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第6話 疑念は尚も深まりゆく


「にしても……紗蘭(さら)がカフェラテに似てると言っていたからこれにしたけれど、確かにカフェラテみたいだね。コーヒーのほろ苦さとミルクの仄かな甘みが、互いの味も香りも引き立て合っている。美味しいね、とっても」

「うはぁ〜、海老君(えびくん)が通ぶったこと言ってんの超おもろ〜!」

「煩いですよ」

「そのカルーアミルクはモクテルですけど、アルコールが入っても甘くて飲みやすいので、女性やお酒が苦手な人にも人気なんですよ」

「へぇ。なら、20歳になったらアルコール入りのも飲んでみようかな」

「では、その時はまたブルームに来てください。アルコール度数高めですけど、万一君が酔い潰れてしまっても私が介抱して差し上げますので」

「いや、流石にそこまで飲む気はないさ。紗蘭の手を煩わせるのも悪いからね」

「遠慮しないでください。ちゃーんと君のおうちまでお送りして、お風呂にだって入れて差し上げますから……ね?」

「ぶッ……げほ、げほっ! ごほッ……!」

「あら? お酒飲んでないのに、お顔が真っ赤ですよ? ふふ、本当に可愛い人ですね」

「どさくさ紛れに何てことをっ……! どうする気だ、それを本気にする輩がいたら! 君が強いことは知っているが、それ以前に女性だろう! あと僕は別に可愛くないから!」

「そう怒らなくても。海老原(えびはら)君にだけですよ、こんなこと言うの」

「だからいいという問題じゃない! 僕は冗談で流せるけれど……全く、君という人は……!」

「茹で海老みてぇな顔色で言っても説得力ねぇわ〜……いでッ、いッで! ちょ、(すね)蹴んのは反則!」

「……楽しんでるみたいだね」

「こらー! 足癖悪いわよ、お兄ちゃん!」


挿絵(By みてみん)


 大学の図書館でオカルトを勧めてきた時より赤い頬が治まりそうにない海老原さんと、痛いと言う割に海老原さんの反応を楽しむあまり笑顔が隠しきれていない鱓野(うつぼの)さん。

 そんな状況を作った元凶さんは、笑いが止まらない様子。海老原さんを叱る真璃愛(まりあ)さんも含め、ここがブルームだという事実を忘れそうになるほど日常通りの、楽しそうなみんながいる。


「エル……君からも紗蘭に言ってくれ、度が過ぎたからかいはしないように!」

「言って聞いてくれる人なら、とっくにやめてると思うよ。はい鱓野さん、お待たせ」

「おっ、サンキュー! 楽しみだわ〜エルちゃんお手製のカクテル!」

「エルまで僕を見放すのか……」

「見放すも何も、お兄ちゃんが紗蘭さんに遊ばれるのなんて去年からずっとじゃない。大げさな反応するお兄ちゃんもお兄ちゃんよ〜」

「はぁ……ちょっとお手洗い借りてもいいかな? 一度落ち着かないと、折角エルが作ってくれたモクテルも楽しめなくなってしまう」

「はーい、どうぞ。お顔冷ました方がいいでしょうし」

「そんな顔にさせたのは一体誰だと……全く」


 拗ねた顔で悪態をつく海老原さんだけど、本気で嫌がっている表情はしてないし、そんな感情も見当たらない。あれが紗蘭さんなりの親愛表現だって分かっている証拠だ。度が過ぎているって思っているのは本心だろうけど。

 お手洗いの看板が下がった通路へ迷いなく向かう海老原さんに、真璃愛さんもついて行く。流石に中までは行かないはずだけど。


「んぐ…………っはー! うまぁ! エルちゃん、カクテル作るのめっちゃ上手くね⁉ こんな特技あるとか知らなかった〜!」

「喜んでくれてよかったけど、一気に半分も飲み干したら危ないよ。注文通りの強いやつなんだから、それ」

「っあー……悪い、気ぃつけるわ。……ところでさぁ、このミントどったの? この酒って、確かミント使うやつじゃなくねぇ? 美味いからいーけどっ」

「ああ、それはおまけ。清涼感欲しそうだったから」

「…………なぁんでそんなこと思ったのか知んないけど、ありがとな〜。あとごめんな、今日俺から誘ったのにドタキャンしちまってさ」


 一瞬目を(みは)った鱓野さんは、すぐさまそんな表情を隠すように微笑んだ。いつもの底抜けに明るい笑顔と違う、ぐしゃっとした感じの、困惑を何とか隠しているみたいな……そんな笑顔。

 明らかに牽制されている。これ以上は聞くなって、言外に。

 ……やっぱり、聞いても教えてくれなさそうだな。ドタキャンの理由も、放課後何があったのかも。


「別にいいよ。……ちゃんと埋め合わせしてくれさえすれば」

「おっけー!」

「ところで(じん)君、ドタキャンということは急用でもできました?」

「んぁ? そーだけどぉ?」

「……なのに海老原君とここに来たんですか? 彼がいなければいけない用ではないでしょうに、わざわざ誘ったんです? 君、こことはかなりご無沙汰だったじゃありませんか。何故急にこの店に?」


 あ、言われてみれば確かにそうだ。海老原さんは鱓野さんが帰った後も図書館にいたんだし、今一緒にいるなら、鱓野さんの用が終わってから合流したってことだよね。

 ……それは分かるとしても。


(何で紗蘭さん、海老原さんは用事に関係ないって分かったんだろ……)


 海老原さんが図書館にいたの、紗蘭さんは知らないはずなんだけどな。

 ……けど、鱓野さんが急用できた時、紗蘭さんも同じ急用でドタキャンしたこともあった。紗蘭さんなら、鱓野さんの急用が何なのか心当たりがあるのかもしれない。だから海老原さんが関係ないって、ほとんど断言に近い形で言えたのかも。


(まさか、何も分からないのあたしだけ、なんてこと……ない、よね)


 胸の奥が冷たい気がする。ズキッて痛んで、一瞬息が乱れた気がする。クリスマスの日、鱓野さんに拒絶された時みたいに。

 ……いや、気のせいだ。あたしだけ何も分かってないなんて、そんなことない。そんな、あたしだけ仲間外れで、独りぼっちみたいなことは。

 きっとそうだよ……そうであって……。

 

「いやぁ〜それがさぁ、誘ったの俺じゃねぇんだわ。海老君」

「……えっ?」

「海老原君が? 冗談でしょう。彼、ブルームのこと知らないはずですよ? 私は教えてませんし、エル先輩もですよね?」

「うん、そうだけど……」

「そーじゃねぇの。急用終わってスマホ見たら通話の着信履歴めっさあってさぁ、しかもぜーんぶ海老君から。折り返したら、なぁんか焦った感じで「ご飯行きましょう」って!」

「あら、珍し……くもないですね、最近の海老原君だと」

「この前もあいつから飯行きたいって言ってたもんなぁ〜。だからどっか適当にファミレスとか行くつもりだったんだけどさ、今日だけやたら注文多かったんだわ」

「注文……?」

「飯行きたいっつった割に「食事よりドリンクがメインのところ」とか「表の通りに看板出してない、入り組んだ路地裏にある個人店」とか、挙句にゃ「多少客層が普通じゃなくていいから、モクテルのあるカクテルバーがいい」って! あいつがこんなあれこれ注文つけてくることとか、今まであったぁ⁉」

「んー……確かに海老原君はそんなイメージないですね。基本、仁君の行きたいところについて行っている気がします」

「だーよなぁ⁉ 実は熱でもあんじゃねぇのって本気で心配したわ〜」


 確かに海老原さんから行きたいお店の提案してくるって、珍しいことだけど……正直それよりも気になることがある。海老原さんがつけた注文の内容だ。

 あたしの考えすぎかもしれないけど、でもさっきの提案って、何だか……。


(ブルームのことを言ってるような……)


 食事よりドリンクが楽しめる、表に看板を出していない路地裏の個人店。客層が普通じゃない、モクテルのあるカクテルバー……。全部、ブルームに当てはまる特徴だ。

 海老原さんがブルームの存在を知っているはずないのに、まるで鱓野さんが自分をブルームに連れて行くよう誘導するみたいに、暗にブルームを指定したように聞こえる。

 単なる偶然? でも、ここまで偶然が重なるというのも少し考えづらい。ならやっぱりブルームに誘導したと考える方が自然だけど、わざわざ鱓野さんに何回も通話かけてまで海老原さんがブルームに行きたがった理由って何?

 そもそも、何で彼が前回来たことも、あたしたちがバイトしていると教えたことすらないブルームの存在を知っているの? 真璃愛さんが店主さんのことを知っているような口ぶりをしていたのも、何か関係ある?

 だとしても……2人はいつ、どこでブルームのことを知ったの?


「そんな注文いっぺんに叶えてやれる店なんてブルームしか心当たりねぇから、ここ連れてきたんだけど──あ! エルちゃん、まーた難しい顔なっちゃって〜! はいっ、俺らといる時はそーゆー顔すんの禁止でーす」

「ふぎゅ」


 考え事に意識が持っていかれかけたところを、鱓野さんに頬を両手でむぎゅっと包まれ、引き戻された。

 彼の正面にいるとはいえ、よく見ているなぁ……話に夢中になっているかと思ったのに。


「ほーら、やっぱふにゃふにゃ顔の方が似合ってんよ、エルちゃんは! 紗蘭もそう思わねぇ?」

「エル先輩はどんなお顔でも素敵ですよ! それより、先輩のお顔で遊ばないでください。女性のお顔は繊細なんですから」

「はーいはい、分かりやしたよっと。ったく、エルちゃんに過保護だよなぁ〜紗蘭といい、海老君といい」

「別に僕は過保護じゃないですよ」

「うおぁっ⁉ ビビったぁ〜……戻ってきてたんかよ、海老君」


 ようやく海老原さん、それから真璃愛さんがお手洗いから戻ってきた。

 ……単に用を足していただけにしては、ちょっと時間かかっていた気がする。いや、普段どのくらいの時間かけるかまでは覚えてないけど。流石にそんなことまで手帳に書いたりしないし。

 

「ふふ、過保護じゃないなんて、一体どのお口が仰るんでしょう? エル先輩に一番甘いのは君なのに」

「む……紗蘭には言われたくないさ。事実、君ほどではないよ」

「俺からすりゃあ、どっちも人のこと言えた義理じゃねぇっつーのぉ」

「おかえり、海老原さん。時間かかってたみたいだけど、どこか具合悪い? 大丈夫?」

「ん? あ、いや、そんなことないよ?」

「ちょっとね、先に別の人が入ってただけだから、心配しなくて大丈夫よ。ありがとう、エルさん」

「……そっか、分かった」


 ……どうもまた取り繕っているというか、何か隠そうとするような言い方なのが、ちょっと気になるけど。

 席に着くと同時に海老原さんはカルーアミルクを一気に飲み干すと、グラスを置くより早く口を開いた。


「そうだ、あとでグループチャットに送ろうと思ってたことがあるのだけど、ちょうど全員揃ってるからここでいいかな」

「? 何かあたしたちに用事あるの?」

「今月の……そうだな、今週末辺りにみんなでどこかに遊びに行かないかい?」

「…………えっ?」

 

 急なそのお誘いに素頓狂(すっとんきょう)な声で聞き返すほど驚いたのは、あたしだけじゃなかった。全く同じ反応を、鱓野(うつぼの)さんと紗蘭(さら)さんも返していた。唯一、真璃愛(まりあ)さんだけが欠片も動じていない。

 今週末って言うと……あと数日もなかったような。これまた急なお誘いだな。


(……あれ? 10月にみんなで遊びに行くって、前回もそんなことあったよね……)


 ぼんやりした記憶の糸を辿っていった末、確かに思い出した。あれは10月半ばを過ぎた辺りの休日のことで……鱓野さんたちの休学前にみんなで遊んだのは、それが最後だった。

 でも、待って。あの時って確か……。


「……なー海老君(えびくん)、やっぱ熱あるよな? 今からでも帰った方がいいって、悪いこと言わねぇからさぁ」

「流石に心外ですよ、遊びに誘っただけで体調不良を疑われるのは」

「そのレベルで飯も遊びも誘ってきたことねぇって自覚持てよ! ……分かった、熱じゃねぇなら何か変なモン拾い食いしたろ!」

「してませんよ、鱓野先輩じゃないんですから」

「俺だってしませんけどぉ⁉ 海老君の中の俺ってそんな意地汚ぇの⁉」

(じん)君が意地汚いかは置いといて、今週末とはまた忙しないですね、私は平気ですけど。どこか行きたいところがあるんですか?」

「いや、んー……そういうわけではないんだよね、実は」

「何だよ、ノープランかよ〜。じゃあさ、あそこ行かねぇ? 先週から駅ビルん中の催事場でやってる展示! ちょい前から気になってたんだよなぁ〜俺!」


 あ、やっぱりそうだ。10月半ば過ぎに、鱓野さんが言っている展示会にみんなで行ったやつだ。普段行くゲームセンターみたいな遊び場とは毛色の違う場所だったからか、よく覚えている。

 ……前回、このお出かけに誘ってきたのが、海老原(えびはら)さんじゃなくて鱓野さんだったことも。

 10月半ば過ぎは来週末なのに、前回誘わなかった海老原さんが、前回より1週間早い段階で誘ってきている……。

 やっぱり、海老原さん自身の意志で前回と違う行動をしているとしか思えない。今日、突然図書館に現れたり、自分をブルームに連れて行くよう鱓野さんを誘導したように。


(正直、まだ憶測混じりな部分もあるけど、言った方がいい……のかな。あたしが前回の記憶持ってるって……)


 海老原さんが何を目的に前回と違う行動をするのかは分からないけど、何にしたって海老原さんも鱓野さんたちに死んでほしくないはずだ。あんな塩っ気の強い態度を取っていたって、こうして一緒に行動するくらいには情があるんだから。

 海老原さんは誰にでも優しいけど、誰とでも仲良くしているわけじゃない。でも、あたしたちの誘いには何だかんだ言いつつ大概は付き合ってくれる。海老原さんから誘ってくることがないだけで。

 海老原さんも記憶があるなら、協力してくれるかもしれない。鱓野さんたちを助けるために。彼なら自宅に篭っていたあたしよりも、前回の情報を持っている可能性だってある。


(……でも、あたしは前回、結果的にとはいえ海老原さんの目の前で死んじゃったんだ。あんな絶叫させるほどのこと思い出させて、その上で協力してほしいなんて、そんな虫のいいこと言うのは流石に、ね……)


 何より、そんなこと言って海老原さんの気分を害して、嫌われたりなんてしたら──。

 ……どの道、鱓野さんたちがいるここでタイムリープの話をするわけにはいかないんだ。一旦やめよう、考えるのは。

 

「駅ビルの展示ですか。僕も気になってはいますが、今回はそことは別の場所がいいなって……」

「あら、気になっているのにですか?」

「行く店といい今といい、やけにわがまま言うじゃん。なぁに〜? 今日はかまちょの気分なワケぇ?」

「別にそういうつもりでは──ああ、そうだ、エル」

「へっ?」

「君も思わない? 遊びに行くところ、展示以外のどこかがいいって」

「あ、あたし……?」


 何の前触れもなくそんなことを聞かれて、この上なく戸惑った。身構える間もなく話振られたからというのもあるけど、それ以上に……。


(何でここまで展示に行くの嫌がるんだろ、海老原さん……)


 他に行きたい場所がないのに、わざわざそこをピンポイントで避ける理由なんてある? 実は前回も行きたくなかったとか?

 いやでも、前回の海老原さんは、むしろ展示に誘ってきた鱓野さんよりも楽しんでいた。何ならお土産コーナーで図鑑買っていって、海老原さんがオカルトじゃない本買ったって、鱓野さんにいじられてたくらいなのに──。


「ほらもー、お兄ちゃんが急に話振るから、エルさん困ってるじゃない! 行かせたくないにしても、もうちょっと他になかったの?」

「えっ?」

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