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第10話 紛れる影−前編−


 昼食時から時間をずらしたおかげか、レストランに入って大して待たずに席に案内してもらえた。そんな今でも、店内はほぼ席が埋まっていて、かなり賑やかだ。

 普通のレストランよりカラフルでポップさを感じる内装のここは、メニューを見る感じ洋食がメイン、和食や中華系も少しだけ置いてあるようだ。デザートやジュースにも力を入れている辺り、やっぱり小さい子供連れの家族がターゲットのレストランなんだな、と思う。

 お子様メニューにしようかと思ったけど……お子様ランチの写真を見た感じ、割と量があるな。ライスにパスタにハンバーグ、スープとデザートまでついている物もあるし、そうじゃなくても結構量のある物ばかり……食べきれる気がしないや……。


(正直、いつもみたいにアイスティーだけで済ませたい、けど……)


 チラリと横に目線を移せば、左隣に座っている鱓野(うつぼの)さんと目が合った。

 楽しそうにメニューを見ている海老原(えびはら)さんや紗蘭(さら)さんとは違い、メニューには目もくれず笑顔であたしを凝視している。それはもう、あたしの顔と胃に穴でも開ける気なのかってくらいに。


(じん)さん……エルさんのことガン見してるの隠そうともしてないわね。流石にちょっと怖いわよ……」


 右隣にいる真璃愛(まりあ)さんはメニューや内装を見ていたはずが、いつの間にかあたし越しに鱓野さんの様子を窺っていた。

 口元に手を当てて眉を(ひそ)めるその表情は、気のせいかちょっと引いているようにも見える。


「ねぇ、鱓野さん……さっきからすごい視線感じるんだけど……」

「だろーなぁ〜」

「メニュー見ないの……?」

「見さしてもらうぜ? エルちゃんが決めてからっ」

「……そんなにあたしのこと見てて楽しい……?」

「ん〜? 楽しいとか以前に、なぁんかエルちゃんが、あわよくばアイスティーで済ましたそーな顔してっからさぁ〜? 俺の気のせいかもだけど〜」

「なら気のせいだよ、そんなことないって……」

「そっかそっかぁ~。ほんじゃ、なぁ〜んで飯よりドリンクのトコ見てる時間の方がなげぇのかな〜? それも俺の気のせいかなぁ〜?」

「う……」

「よく見てるにしても見すぎじゃないかしら……?」


 真璃愛さんが引いているように見えたの、気のせいじゃないな。声まで引き気味になり始めている。


「分かった、ちゃんと食べるから……このサラダにする」

「おっけー! まー本音言えば、お子様ランチくらいは食ってほしいけどなぁ〜?」

「そんなの食べきれるほどお腹空いてない」

「お子様ランチは私が食べたいくらいだわ! クマさんの形のケチャップライス、すっごく可愛いし美味しそうだもの! あーあ、せめてご飯食べられる体だったらなぁ〜」


 本当は、今こんな風にメニューを見ながら頬を膨らませる真璃愛さんの横で、あれが食べられないとかお腹空いてないとか言うのは……ちょっと罪悪感がある。

 とは言え食べきれない物は食べきれないし、残したらお店にも食べ物にも失礼だから無茶はしない。

 全員食べる物を決めて、鱓野さんが呼んだ店員さんに注文を伝えたあと、待ち時間で雑談に花を咲かせている内に続々と料理が運ばれてきた。


「エル先輩、そんな小さなサラダ1つでお腹空いちゃいません?」

「空かないよ。むしろ紗蘭さんが頼んだやつ見てるだけで、お腹膨れてくる……」

「またそんな大袈裟なことを。でも、膨れてしまっても大丈夫ですよ。私が責任を持って、そのサラダを残らず先輩の食道へねじ込みますから、安心してください」

「ひっ……食べる、自分で食べるから……」


 あたしの向かいで優しく微笑みながら、優しさの欠片もない発言をする紗蘭さんの目の前では、大きな鉄板の上に乗ったステーキがジュージューと音を立てている。

 付け合わせにこんがり焦げ目のついたコーンやジャーマンポテトが添えられている、ごく普通のステーキ……なんだけど、問題はそのサイズ。


「紗蘭……そのステーキ、何グラムだっけ?」

「1キロです!」

「注文の時に言ってたのは僕の聞き間違いじゃなかったか……」

「いやまずさぁ〜、おかしくねぇ? 遊園地って、大食いチャレンジする場所じゃねぇんだけどぉ?」

「だって、たくさん歩き回ったからお腹空いたんですもん。それに1キロなんて大食いの内に入りませんよ」

「お前にとってはな? 俺らからしたら食いすぎってレベルじゃねぇんだわ。食いたいモンたくさん食えんのはいいコトだって分かってっけど~」


 呆れを含んだ苦笑いの鱓野さんと海老原さんはそっちのけで、紗蘭さんはニッコニコでミディアムレアのステーキにナイフを入れる。切り分けては口に入れる度、幸せ度合いに拍車がかかっていく笑顔を見るに、巨大なステーキの味にご満悦な様子。

 こんな感じで、紗蘭さんはその細身な体型に似合わず凄まじい量を食べる。コルセット付きの服を着て、アトラクションを回る合間にチュロスとか食べていたのに。

 一体どこにどうやって入っていくのか、何度も紗蘭さんとご飯を食べてきたけど全然分からないなぁ……と、ドレッシングも何もかかっていないサラダをもそもそと齧りながら考える。


「本当、よく食べるわよね〜紗蘭さんって。あのステーキを見てると、仁さんが少食に見えてくるから不思議だわ……」


 真璃愛さんの視線を辿れば、その先にあるのは鮭のムニエル。ホクホクと湯気の立つそれから漂うバターと醤油の香りが、鼻をくすぐってくる。

 鱓野さんが頼んだ物だけど、確かに紗蘭さんのステーキと比べると小さく見える。いや、1キロの肉塊と比べる方が間違っているのは分かっているけど。

 それでも鱓野さんの体格ならもっと食べそうなものなのに、意外にも彼の食事量は一般的な1人前のそれだ。なのに194センチにまで成長できるんだから不思議だし、羨ましいったらない。

 こっちは高校生になるまで150センチを超えられなかったっていうのに……世の中は本当に不公平だ。


(……不思議といえば、相変わらず綺麗な食べ方だなぁ、鱓野さん……)


 フォークもナイフも完璧に使いこなし、鮭の皮と身をナイフの背で切り離した上で、身を等間隔に切り分けては口に運んでいる……そんな鱓野さんにはもう1つ不思議なことがある。

 それは、食事の所作がやたら丁寧なこと。


(普段の鱓野さんを見てると、そういうイメージはあんまりないんだよね。むしろファストフードに豪快に齧りついてるようなイメージというか……。少なくともテーブルマナーがしっかりしてる印象はなかったな)


 大柄な体格やラフな服装、明るい色の地毛にメッシュが入った長髪……。そういう見た目からの偏見が混ざっていないと言ったら嘘になっちゃうけど、初めて見た時は一瞬で本人にバレたくらいには驚いた。

 行儀作法に厳しい家族がいるのかな、鱓野さん。実家暮らしってことしか知らないから、詳しいことは分からないけど。

 あたしの実家はそうだった。母親に当たる女性がとりわけ厳しくて、ご飯の度に監視と叱責、酷ければ罵声とか暴力とか飛んできたっけ。今にしてみれば、行儀悪いのはどっちだって話だ。

 そのおかげで、今やすっかり食事自体が嫌いになって、果ては1人前も食べきれないほどの少食になっちゃって……。

 少食の理由はそれだけじゃない……というか、それよりよほど大きな原因があるけど……。


(……やめよう、余計なこと思い出すの。せめてみんなとの時間は、楽しいものにしたいし)

「次のアトラクションを決めるの、エルの番だよね。何に乗りたい?」

「え? あぁ、えっとね……」

「……あ、今度も私が決めていいのかしら? だったらね、ジェットコースターがいいわ! 一度エルさんたちと乗ってみたかったのー!」

「それじゃ、ジェットコースターで」

「ありがとう、エルさん!」

「ああ、確かにそれは乗っておきたいですね!」

「……ジェットコースターも怖いやつだって聞いたことあるけど、紗蘭さん、ジェットコースターは平気なの? おばけ屋敷は移動もマトモにできなかったのに?」

「掘り返さないでください……」

「純粋な興味で聞くのだけれど、何でおばけ屋敷はあんなに苦手なんだい? ゲームセンターに置いてあるゾンビ系ガンシューティングは普通にやっていたじゃないか」

「……蹴り飛ばせないじゃないですか、おばけは」

「え?」

「だから、蹴ってもすり抜けてダメージにすらならないから、物理に訴えられないじゃないですか! だから怖いんですよ!」

「そういう理由かい!? え、じゃあゾンビが平気なのは……」

「ああいうクリーチャーは物理で解決できるから、ちっとも怖くありません。頭潰せば勝ちです」

「……何というか、まぁ……とても紗蘭らしいね」

「俺としちゃあ安心したわ〜、スタッフさんは人間だからって蹴っ飛ばしたりしねぇで」

「流石にそこまで見境ないことしませんよ!」


 ……仮に紗蘭さんに、今まさに神使(しんし)という名の人間霊が「うらめしや〜」って囁きながらあなたの背中にしがみつくイタズラしてるよって言ったら、どんな反応するんだろう。見えてなくても怖がったりするのかな。

 何にせよ、海老原さんに真璃愛さんのこと気づかれるかもしれないから言わないけど。真璃愛さんに言わないでってお願いされているし。

 それよりも……。

 

「あり? エルちゃん、手帳開いて何書いてんの?」

「食べ終わったから、忘れない内に紗蘭さんが人間霊ダメなのメモしてる」

「だから書かないでくださいってばー!」

「ていうか、バレたくなかったなら能力で悲鳴消せばよかったんじゃない? あなたの能力、声も消せるでしょ?」

「確かに私の声も私が出す物音に入りますから、消せますけど……先輩ご存知でしょう? 私の能力が5秒しか保たないのも、その後同じくらいのインターバルが必要なのも。初見な上に真っ暗な場所で、脅かされるタイミングと能力が使えるタイミングを合わせるのは難しいんですよ」

「そっか、どこにびっくりポイントがあるか、分からないもんね」

「とか何とか言ってっけど、ぜってぇ怖すぎて能力使う発想も余裕もなかっただけだよなぁ〜……」

「あぁ、確かにありえますね……」

「聞こえてますよー、そこの2人」


 そんな和やかなお昼を過ごしつつ、お腹を満たしたあたしたちはレストランを出た。1キロのステーキは紗蘭さんの胃の中へ残さず消えたし、食事代は例によって鱓野さんの奢りだった。

 ご飯の度に奢ってもらうのは申し訳ないけど、あたしたちの中で一番年上だからか毎回奢ってくれる。というか、気づいたら支払われている。随分前に海老原さんが言っていたことだけど、鱓野さんは高校の頃からこういう人らしい。

 4人分、しかも紗蘭さんが毎回かなりの量を食べるわけだから金額もそれ相応にするはずなのに、鱓野さんは毎回嬉々として出してくれる。

 そんな彼の金銭感覚に困惑していた、知り合ったばかりの頃が懐かしい。今はありがたさと申し訳なさ、それ以外は何も感じないんだから、慣れって恐ろしい。

 テーブルマナーのことといい、鱓野さんの実家は一体どんな家なんだろう。バイトしているなんて聞いたことないし、そんな様子もないのにこの金銭感覚と経済力なんだから、相当太い実家なんだと思うけど……。


(まぁ、どんな家でもいいか。鱓野さんがあたしにとって友達であることに、鱓野さんの実家は何も関係ないんだから)


 彼の家がお金持ちだとか、そういうことは関係ない。鱓野さんがどんな家で育っていようと、彼は紛れもなく友達だ。……少なくとも、あたしにとっては。

 ……それはさておき、ジェットコースターに向かおうとした時、また真璃愛さんが静かになっているのが気になった。

 目線だけで探してみればすぐ見つかった真璃愛さんは、レストランに向かう前と同じように一点を見つめていた。レストランの中を、さっきよりも険しい顔で。


「……真璃愛さん? 何してるの?」

「へっ? あ……何でもないわ、本当に。さっ、早く行きましょ! お兄ちゃんたちに置いてかれちゃうわよ!」

「あっ……」

 

 鱓野さんたちがこっちを見ていないことを確認して尋ねてみたけど、またはぐらかして、そのままみんなの方へ飛んで行ってしまった。まるで、問い質したあたしから逃げるかのように。

 真璃愛さんを追う前に少しだけレストランの中を見てみたけど、多数のお客さんと数人の店員さんがいるだけで、やっぱり気になるものはない。


(さっきも今も、真璃愛さんは何を見てたっていうの? 神使には見えて、人間には見えない何かとか……?)


 ……気になるけど、真璃愛さんがはぐらかす以上、考えても分かりっこない。

 本当に何でもないこと、そして何事もないことを願いつつ、あたしもみんなに追いついて一緒にジェットコースターへ向かうことにした。

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