第2話 意外な共同戦線
「店主さんと、海老原さんが…………ってことは、あなた前回店主さんと知り合ってたの!? いつ!?」
「えっと、28日の……確か、午後だったかな……? あの時はバタバタしていたから、正確な時間は覚えてないけども……。とりあえず順を追って説明するから、一旦座って?」
「あっ……ごめん」
紗蘭さんの凶行に始まり、前回あたしの知らないところで面識を持っていた海老原さんと店主さん。矢継ぎ早に告げられる真相は、あたしの心をこれでもかというほど揺さぶって、息を吐かせてくれない。
それに突き動かされるまま椅子から立ち上がって、テーブル越しに海老原さんに詰め寄ってしまった。彼の窘める声で我に返ってすごすご座り直しながら、あたしはようやく1つの事実に合点がいった。
(真璃愛さんがブルームで、店主さんのことを「何度か怖いなって思ったこともあった」って言ってたの……そういうことだったんだ)
海老原さんが店主さんと知り合っていたなら、海老原さんと一緒にいる真璃愛さんが店主さんのことを知っていることも説明がつく。知っているような口ぶりだったんじゃなく、知っているからこそ出てきた言葉だったんだ。
そう納得していると、視界の端から飛び込んできたミルクティー色が海老原さんの顔を遮って、その中心の瑠璃色と目が合った。真璃愛さんだ。
「私も嶋崎さんのこと知ってるの、多分察しついたわよね、エルさんなら。お兄ちゃんと嶋崎さんが知り合った時、私も一緒にいて……それ以降は3人でいる時間の方が長かったから、あの人のことはそれなりに知ってるわ」
必要なら海老原さんとの話が終わってから確かめようと思っていた答えは、真璃愛さんの方から述べてくれた。表情や声から大きな動揺は感じない辺り、本当にお見通しなんだろう。
……それにしたって、感情の変化がなさすぎることが少し引っかかるけど。店主さんを知っている口ぶりをした時は、うっかり真璃愛さんが口を滑らせたような言い方だったけど……。
もしかして、そうじゃなかったりするの……?
「嶋崎さんと初めて会ったのは、紗蘭の家を訪ねた時のことだ。家にいないと思った君を探すために、君がいそうな場所を見て回ったり、君の所在を知ってそうな人に尋ねたりしてたんだ」
海老原さんの落ち着いた声色が耳に届いて、ハッと我に返る。そうだ、まだ海老原さんが説明してくれている途中だった。
違う考え事に引っ張られかけた意識を彼の声に集中させるためにも、背筋を伸ばして対面の緋色の瞳をじっと見つめる。
「と言っても僕が尋ねられて、尚且つエルの居場所を知ってそうな人なんて、鱓野先輩と連絡がつかなかった当時じゃ、紗蘭しか思い当たらなくてね。それで紗蘭の家に向かったんだ。急なことだったからせめてアポを取ろうとチャットを送ったが、少し待っても既読もつかなくてね。無礼は承知で、そのまま訪問して……そこで嶋崎さんと出会った、のだけど…………」
「? 何か歯切れ悪いけど、どうしたの?」
「いや、ちょっと……初対面でいきなり彼から蹴り飛ばされた時のことを思い出して……」
「へ」
苦々しい顔で鳩尾を擦りながらもごもごと語る海老原さんに対し、我ながら間抜けにも程がある声が溢れたのと、真璃愛さんから気まずそうな溜め息が出たのは、ほとんど同時だった。
確かに店主さんはよく足が出る、というか……怒った拍子に物を蹴り壊すことは珍しくない。この前のドスを出した迷惑客の時のように。でもそれはあくまで物の話であって、いくら凶器を持ったお客さんが相手でも余程のことがなければ直接蹴ったりしない。
蹴りだけで物を損壊できるほど脚力を上げるという能力が、使い方を間違えれば命を奪いかねないものであることは、店主さん自身が一番分かっているから。誤ってそれを人に使っちゃわないよう、店主さんなりに自制しているんだと思う。
……だというのに、初対面でいきなり蹴り飛ばされたってことは……。
「海老原さん……あなた、店主さんに何したの? あの人をそこまで怒らせるって……」
「嶋崎さんに直接何かしたわけではなくて……まぁ、怒らせてしまったと同時に、警戒されてしまったのだと思うな。紗蘭の家に、家主が不在にも関わらず上がり込んでいたわけだから」
「しかも土足のまま、ね……」
「は?」
兄妹揃ってとんでもない情報を投下してくるものだから、思わずよりとんでもないことを言った真璃愛さんに思いっきり顔を向けてしまった。まずいと思い直してすぐに海老原さんに視線を戻したけど、当時蹴り飛ばされたのであろう鳩尾の痛みが甦っているのか俯いていて、あたしの挙動には気づいていない様子。
真璃愛さんの顔は一瞬しか見えなかったけど、確実に怖気で青くなっていた。……無理もないか、口ぶりからして兄が蹴り飛ばされた現場を目撃したわけだから。
(……もしかして、真璃愛さんが店主さんを怖いと思ってた理由って、これ……?)
海老原さんが当時初対面だったなら真璃愛さんも同じだろうし、その上で兄が蹴り飛ばされたなら……理由はどうあれ怖いに決まっている。
とはいえ、だ。海老原さんたちが言った状況を店主さん目線で考えると……。養女が一人暮らししている家に、その養女が不在にも関わらず上がり込んでいる、見知らぬ男性がいたわけだ。しかも土足のままの。
……うん、それは迷いなく蹴り飛ばすだろうな、店主さんなら。
「まぁ、何にせよ……店主さんがごめん。あの人、頭に血が昇りやすいところあるから、紗蘭さんに似て……というか紗蘭さんがあの人に似たんだと思うけど。怪我とかなかった?」
「蹴り飛ばされたところが痣になりはしたけど、それだけだったね。あれは僕に非があったし、その後手当てしてもらえたから気にしてないよ。……当時は軽く死を覚悟したけれど」
「……そもそもさ、何で紗蘭さんの家に入ったの?」
「最初は君を探すためだったんだ。言い訳になってしまうが、とにかく君の所在を知っていそうな人や場所を手当たり次第に探すしかなかったものだから。紗蘭も11月から音信不通だったから、望み薄であることは承知の上だったんだが、いざ訪ねてみたら家の鍵が開いていてね。紗蘭の身に何かあったのかもとそのまま上がり込んでしまって、そこで嶋崎さんと……という次第さ」
「……改めて考えてみると、嶋崎さんに蹴っ飛ばされることしかしてないわね、あの時のお兄ちゃん。我が兄ながら情けないわ……」
海老原さんには申し訳ないけど、あたしも真璃愛さんと同感だ。……というか、痣だけだったなら能力は使ってないってことだよね、店主さん。使っていたら痣で済むわけないし。
むしろその状況でよく能力使わないだけの理性が働いたなぁ、あの人……いや本当に……。
「……店主さんと一緒に行動してたんだよね? そこからどうやってそんな仲にまで漕ぎつけたの?」
「名前と、紗蘭の友人であることを素直に話したら信じてくれたよ。学生証も見せた上でね」
「状況が状況とはいえ、よくあなたが学生証見せる気になったね? 下の名前だって教えることになるのに」
「あぁ……そこに関しては不承不承だったけれどね、正直。だからって隠し事をするようなマネしては、信用を得られないどころか不審感を招いて、痣では済まない目に遭わされると直感が訴えてきたもので……」
未だ庇うように鳩尾を擦り続ける海老原さんのその直感は、恐らく正しい。今回鱓野さんとブルームに来た時、店主さんは苗字しか名乗らなかった海老原さんを怪しんでいたから。
あの人の気が立っている時に同じことをしたら、火に油を注ぐ結果にしかならなかっただろうな。
「まぁ、それはともかくだ。その後も色々あって、半ば強制的に連れていかれたのがブルームだったんだ」
「あれ……じゃあ、前回の時点でブルームに来たことあったの? だったら、何でわざわざ鱓野さんに案内させたりなんて……」
「……何故それを?」
「あっ……。えっと、あなたたちがブルームに来た日、あなたがお手洗いに行っている間に、何で鱓野さんがあなたをブルームに連れてきたのかって話になったの。鱓野さん自身、ブルームに来たの相当久しぶりだったみたいで。そしたら鱓野さん、あなたがご飯に誘ってきて、珍しくどんなお店に行きたいか色々希望出してきたって話しててさ。その内容が、何だか暗にブルームを指定してるように聞こえたから……実はあの時から、教えたことないはずのブルームの存在を知ってるのかもって思ってた」
「なるほどね。全く……あの人も大概お喋りだな。今に始まったことじゃないが」
海老原さんは愚痴っぽく言うものの、その表情は明らかな呆れ笑い。困ったように眉を下げてはいるけど、鱓野さんのそういうところが本気で嫌なわけじゃないのは明白だ。
そんな彼の優しげな微笑を視界の隅に捉えながら、あたしは手帳にペン先を走らせる。海老原さんたちはタイムリープ前に店主さんと知り合っていたこと、ブルームの存在を知ったのもその時だってことを書き留めた。
……紗蘭さんの家に土足で上がって、店主さんに蹴り飛ばされたのは…………これも一応書いておこうか……。
「先輩に案内してもらったのはね、前回より早い段階で嶋崎さんに接触しておいた方が動きやすいと判断したからだ。それからブルームの位置を正しく覚えているか不安だったのと、念のために……だね」
「念のため?」
「ほら、ブルームが建ってる路地裏って、暗い上にかなり入り組んでるだろう? その上嶋崎さんから「表より治安悪いから1人でふらふら出歩くな」って釘を刺されていたんだ。実際あそこを歩く時はほとんど嶋崎さんが付き添ってくれたのもあって、場所を正確に覚えている自信がなかったんだよ。何せ3ヶ月ぶりに通る道だったからね」
「ああ、なるほど……」
海老原さんの話で思い出したけど、そういえばあたしも高校時代入り浸っていた頃は、必ず紗蘭さんか店主さんが表通りまで送ってくれていたな。紗蘭さんに至っては、あたしがどれだけ遠慮しても駅までついてきてくれて。
1人でも歩けるようになったのは、ブルームでバイトを始めて、あの路地裏に住んでいる常連さんたちと顔見知りになってからだ。そうじゃない余所者は、最悪暴力を以て排除される。身内に対しては気のいい常連さんたちだから忘れそうになるけど、店主さんが自身の居住地であるあの路地裏を治安悪いと言っているのは、そういうことだ。
顔見知りじゃない人は、海老原さんのような成人男性だろうと無事に通れる保証はない。
「でもさ、何でタイムリープから時間経った今になって、店主さんに接触しようと思ったの?」
「……バタフライ・エフェクト」
「え?」
「蝶の羽ばたき程度の微小な出来事が、予測不可能かつ巨大な結果をもたらすという意味の言葉だよ。君ほどの読書家なら、一度は見たことあるんじゃないかい?」
「あぁ……見かけたことはある」
「それと同じで、人々が前回と同じ行動をとり続ける中で違う行動をとれば、それ相応に未来が変わってしまう。タイムリープの直後、君は前回と違う行動を数日間に渡ってしてただろう? 鱓野先輩と話していたところ突然走り去って、大学にも来ず、僕たちの連絡にも応答せず……。結果、君の家に全員で押しかける事態になってしまった」
「……ごめん」
「あっ……いや、僕こそすまない。責めてるんじゃなくて、その時の一連の流れを見て確信したというだけだよ。前回と違う行動が大きいほど、未来への作用も大きくなると。だから前回と違う行動をとるにしても、あまり長く大きく未来に影響しない程度に留めていたんだ。あまりに大きく変わりすぎた結果、先輩たちを救うための手がかりすら見失っては本末転倒だからね。……ただ、さっきも言ったように最近は手詰まりを感じることが多くなったから、多少大きく変化させてしまってでも状況を打破しようとして……そこで考えついたのが嶋崎さんと面識を持っておくことだったんだ。前回から嶋崎さんは何か先輩たちの事情を知っている様子があったし、そうでなくとも僕らより紗蘭と近しい人だから、彼と顔見知りになっておけば少しは動きやすくなると思って」
「……そう、だったんだ」
ようやく合点がいった。紗蘭さんを店主さんに任せた時の海老原さんが、何で店主さんを挑発してまで紗蘭さんの命を狙った人に心当たりがないか聞き出そうとしたのか。何で店主さんに怒鳴られ胸倉まで掴まれ、それでも冷静でいられたのか。
後者は海老原さんの胆力もあったんだろうけど。
「話を戻すが、嶋崎さんから鱓野先輩と知り合いだと前回聞いたんだ。だから先輩ならブルームの場所も知ってるかもと思いついて、覚えている限りのブルームについての特徴を伝えて案内させたって次第さ。嶋崎さんを疑うつもりはないが、本当に先輩が嶋崎さんを知ってるのかの確認も兼ねて。……ああ、ついでに言ってしまうと、紗蘭と嶋崎さんが血縁のない親子だと知ったのも前回だ。嶋崎さんが教えてくれたのだよ」
「なるほど、だから紗蘭さんと店主さんの関係性知ってたんだ」
「嶋崎さんの方から言ってたのよね、それ。こう言ったら失礼かもだけど、そういうデリケートなことしれっと言っちゃうものだから、聞いてた私の方がびっくりしたわ。「それそんな簡単に言っていいの!?」って!」
海老原さんの言葉に頷くと同時に、真璃愛さんのぼやきにも心の底からの同意を込めて首を何度も縦に振る。あたしは紗蘭さんから聞いたけど、彼女も雑談の延長みたいに何気なく言っていたのを今でも覚えている。多分、店主さんも似たようなノリで言っていたんだろうな。
武闘派で喧嘩っ早いところにせよ、怒ると脚が出るところにせよ、血縁はないと言われてもすぐには信じられないくらいに2人は似ている。こうして考えると間違いなく紗蘭さんは店主さんの背中で育ったんだなぁと、例え観察せずとも肌が自ずと感じ取る。2人が親子として暮らし始めたのが何年前のことなのかは知らないけど。
「あまり大きな声じゃ言えないけども、親子にしては似てないなって思ってしまったのが一瞬でバレてね。特に不快そうな様子も見せずに告げるものだから、そちらの方に驚いてしまったよ」
「……多分だけど、2人にとっては気にするようなことじゃないんだと思う。血が繋がってないから繋がってないって言ってるだけ、みたいな。確かなことは、あたしも分からないけど」
「そうだね、きっと当人たちにしか分からない何かがあるのだろう。……おっと、話が大分逸れてしまった。どこまで話したのだっけ?」
「えっと……確か、店主さんと鉢合わせて、そのままブルームに連れていかれたってとこ」
「そうだった。よく覚えてるね、エルは。……さっき、色々あって半ば強制的にブルームに連れて行かれたと言ったよね? そうなる前、紗蘭の友人だと信じてもらえた直後に少々トラブルが起こって……そこを嶋崎さんに助けてもらう形だったんだ。店に着いた頃には、それまで君を探し回ってまともな休息も摂ってないかったもので、急に眠気がきて倒れるように眠ってしまって。次に目を覚ましたのは、翌日……29日の朝のことだったね。痣の手当ては、その間にしてくれたそうだ」
「そうそう! 寝てるお兄ちゃんをさっさとベッドまで運んで寝かせて、あっという間にお洋服ぱぱぱーっと脱がせて、ちゃちゃちゃーっと手当てしてたわよ。すっごいテキパキしてたけど、嶋崎さんってああいうこと慣れてるのかしら? 嶋崎さんの腕とか顔とか、傷だらけだったし」
あとで教えてちょうだいねー、なんてケラケラした顔で言う真璃愛さんの言葉には、多分海老原さんの目がなくても頷けなかったと思う。
いや、うん、分かる。2人が言ったように、目的は多分怪我の手当てだけなんだと思う。経緯はどうあれ、自分が負わせた怪我を放置しておけなかったんだろうし。元を正せば、人の家に土足で上がった海老原さんが9割悪いのも分かる。
だからって……。
(年端もいかない女の子の前で何してくれてるの、あの人……!)
実際に店主さんに言ったところで本人からしたら全く身に覚えのないことだけど、それでも目の前に店主さんがいたら、あたしはきっとクレームをつけていたと思う。真璃愛さんのこと見えてないからって、それが眠っている兄の服を目の前で引っぺがしていい理由にはならないでしょ……!
「エル……どうかしたかい? そんな急に眉間に皺寄せて……」
「……いや、ごめん、何でもない。続けて」
自然とペンをへし折るくらいの気概で握りしめていた右手の力を抜きつつ、ちらりと真璃愛さんを見遣る。当の本人はきょとんとした様子で小首を傾げている辺り、あまり気にしていないのかもしれない。
「それでね、ほぼ1日中寝てしまった後、嶋崎さんと情報交換したんだ。と言っても、僕が提供できた情報なんて、紗蘭ともエルとも連絡がつかないことくらいで、ほとんど嶋崎さんから状況を聞かせてもらう形だったが。曰く、紗蘭の所在が分からなかったのは嶋崎さんもで、26日から連絡にも応答がなくなっていたらしい。だからこそ紗蘭を捜していて、その最中に偶然紗蘭の家で僕と出くわしたと。それと同時に、嶋崎さんと紗蘭の関係、鱓野先輩と旧知の仲だと教えてもらえたんだ」
「……それから、どうしたの? ずっと2人で、あたしと紗蘭さんを捜してたの?」
「いや、その日の内に警察に相談しに行ったさ。少なくとも紗蘭は丸2日全く連絡が取れない状況だったから、まず間違いなく只事じゃない。最悪君もそれに巻き込まれているだろうし、何より僕と嶋崎さんだけじゃ行動も限られてしまうから……と、嶋崎さんの判断でね。ところが、君も紗蘭も成人していたこと、君に至っては僕ら両方家族じゃないからと、ロクに取り合ってもらえなかったんだ。それどころか、厄介事を持ってくるなと言わんばかりに追い返されてしまった」
「え……そんなことある? いくら成人済みで、連絡つかないの2日間とはいえ、所在不明だったんでしょ? せめてそういう相談があったことくらいは記録しておくんじゃ……」
「そうだったんだけどね……話さえまともに聞かれず、あしらわれたよ。当時対応してくれた警察は「今それどころじゃない」とも言ってたな。何故そんなに忙しなくしていたのかは知らないが」
「それどころじゃない……?」
「あぁ~っ……あの時のお巡りさんの態度、今思い出しても腹立つわ! 紗蘭さんがいなくなったことなんかどうでもいいって感じで、虫でも払うみたいな追い返し方したのよ!? いくら何でも対応の仕方ってものがあるでしょ、大人なんだから!」
口調こそ平静なものの声色からは明瞭な苛立ちが感じ取れる海老原さんと、よほど無下な対応をされたのか顰めっ面で両手の指をわきわきと動かす真璃愛さん。それぞれ遺憾の意を示す2人の言葉を、またあたしは手帳に書き留めた。
……にしても、今それどころじゃないって何だろう。言葉通りに受け取るなら、所在不明者に構っている暇がないくらいの事件が起こっていたってことだろうけど……。そんなレベルの大きな事件なんて、あの時起こっていたっけ。タイムリープ前に見たニュース、埠頭倉庫の火災の件だけだから分からない。
その火災の件……という可能性はまずない。火災が起きたのは31日のことで、海老原さんたちが警察に行った29日は……恐らく鱓野さんが亡くなった辺りだ。鱓野さんの遺体が発見された31日時点で、少なくとも死後2日は経過していると、ニュースはそう言っていたから。
タイムリープ直後に頭を整理しようと前回の出来事を書き出したページを確認しても、同じことが書いてある。ならやっぱり、追い返された時点では鱓野さんたちの事件は関係ないはずだ。そうなると結局、警察が何に追われていたのかは分からないけど……手がかりがない以上は考えても仕方ない。
「警察に行ったあと、どうしてた? あたしたちのこと捜してくれてたの?」
「そうしたかったのだけど、ブルームに連れ戻された。無闇に捜し回っても体力無駄にするだけだからと。何とか頼み込んで、最低限の荷物だけ家に取りに戻ったが……今考えると、嶋崎さんは僕に1人で行動させないようにしてた気がするよ。下手なことしないように見張られていたのかもね」
「……どちらかというと、お兄ちゃんのこと守ってくれてたように見えたけどね。私は」
守ってくれてた……って、店主さんが、海老原さんを? 前回の悲劇に直接関与しているわけじゃないのに? 何から?
海老原さんの肩に頬杖をつく真璃愛さんの独り言の真意が気になるけど、今詳しく聞き出すのは難しい。あとで聞くために、海老原さんから得られた情報とは別にして、手帳に記録しておこう。
「ブルームに戻ってから嶋崎さんは開店に備えて仮眠を摂って、僕は……まぁ、大人しくしてたよ」
「……今また歯切れ悪かったけど」
「…………こっそり抜け出して捜しに行こうとしたのがバレて、ちょっと強めに怒られて……」
……胆力ありすぎるのも考え物かもしれないなぁ。
「そ、それはともかくとして。その日の深夜、嶋崎さんのスマホに着信が入ったんだ。……紗蘭からだった」
「紗蘭さんから……ってことは、まさか……」
「ああ、この時だ。鱓野先輩を殺したと、彼女の口から聞いたのは」




