卒業を互換させる
社会の歪から日夜編み出される有象無象のハラスメント対策に、無料メールマガジン日刊ハラスメントニュースは非常に有効だった。だった、という過去形の言い回しの理由は想像力の範囲内にきれいに収まるほど単純で、同メルマガの内容が世間の常識からすると不純で遺憾とされ、廃刊の憂き目に遭ったからだ。一般的注目を浴びてからでは遅い。例えば、メッセージのやり取りでのビックリマークの多用が過剰なストレスを与えたり、体温を低下させるジョーク、おはようございます、お疲れ様でしたという挨拶さえ注意を要するため使用頻度を下げる勧告がなされたりした。
もう過去ログでも確認できないが、予告なく廃刊となる何回か前の号外に、日刊ハラスメントニュース自体が倫理に抵触するという告発に対する応答文が掲載されていた。未来予告とも受け取れるその内容は、普遍的な用語を用いることによるしか、苛烈な状況を表現できない今を如実に表していた。
ある上場企業に勤めていた人物が出世レースから外された挙げ句、業績不振の責任を押し付けられ、クビを宣告されることがよくある、という話題が振られていた。
「卒業式はないくらい、突然に卒業が起こるかもしれない。未来のことは誰にもわからないけれど、……」
この文章は、暗喩的なものを交え、皮肉と諧謔とユーモアと突き抜けすぎて解釈の余地を拒絶するようなところまであるが、暗号解読ツールを用いれば、二段階を経て簡単に解ける。
「送別会の企画自体存在せず、即日解雇、つまりクビを通告されるかもしれない。未来のことは雇用主にしかわからないけれど、……」
以上が第一段階で、以下が復元された本文である。
「告発者は匿名かもしくは権力者側と結びついている有力団体のため、予告なく廃刊となるかもしれない。未来のことは圧力に屈しやすい配信サービス業者の体質を見ればわかるけれど、……」
メールマガジン業界からの卒業(=廃刊)、ハラスメント対策からの卒業(=終了)、会社からの卒業(=クビ)、あなたからの卒業(=離縁)、人生からの卒業(=あの世への参入)、ラジオ番組からの卒業(=大人の事情だ、察しろ)というように卒業という単語はじつに懐が深い。さらに、成長したから、十分学んだから、もうたくさんだからという意味があるが、事情や背景を明かせない場合は曖昧な表現技法として有用なのだ。