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暗澹たる泥中から  作者: 金萌 朔也
第3章 卒爾たる変転
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第1話 目立つ姿のあの子


 鱓野(うつぼの)さんと紗蘭(さら)さんが迎える未来を変えるため、あたしができることは何をやってでも足掻いてみよう。そう決めた数日後、あたしを待っていたのは……。

 前途多難と呼ぶにふさわしい問題の山だった。

 何でそんなことになっているのか、理由は至って簡単。


「……分かんないことだらけだよ……」


 そう、分からないことだらけ、というかほぼ何も知らないのだ。今こうして、大学の図書館で頭を抱えているくらいには。

 そもそもの話、あたしは前回の鱓野さんたちに何が起こったのか知らなさすぎる。

 2人が休学した理由、クリスマスのこと、鱓野さんは誰に殺されたのか、紗蘭さんの死は事件なのか事故なのか、そもそも2人が死ぬ前に何があったのか。起こった事件の概要は知っていても、その原因などは恐ろしいほど知らない。

 それは手帳を読み返してみても同じだった。その日あったことを簡単に書き留めただけの日記じゃ、出来事の整理はできても原因の推測までは無理だ。


(誰かに聞ければいいんだけど、そんなのもっと無理だし……)


 前回の記憶を持っているのは、観測できる範囲という前提ではあるものの、恐らくあたしだけ。周りの人からすれば記憶にないどころか、起こることすら知らない未来の話。

 それを「今年の年末に友達が死んじゃうんですけど、そのことについて何か知ってますか?」なんて聞き回ったが最後、頭のおかしい人扱いは免れない。下手をすれば実家に連絡が行きかねないし、実家に干渉されるのだけは避けたい。


(こんなことなら、せめて紗蘭さんのメッセージだけでも見ておくんだったな)


 あの時届いていたメッセージの中には、紗蘭さんからのものもあった。死の直前に送られてきたメッセージなら、紗蘭さんの死に関してだけでも手がかりがあったかもしれない。今となってはもう確認する術もないから、全部後の祭りだけど。

 ……そんなわけで行動を起こす前から割と八方塞がりなあたしは、せめてタイムリープの理由だけでも探れないかと、まずは図書館で本を読み漁っている。ここなら自宅よりも蔵書量が多いし、普段あたしが触れないタイプの本も置いてある。

 放課後直前の空きコマである今、図書館の利用者はほぼいない。だから、ある程度の量でも人目を気にせずまとめて本を手元に置いておける。調べものにはうってつけだ。

 ……なんだけど。


「はぁ……これもダメか」


 今しがた読み終えた本を溜め息と共にゆっくり閉じ、読了済みのタワーにまた積み上げていく。その内訳は全部、実際にあったらしいタイムスリップの事例やら、その方法やら……ざっくり言うならタイムトラベル系のオカルト本だ。

 いつも読む小説などの創作系はアテにならないと判断して、それよりかは現実味のありそうなオカルト系を選んでみたけど、眉唾具合で言えば大して変わらないと読んでから気づいた。

 10冊はあった未読本も、残り1冊。"タイムスリップと超常種"というタイトルのそれを見ながら、また浅い溜め息をつく。


海老原(えびはら)さんだったら、手がかりになりそうないい本持ってたりしないかなぁ……」

「ん? 僕が何だって?」

「だから、海老原さんならもっといい本持って──えっ?」


 何の前触れもなく背後から聞こえた声に慌てて振り返ると、あたしの顔を覗き込むように屈んで立っていた海老原さんと、至近距離でバッチリ目が合った。


「⁉」

「おや……ふふ、そんなに仰け反らなくてもいいのに」

「……の、仰け反るなって方が無理でしょっ。この前の鱓野さんじゃあるまいし、いたなら普通に声かけて……!」

「それはすまなかった。まさか本当に気づかれないとは思わなくて……ははっ。驚かせるつもりはなかったのだけどね?」

「笑ってる時点で説得力ないよ……」


 相変わらず反省が見えない謝罪を口にしながら、心底楽しそうに緋色の両目を細めて笑う海老原さん。

 ……そんな彼の真後ろには、実はもう1人いる。


「もー、お兄ちゃんったら。(じん)さんや紗蘭さんのこと、ちーっとも言えないじゃない。いつかエルさんに怒られても知らないわよ?」


 海老原さんの真後ろにいる、見た目10歳くらいのその子は鈴が踊るような可愛い声で、呆れを隠さず溜め息混じりにそう言った。

 海老原さんと同じミルクティー色のふわふわしたボブヘアーと、幼めな顔立ちが特徴的な、お人形みたいに可愛らしい女の子。でも、くりくりと丸っこい目と深い瑠璃色の瞳は、海老原さんの切れ長な緋色のそれとは異なっている。

 それよりも目を引くのは……彼女の背中から生えている、白い花弁(はなびら)でできた鳥の翼のような形のツヤツヤしたもの。それとよく似た質感の襞襟(ひだえり)、頭の上には青い3連の輪っか。

 そして水色と白のエプロンドレスを身に着けている胴体から離れて、バラバラ状態のまま宙に浮いている四肢。翼のようなものは実際に羽ばたいていて、彼女の体をふよふよと浮遊させている。

 海老原さんを兄と呼ぶ彼女……真璃愛(まりあ)さんは、海老原さんの肩に頬杖をつきながら、あたしに目線を向けてきた。


「エルさんも、たまには怒っていいのよ? お兄ちゃん、エルさんの反応が可愛いからって、すーぐ調子に乗るんだから」


 もう片方の腕で海老原さんの頭にチョップしまくる真璃愛さん。その度、手首につけている白蓮(びゃくれん)を花輪のように連ねたデザインブレスレットが揺れる。……けど、彼女のその手は海老原さんの頭をブレスレットごとすり抜けている。

 本来ならあるべき質量を感じさせないその様も、風変わりすぎる真璃愛さんの見た目も、あたしにとっては見慣れた日常だ。


「……エル、どうかしたかい? 僕の顔に何かついてる?」


 そして当の海老原さんは、キョトンとしながら自分の頬を中心に顔全体を探るように撫でている。その様子は真璃愛さんにチョップされていることどころか、真璃愛さんの存在すら意に介していないように見える。

 海老原さんどころか、カウンター奥の司書さんも、まばらにいる利用者も、誰も気に留めない。背中に翼らしきものが生えて、手足がバラバラのまま全身宙に浮いている幼い女の子がいるというのに。

 それもそのはず、真璃愛さんの姿も声も、知覚できるのはあたしだけ。周りの誰もが、真璃愛さんがいつも付き添っている海老原さんでさえ、彼女の存在には全く気づいていない。

 海老原さんの妹である真璃愛さんは、そんな人間離れした存在で、あたしの友達だ。


「……何でもないよ。ちょっと考え事してた」

「そうかい? ……ところで、君は何の本を……”タイムスリップと超常種”?」

「あっヤバ……」


 あたしが持っている本のタイトルを呟いた海老原さんの顔が、次の瞬間には一気に無邪気な笑顔になる。

 ぱぁっと効果音がついて花でも飛びそうな笑顔を前に、真璃愛さんは「あちゃー」と言った様子で額をチョップしていた手で抑えた。


「エル! ついに君もオカルトの良さに気づいてくれたんだね‼ ああ、この日をどれだけ待ちわびたことか‼」

「そんなわけないわよ! エルさんはお兄ちゃんみたいなオタクじゃないんだから! どうせ暇潰しか何かよ、目を覚ましなさい!」

「他に興味を持ったジャンルはあるかい? 都市伝説は? 超常現象は? 黒魔術は⁉ オススメの本が山ほどあるんだ、きっと気に入ってくれるだろうから、是非紹介させてくれ‼ 特に黒魔術とか、黒魔術とか、黒魔術とか‼ 何なら明日にでも手持ちの本全部持ってこようか⁉」

「だーかーらぁ、絶対違うってばぁ! 変に期待するのやめなって、何度言わせるのよ⁉」


 あたしの肩をガッシリと掴む海老原さんの両手からは、やっと得た同志を逃してなるものかという決意がひしひしと伝わってきた。頬を紅潮させるほどの興奮状態でまくし立てる海老原さんの脳天には、さっきよりも激しい真璃愛さんのチョップが雨のごとく降り注ぐ。

 今日は賑やかだなぁ、兄妹揃って。真璃愛さんはいつものことだけど。

 ……いや、そんな呑気なことを言っている場合じゃない。


「海老原さん、落ち着いて……! ここ図書館だよ、騒いじゃダメ」

「あっ……」


 カウンターの方から咳払いが1つ。見てみると、司書さんがジトーッと睨んでいた。海老原さんは「すみません……」とか細い謝罪を呟きながら、司書さんに頭を下げる。


「エルも、すまない。君がやっと同じ趣味に目覚めてくれたのかと思ったら、つい舞い上がってしまって……」

「ああ、うん……。追い打ちをかけるようで悪いけど、オカルトに興味湧いたわけじゃないの。ちょっと調べ物があって……」

「そんなぁ……」

「ご、ごめん……」

「ほーら言ったでしょ、期待するなって。お兄ちゃん、もう数え切れないくらいフラれてるんだから。ていうか図書館で騒ぐなんて、読書好きが聞いて呆れるわ!」


 口を尖らせながら海老原さんにお説教する真璃愛さんだけど、騒いでいたのは真璃愛さんもなんだけどなぁ。でも、あたしにしか聞こえてないからセーフか。


「それで、海老原さんは何で図書館に?」

「うん? ……ああ、僕も同じだよ。ちょっとした調べ物さ」

「そっか。あ、だったらここの本使う? もう読み終わったから」

「ありがとう。でも、今日はオカルトじゃないんだ」

「オカルトじゃない……? 海老原さんが……?」

「そんなあからさまに怪訝な顔しなくても。僕だってオカルト以外を読む時くらいあるのだよ」

「日頃とさっきの行いの賜物(たまもの)でしょ。お兄ちゃんがオカルト以外にも興味あるとか言われても、私だって信じられないもの」

「まぁともかく、僕は自分が使いたい本を取って来るよ。ついでにその読み終わった物、元に戻しておこうか?」

「あ、ほんと? じゃあ、お願い」

「ああ」


 10冊近く積んだ本をいっぺんに持ち上げた海老原さんは、その重さを感じさせない足取りで本棚の隙間に消えていった。

 細身な割に力は結構持っている方なんだよね、彼。鱓野さんほどじゃないけど。

 

「エールさんっ」

「?」


 振り向くと、真璃愛さんがあたしの左肩に両手と顎を置いてニコニコしていた。

 彼女のふわふわな髪と襞襟があたしの頬を撫でるけど、質量を持たない彼女のそれは、ただすり抜けていくだけ。

 周りを軽く見回して誰もこっちに注目してないことを確認したあたしは、真理愛さんに向き直って小声で話しかける。


「……どうしたの、真璃愛さん。何か嬉しそうだけど」

「嬉しくもなるわよ。こうしてエルさんとゆっくりお喋りできるの、結構久しぶりなのよ?」

「確かにね……最近、海老原さんの側にいないこと多いし。今朝会った時も、そのブレスレットが光ったあと、どこか行ってたもんね」

「ああ、これ? 主様(あるじさま)が私を呼び出すと、その印として光るのよ。全く、人使い……じゃなくて神使(しんし)使いが荒いったらないわ、あの神様。人に憑依してる以上身動き取りづらいのは分かるけど、毎度呼びつけられる方の身にもなってほしいものよ!」


 あたしの肩から離れ、白蓮のブレスレットをいじりながら愚痴りだす真璃愛さん。不満げに口を尖らせてはいるけど、その表情はどこか「仕方ないのだから」と言いたげな、そんな慈愛のようなものも見て取れる。

 ……真璃愛さんの言う主様とは、彼女が仕えているらしい神。つまるところ真璃愛さんは神の遣いのようなもので、そういう存在のことは神使(しんし)と呼ぶらしい。彼女のように、背中に翼みたいなのが生えていたり、頭に輪っかが浮かんでいるのが特徴なんだとか。

 神使になるのは主に動物霊だけど、稀に人間霊も選ばれる。真璃愛さんの四肢がバラバラなのは、死んだ時の姿がこうだったから。……全部、真璃愛さん本人から聞いた。

 一体何があったら、10歳くらいの女の子が今際(いまわ)(きわ)にそんな姿になってしまうのか……。そこまでは流石に踏み込めなかったけど、未だに気になってはいる。


「今日はもう呼ばれないと思うから、調べ物が終わったらいっぱいお喋りしましょ! ねっ!」

「あ、ごめん。この後バイトあるの」

「えーっ⁉ そんなー! 主様を除いたらエルさんしかお喋りできる人いないのに、私は誰に愚痴ったらいいのよー! ねーねーねー!」


 あたしの首に両腕を巻きつけ、空中で足をジタバタさせる真璃愛さんが可愛らしくて、手が自然と肩に乗ったままの彼女の頭を撫でる。

 触れられないから撫でた感触はお互いないけど、真璃愛さんは頬を膨らませつつ、じゃれつくようにあたしの手に頭をぐりぐりさせてきた。可愛いなぁ。

 

「ごめんね。明日その主様に呼ばれなかったら、お話ししよう?」

「むぅー……約束よ? 明日こそいっぱいお喋りしてよ? 主様に呼ばれたとしても特急で帰ってくるから!」

「うん、約束ね」

「やった、ありがとう! ……あっ、ごめんなさい。すっかり調べ物の邪魔しちゃったわね」

「大丈夫だよ、今から読んでも時間足りるから」


 とはいえ、放課後まであと少し。今日のバイトは紗蘭さんと同じシフトだから一緒に行こうって約束しているし、早めに読もう。

 表紙を開いて目次へ、目次をめくって本編へ。パラ、パラと一定リズムでページを進めていくあたしの手元を、真璃愛さんが小さく唸りながら覗き込んでくる。


「いつも思うんだけど……エルさんのそれ、本当に読めてるの?」

「速読のこと? 当然だよ。読めなきゃ速読じゃないよ」

「私なんて、さっきから数行追うので精一杯なのに……やっぱり文字だらけの本は苦手だわ……。エルさん、本当に無憑(むつき)? 実は異憑(いつき)の能力だったりしない?」

「残念ながら無憑だし、そんなピンポイントな能力聞いたことないよ。真璃愛さん、霊憑(たまつき)だったなら分かるでしょ?」

「霊憑って言ったって憑依させてたのは生きてた頃の話だから、ほんの数年くらいよ? 神使になってからは魂だけの存在だから憑依させられないし、能力も使えなくなったもの」

「あぁ……そうだったね」


 真璃愛さんは霊憑だけど、真璃愛さんも種族に囚われず付き合える友達の1人。というより、種族を知る前に神使だと知ったから、種族云々よりもそっちの印象が強くてあまり意識してないっていう方が正しいかも。

 まだうんうん唸ってる真璃愛さんは一旦置いておいて、あたしはあたしのペースでどんどん読み進めていく。

 ……とは言っても、書いてあるのはタイムスリップとは何かとか、胡散臭さの方が勝つタイムスリップ事例とか。今回のタイムリープの原因に繋がる情報は載ってなさそう。

 これもハズレっぽいな……と心の中で溜め息をついた時、ふとある見出しが目について、ページをめくる手をピタリと止めた。


「……”タイムスリップを起こすのは超常種(ちょうじょうしゅ)かもしれない”……?」

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