できた。
「ちくしょうっ! なんでアンリエッタ皇女と侯爵令嬢であるステラが同じ顔しているんだよっ!!」
俺が文句をいっていると牢の前に誰かがやってきた。
「! ち、父上・・・」
そこにいたのは俺の父上である国王だ。
「トラシュト、お前の処分が決まった」
「処分? どういうことですか?」
俺は父上に喰ってかかる。
「お前も薄々気づいているだろう。 自分が何をしたのかを」
「アンリエッタ皇女とステラが同じ顔だなんて、あんなのわかるわけないだろ!!」
「それに気づかずに暴言を吐いたのはトラシュト、お前だ」
俺は唇から血が出るほど強く噛み、手は爪が喰い込むほど強く握っていた。
「無駄話はここまでだ。 トラシュト、お前の王太子の地位及び王位継承権を剥奪、王族から除名し鬼籍に入ってもらう」
「ふ、ふざけるなっ! なんで俺が死なないといけないんだっ!!」
「恨むなら己の言動を恨むのだな」
それだけいうと父上はその場から去っていく。
「待ってくれっ! 父上っ! 俺が悪かったっ! 謝るからここから出してくれっ!!」
しかし、父上は俺の言葉に振り向きもせず、そのまま地上へと戻っていった。
それから光も差し込まない地下牢で一生を過ごすことになる。
そして、俺は二度と日の光を見ることはなかった。
◇◆◇ アンリエッタ視点 ◇◆◇
夜会が終わった3日後、わたくしとファウトお兄様はラプドル陛下にお呼ばれされました。
指定された部屋に赴くとそこにはラプドル陛下が疲れた顔をして待っていました。
「ファウト皇太子、アンリエッタ皇女、呼び立てて済まない」
椅子を勧められたのでわたくしたちは座ります。
「ラプドル陛下、お気になさらず。 それでご用件はなんでしょう?」
「まずはトラシュトだが、2日前に突然病魔に蝕まれてな、うつされても困るので今は別荘に向かわせておる」
ラプドル陛下はトラシュト殿下がご病気になられたといわれているが、内々的に処分したのでしょう。
それからグロウ帝国とロップ王国についての話し合いになりましたが、トラシュト殿下の件が効いているのかグロウ帝国に有利な状況に持っていくことに成功しました。
話し合いが終わり部屋に戻るとファウトお兄様が話しかけてきました。
「まさかここまでグロウ帝国に譲歩した内容になるとは。 アンリエッタには申し訳ないけど怪我の功名だな」
「あまり嬉しくありませんわ。 とはいえ、わたくしたちの国が潤うのは喜ばしいことですわ」
「もし、予定通り皇帝陛下が来ていたら、破談になっていただろうな」
「ええ、下手すればグロウ帝国とロップ王国の全面戦争になっていた可能性がありますわね」
その未来を想像したのか、わたくしとファウトお兄様は顔が蒼褪めます。
「何はともあれ、無事に終わって良かったよ。 あとはコルミック侯爵家に挨拶しに行くだけだな」
「そうですわね」
「ステラの兄がアンリエッタに突き刺さればよいのだけど・・・」
「高望みは致しませんわ」
ステラのお兄様がどのような方なのかは存じませんが、あまり期待はしないほうがいいでしょう。
後日、わたくしとファウトお兄様はステラの案内でコルミック侯爵家に訪れました。
家督を継いだステラのお兄様、エグゼムにお会いした瞬間、『この人しかいない!』とわたくしの心が叫びます。
それはエグゼムも同じで、お互い惹かれあうようにわたくしたちはすぐに恋に落ちました。
年月が経ち、わたくしは今エグゼムと一緒にコルミック侯爵家の敷地でお茶をしています。
あの出来事から1年後にステラはファウトお兄様がいる帝国に嫁ぎ、それから更に1年後にわたくしはエグゼムがいるコルミック侯爵家に嫁ぎました。
時たまエグゼムはわたくしのことを妹であるステラと間違えることがありますが、結婚生活に支障はなく順調そのものです。
「あなたに会えて本当に良かったわ」
「僕もだよ」
わたくしたちの幸せな時間はこれからも続くでしょう。