第9話 初めての遊園地
海老原さんたちがブルームに来た日から、数日が経った。
週末である今日は、あの日約束した通りみんなで遊びに来ている。場所は鱓野さんが選んでくれた、都内にある新しめの遊園地だ。
まだ入場ゲートを過ぎてすぐの広場だけど、園内どころかゲートも人……主に家族連れで賑わっている。今にも走り出しそうなほどはしゃぐ子供を制するように手を繋いで引き止める親ですら、心の底から楽しいんだと分かる笑顔が溢れて止めどない。
まだ朝の10時過ぎだっていうのに、ここまで人だらけだとは思わなかった。
(週末の遊園地は混むって聞いたことあるけど、どこもこんな感じなのかな……。絶対あたしだけじゃ入ろうなんて思わなかっただろうな、こんな人だらけのところ)
園内はアップテンポな音楽に混じって時折アナウンスが聞こえたり、やたらカラフルでポップな見た目のアトラクションが近くにも遠くにも見えたり、動物を模した着ぐるみが周囲に手を振りながら歩いていたり……。普段じゃ絶対に目にしない光景の全てが、全力で楽しい非日常を演出している。
なるほど、遊園地ってこういう施設なんだ。
(前に「遊園地はそこに行くだけで子供も大人も気分が高揚して楽しくなってしまうもの」って、何かの本で読んだけど、確かにそうなっちゃいそうな場所だなぁ……)
もっと幼い頃に来ていたら、あたしも無邪気に楽しめていたのかな、こういう場所。
あの実家じゃ土台無理な話なのは分かっているけど、できれば小さい時にも来てみたかったな。
「なぁ〜あそこ、マスコットが記念撮影やってんぜ! 記念に1枚お願いしてみたらぁ〜? 海老君?」
「鱓野先輩には、あの子供たちの中に混ざっても違和感ないほど僕が幼く見えてるんですか?」
「着ぐるみと写真撮んのは、ちっちゃい子だけの特権じゃねぇよ〜? 遠慮しないで行って来いって〜ほらほら〜!」
「ちょ、押さないで下さいよ。というか、スタッフさんからしたら最早ホラーでしょう。子供たちに混ざって自販機と同じくらいの背丈の男が、一緒に写真撮影してほしいとか言ってきたら」
「んぁ~海老君ってそんくらいあんだっけぇ? 俺より低いから忘れてたわぁ~!」
「基本的に人から見下ろされることのないほど高身長な先輩がそれを言います……?」
はぁー……と長めの溜め息をつきながら額を抑えている海老原さんからは、一緒にブルームから帰った時のような冷たさは欠片も感じ取れない。もうあれから数日経過しているから、当たり前と言えば当たり前だけど。
記憶の確認どころか別れの挨拶もマトモにできなかった、あの日。怒ってないって言っていたけど、実は機嫌損ねちゃってたりしないかな。翌日も同じように話すらできなかったら……それ以前に海老原さんに万一嫌われでもしたら……。
そんな不安で、一晩中眠気すら感じられなくて。翌日、不眠のせいで少しやつれてしまったあたしを心配してくれた海老原さんを見るまで、ずっとずっと怖かった。
(安心したら急に眠気来ちゃって、海老原さんと真璃愛さんの前で倒れちゃったのは、申し訳なかったな……。海老原さんに嫌われてないって分かったのはよかったけど、大変だったなぁ……鱓野さんと紗蘭さんには叱られちゃって……)
それもあったし、そうでなくともだけど……あれ以来、海老原さんにタイムリープの話はできていない。
夜の帳で冷えた空気の比じゃない冷たさが覗いた、あの顔。優しい以上に恐ろしかった、あの声。前回のクリスマスに見た鱓野さんのような、息すら許さないと言わんばかりの拒絶を、もう一度浴びたくはないから。
記憶の有無もドスのことも、結局何も分からないままだけど、それでいいとさえ思う。海老原さんに拒絶されてしまうくらいなら。
そうじゃなくたって、少なくともここでタイムリープの話はできない。鱓野さんたちがいるというのもあるけど、何より……。
「わあぁ〜っ! エルさんエルさん、あれって、あれよね!? ジェットコースター! すごいすごいっ、本当にビュンビュン走るし、回転までしちゃうのね! あっ、向こうに観覧車っぽいのあるわよ! あれもあるかしら、メリーゴーランドとか、カップがぐるぐる回るやつとか! ねぇエルさんっ、どれも写真で見るより楽しそうよ! どれから乗るの!? 私ねー、全部乗りたーい!」
入場してからというものの、ずっとこんな感じで真璃愛さんがはしゃぎ続けるものだから、もう数日前のことどころじゃないっていうのが本音だったりする。
待ち合わせ場所で合流した時からそわそわしっ放しだったから、着いたらもっとすごいことになるんだろうなぁとは思っていたけど、まさかまだ何も乗っていない時点でここまでテンション上がるとは思わなかった。
彼女が誰にでも見えていたら、きっと注目の的だったんだろうな。今の真璃愛さんなら、そんなこと気にしないと思うけど。
「エルせんぱーい! ちょっとこれ見てください!」
「ん? どうしたの紗蘭さん、急にどっか行ったと思ったら」
「ふふふ……じゃーん!」
入場してすぐ何かの建物に走って行った紗蘭さんは、戻ってくるや否やドヤ顔に近い笑顔であたしの眼前にある物を突き出してきた。
それは、カチューシャにくっついた……何これ。黒い猫の……耳?
「あら、動物の耳のアクセサリー? へぇ〜、遊園地って面白い物売ってるのね!」
「……えっと、これは?」
「この遊園地って、色んな動物をモチーフにしたオリジナルキャラクターがいるらしくて、それ関係のグッズがお土産屋さんに売ってたんです。これもその1つでして、目に入った瞬間エル先輩に似合いそうって思ったら、つい買っちゃいました」
「へ、へぇ……?」
「なーのーでぇ……この遊園地を回る間、これつけてください!」
「やだ」
「えぇーっ!?」
「エルさんったら……何もそんなノータイムで拒否しなくても」
紗蘭さんが可哀想よ、なんて真璃愛さんは言うけど、普通に嫌だよ。21歳にもなって、動物の耳つけて遊び回るなんて。
確かに遊園地は初めてな分楽しみにしていたけど、何もそこまで浮かれているつもりはない。
「何でですか、絶対可愛いですよ!」
「私も見たい! エルさんに似合うと思うわ!」
「何言ってるの、あなた……」
「とにかくつけてください、これ差し上げますから! エル先輩がそれをつけてくれることで救われる人間がここにいるんですよ!」
「ここにもいるわよー!」
「そんな人は救われなくていいと思う」
「もうっ、酷いです! あなたの可愛い後輩がこんなにもお願いしているというのに……しくしく……」
「分かるわ、紗蘭さん。見たいわよね、エルさんの可愛い猫耳姿……」
今日の真璃愛さん、本当に浮かれているなぁ。話に入ってくることはあっても、ここまで悪ノリするのはちょっと珍しい。
「嘘泣きしてないで、早くそれしまって。鱓野さんに見つかりでもしたら、話が面倒なことに──」
「エ〜ルちゃあ〜ん? 俺に見つかったら何だってぇ〜?」
言い終わるより早くに背後、というか耳元で鱓野さんの声がした。遅かったかぁ……。
「仁君も海老原君も、聞いてくださいよ。エル先輩ったら、絶対似合うのにこれつけてくれないんです!」
「それは……猫の耳のカチューシャかい? よくそんな物見つけたね……?」
「それ頭にくっつけたエルちゃんが見たくて、わざわざ買ってきてまでごねてたワケぇ? お前もかなーり物好きだよなぁ〜?」
「あら、仁君は興味ありませんか? エル先輩の猫耳姿」
「ん〜、そーは言ってねぇよ〜? ちょびっとでいいから俺も見てみたいなぁ〜、なんつって?」
「そう言うと思ったから、あなたには見つかりたくなかったんだよ。本当に猫好きだよね、鱓野さん」
「別にそれだけじゃねぇけどなぁ……」
「? じゃあ何だって言うの」
「ナーイショ! 少なくとも、エルちゃんは知らなくていーの! それにさぁ〜見てみたいのは俺と紗蘭だけじゃないもんな〜海老君?」
鱓野さんはトレードマークの白いギザ歯を見せながら、明らかに何かをはぐらかした。
何なのかはよく分からない。鱓野さんの場合、猫好き以外に何があるんだろう、あたしが猫の耳なんかつけたところ見たい理由って。紗蘭さんは何故かじとーっとした顔で「ヘタレ」って呟いているし。
「僕も、まぁ、そうですね……。エルには悪いけれど、気にならないと言ったら嘘になってしまうかなぁ……」
「そうよねー! お兄ちゃんも見たいわよねー! たまにはいいこと言うじゃなーい!」
「ほら先輩、多数決で3票ですよ! さぁ、そろそろ観念してください!」
「そんなルール聞いてない……」
……とはいえ、そろそろ腹括った方がよさそうだなぁ。ここで押し問答続けて、アトラクション回る時間なくなっちゃったら、一番楽しみにしているであろう真璃愛さんに申し訳ないし……。
「……分かったよ、つければいいんでしょ。その代わり、そのまま遊園地回ったりはしないから」
「きゃーっ、ありがとうございます! では早速、失礼して……!」
そのまま頭にカチューシャを乗せられ、それで済むかと思いきや、紗蘭さんが鬼のように写真を撮り始めた。
真顔に棒立ちのあたしを、黄色い声上げながら連写する紗蘭さん。どさくさに紛れて1枚だけ撮っていた海老原さん。その横で「可愛い」と連呼して更に大はしゃぎしだす真璃愛さん。
そんな中で、鱓野さんだけはマトモにこっちを見ていなかった。正確には何とか視線を向けようとする素振りはあるものの、すぐまた気まずそうに目を逸らしちゃうみたいな……何か妙な反応。別に見られたかったわけじゃないけど、そんな変な反応をされたらされたで、ちょっと気になってしまう。
……なんてこともあったけど、ゲリラ撮影会は周りの人の迷惑になりかねないから早々にやめさせて、カチューシャも外して本格的にアトラクション巡りを開始した。
みんなで順番に気になった物を言い合って回って行こうってことになったけど、そもそも遊園地のアトラクションに疎いあたしはどういう物があるのかよく分からなかったから、真璃愛さんが乗りたがった物を代わりに提案していた。
そうしていくつか回って、コーヒーカップが回転する物で海老原さんが軽く酔ったり。海底散歩みたいなアトラクションで景色に夢中になっていたら危うく迷子になりかけたところを、鱓野さんが見つけてくれたおかげで事なきを得たり……。
まぁ色々あったけどみんな、特に真璃愛さんが楽しそうだった。あたしも実際、初めての遊園地をそれ相応に満喫している。どうせ顔には出ていないんだろうけど。
……そんな風にいくつかのアトラクションを楽しんでいたら、いつの間にか正午過ぎになっていた。
「もうお昼ご飯の時間帯ですけど……仁君、どうしますか?」
「ん~、今だと昼ド真ん中だから多分どこもかしこも混んでるぜ? お前らの腹が大丈夫そうなら、ちぃと時間ずらしてから飯にしねぇ?」
「私は大丈夫ですよ!」
「僕も」
「あたしも平気……っていうか、正直ご飯食べなくても──」
「エルちゃんはいっちばん食わなきゃダメで~す。ほんじゃ、そこにあるレストランの近くでテキトーに時間潰すかぁ。次行くトコ決めんのは……海老君の番だぜ〜!」
「うーん、この辺で気になる物は…………あ。じゃあ、あそこにしていいですか? おばけ屋敷」
その一言が海老原さんの口から出た途端、何故か紗蘭さんが笑顔を保ったまま凍りついたかのようにビシッと固まった。
「……?」
「っあー、そういやホラー系のアトラクションはまだ行ってねぇよな〜。どんな感じのやつ?」
「パンフレットによると、廃病院風のおばけ屋敷内をペンライト頼りに歩くタイプだそうです。単に進むだけじゃなくて、イベントがいくつもあってルート分岐するんだとか。病院の院長が黒魔術に手を出して、多くの患者を手にかけた結果病院は閉鎖、そのまま廃墟へ……というシナリオらしいですよ。黒魔術がわざわざ出てくるくらいですから、そういう演出やステージがあるはずです!」
「分っかりやすく目ぇ輝いてんなぁ〜」
「お兄ちゃんの興味引くくらいだから、そんなこったろうと思ったわ。ほんっとオカルトに目がないんだから〜」
「でも大丈夫かぁ〜? どんなに速く進んでも30分以上はかかるっぽいし、リタイア率2割超えとか書いてあんぜ? そーやって余裕ぶっこいてられんのも今の内かもよ〜?」
「それが売りのようですからね。楽しみですよ」
「仁さん……お兄ちゃんが怖がるところ見たいなら、期待しない方がいいわよ。無駄にホラー耐性高いから、少なくともリタイアとかはしないと思うわ」
……大丈夫かなぁ、紗蘭さん。海老原さんがおばけ屋敷の説明をすればするほど顔色悪くなってきているし、滝のような汗をかくほどの気温でもないのに、すっごい汗かいている。
というか、気のせいかな……心なしか震えているような……。
「ねぇ、紗蘭さん……大丈夫? 具合悪い?」
紗蘭さんの腕に触れながら声をかけたら、それだけで彼女の肩が大げさなまでに跳ね上がる。その跳ねように、あたしまで細い悲鳴を上げて驚いてしまった。
「い、いえ! 具合悪くなんかありません! 至って健康体ですっ!」
「……でも、何か声まで震えてる気が──」
「そ、そ……そんなことないです! あれです、ほら、幻聴です! だだだだから問題ありませんっ!」
「いや……そうは言っても、顔が真っ青になってしまっているよ? 一度どこかで休むべきじゃないかい?」
「……あっ! そーいや紗蘭って、確か──」
「海老原君っ! 早く行きましょう、そのおばけ屋敷! 場所どこです⁉」
「え? ああ、えっと、そこに見える大きな建物だけど……」
「おーい紗蘭、無理すんなって。お前、昔から──」
「余計なこと言わないでください仁君っ! 海老原君、早速行きますよ! ほらっ!」
「あっ、ちょっと! 引っ張らないでくれ!」
「……あーあ、俺知ーらねっ」
「……何となーくだけど分かっちゃったわ……。紗蘭さん、無理しない方がいいんじゃないかしら……」
鱓野さんは呆れ顔で、真璃愛さんは心配そうな顔で、海老原さんの腕を引っ張りながらおばけ屋敷へ向かう紗蘭さんの後に続く。紗蘭さんの様子が急におかしくなった理由は、あたしも正直察しがついているけど……まぁ、入れば嫌でも分かるか。
……そんなこんなで入ったおばけ屋敷には、クリアするまでの数十分間、ずっと紗蘭さんの絶叫だけが響き渡っていた。
ぶっちゃけ内容もあんまり覚えていない。アトラクションより、紗蘭さんの悲鳴の方が遥かにびっくりポイントとして成立していたし。
それでもやっぱり雰囲気は抜群だったし、それ相応に怖かった。途中からずっと鱓野さんの服を掴んでいたくらいには。
「……お前さぁ、なーんで強がって入ったりしたぁ? 昔っからあーゆーおばけ屋敷とか、人間霊が出てくるホラー映画とか、ぜーーーんぶダメだったじゃん。何でいけるとか思ったかなぁ〜。ド忘れしてた俺も俺だけど」
「けほっ……む、むか、し、より……平気、に……な、たかな、て……けほ、げほっ……。エル先輩と、海老原君に……情けない、とこ、見せた、くな、けほっ、ごほっ……」
「あーもー無理に喋んなって、落ち着くまで大人しくしとけ?」
「わぁ……いつもの紗蘭さんとは大違いだわ……」
クリアして出口に辿り着いたあたしたちは、叫びすぎて声が枯れかけている紗蘭さんの息が整うのを待っていた。飲み物を買ってきて飲ませたりしているけど、なかなか喉も息も元に戻らない様子。
ゲホゲホゼェゼェいっている紗蘭さんは、海老原さんの体にしがみついていて、鱓野さんと真璃愛さんがその背中を擦っている。
アトラクションに入って数分も経たない内に海老原さんに抱きついて、そのままずっと離さずにこの状態だ。そのせいだと思うけど、海老原さんが茹で上がった顔を手で隠しながら、ずっと紗蘭さんが抱きついている方とは正反対の方に向け続けている。
あの様子でおばけ屋敷ちゃんと楽しめたのかな、海老原さん。
「紗蘭さん、海老原さんが逆上せちゃいそうだから、そろそろ離れてあげて。今だけあたしにくっついてていい──ふぎゅっ……せ、せめて無言で抱きついてこないで……」
そんなにおばけ苦手だったんだ、紗蘭さん。おばけ屋敷とか一緒に来たことないし、あたしも進んでホラーの話とかしないから、初めて知った。
そっか……紗蘭さんは意外と怖がりさんなんだ……。へぇー……。
「……エル先輩……」
「ん?」
「私がおばけ苦手なの……手帳に書かないでくださいね……? なるべく早く忘れてくださると、嬉しいなって……」
「……どうしようかなぁ」
「お願いですからぁー! 先輩に私のカッコ悪いところ覚えててほしくないんですー!」
普段は小悪魔的に翻弄してくる紗蘭さんが、嘘泣きじゃなくて本当に泣きついてくるのレアだし、これはこれでちょっと可愛いな。
紗蘭さんの新しい一面も知れたし、猫耳撮影会された鬱憤はもう大分晴れた。あとで写真消させようと思ったけど、これでチャラにしてあげよう。それはそれとして、このことはちゃんと手帳に書くけど。
「おーい、2人共〜。紗蘭も調子戻ったんなら、いい時間だし昼にしよーぜ! 海老君も、茹で海老からノーマル海老に戻ったことだし、なー海老君?」
「いちいち言わなくていいんですよ……」
「海老原君……その、さっきはすみませんでした。おばけ屋敷、楽しみにしていたでしょうに、邪魔してしまって」
「あぁ……いや、それは大丈夫さ。集中できたと言ったら、まぁ嘘になってしまうけど、十分に楽しめたから。それより女性が妄りに男に抱きつくものじゃないよ」
「ごめんなさい、気をつけます。でも、頼もしかったですよ、海老原君。私が抱きついている間、転ばないように支えてくれましたし」
「本当に反省しているかい? 君……」
「してますよー、ふふ」
すっかり元通りの様子で笑う紗蘭さんに、やれやれと呆れを見せる海老原さん。2人は鱓野さんを先頭に、お昼ご飯にしようとレストランへ足を向ける。
あたしもそれに続こうとした時、ふと真璃愛さんが静かなことに気づいた。
振り向いてみれば、真璃愛さんだけが動かずにその場に留まっていた。何故か少しだけ眉間に皺を寄せて、一点をじっと見つめている。……ぼーっとしている……ようには見えない。
「……真璃愛さん、どうしたの? 何か気になる物あった?」
「あっ…………ううん、何でもないわ! お昼にするんでしょ? 早く行きましょう! 楽しみだわ〜遊園地のご飯、どんな見た目してるのかしら!」
乗りたいアトラクションでも見つけたかもと思って声をかけたら、あたしの顔とさっき見ていた方向を見比べて、そして何事もなかったかのように鱓野さんたちの後へ続いて飛んで行った。
真璃愛さんが見ていた方向は、さっきのおばけ屋敷の方。あとはお客さんや、アトラクションじゃない飾りの建物があるだけで、特に目を引くような物は見当たらない。
けど、何でもないって感じの表情じゃなかったな……。一体何を見ていたんだろう、真璃愛さん……。
「エル!」
「!」
海老原さんに名前を呼ばれて、ハッと思い出した。そうだ、みんなでレストランに行こうとしていたんだった。
早く追いかけなきゃと振り向いたら、遠くに声が聞こえたはずの海老原さんが、あたしのすぐ後ろで軽く息を切らしていた。
「わ……! 海老原さん、いつの間にいたの?」
「君だけ来てなかったから、何かあったかと思って……。危ないじゃないか、1人でいたら」
「危ないって……大げさじゃない?」
「エルにはそう聞こえるかもしれないけれどね、警戒しておくに越したことはないんだよ、何事も。だからほら、早くおいで。先輩たちも待ってるから」
「……うん」
差し出された海老原さんの温かい手を握って、並んで鱓野さんたちを追いかける。
……さっきの真璃愛さんが何を見ていたのかは、結局分からないままだ。
(本当に何でもないならいい、けど……)
ほんの少しだけ芽生えた胸騒ぎは気のせいであってと、海老原さんの手を握りしめながら祈った。




