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君と彼の話

作者:

 君と彼が出会った日、君は、道を歩いていた。

 田舎の道だった。車は滅多に通らないから、道路の真ん中を歩いていても誰からも怒られなかった。車どころか人とも滅多にすれ違わなくて、君と歩いていると、世界はとっくに滅亡していて、君と私しか残っていないのではないかと思うほどだった。

 その日はうだるような暑さの夏の日で、空には大きな入道雲がかかっていて、日差しは私たちに容赦なく降り注いでいた。君は白いワンピースに麦わら帽子で、その格好がひどく似合っていたのをよく覚えている。私はというといつも被っている黒いキャップにTシャツとデニムという簡素な格好で、君と並ぶにはアンバランスだった。それを気にしたわけではないけれど、私は君の少し後ろを歩いていた。君と私の間柄は所謂幼なじみ兼友達というやつだが、私は大抵、いつも君の斜め後ろにいた。何故、と問われると少し困る。私が君に引け目があったわけでもないし、君が私にそうしろと言ったわけでもない。

 ただひとつ言えるのは、この話において私の立ち位置はここで正解だった、ということだ。

 君の方が前を歩いていて、その上視力も良かったから、何かを発見するのはいつも君だった。クラスメイトから咲きかけの蕾まで、君は何でもいち早く見つけた。


 そして、その日君が発見したのが、彼だった。


 彼は見たことのない少年だった。丁度夏休みなので、祖父母の家に遊びに来たとか、そんなところだろうと私は推測した。歳は私達と同じか、少し歳上に見えた。髪型も服装も、詳しくない私が見てもお洒落だなと思うもので、この辺りには居そうにない、都会の空気をまとった人だった。

 君は、こんにちは、と気負いの無い声で挨拶をした。知らない人と話すとき、最初に話し掛けるのは君の役目だった。彼は目を見開いて驚いた。君は未だに、あの時の彼は知らない人がいきなり挨拶をしてきたことに驚いたのだと思っているが、私はそうじゃないと知っている。彼は、君のあまりの美少女ぶりに驚いたのだ。

 そう、君は可愛かった。いや、今でも可愛い。けれど、あの頃は色々な意地の所為で素直に『可愛い』とは言えなかったから、今言おうと思う。君は、可愛かった。地元の学校で1番というだけではなく、都会からスカウトが来る程の可愛さだった。

 やがて、彼は君に挨拶を返した。私も一応ぼそぼそと挨拶はしたのだが、彼の返事は明らかに君だけに向けられたもので、彼の視界には既に君しか映っていないようだった。それはそうだろう。私が彼でも、私と君が一緒に居れば君の方に目が行く。

 君はにこりと笑って名乗った。私は君の後ろに居たから顔は見えていなかったのだけれど、そこは長年の付き合いというやつだ。顔が見えなくても表情くらい分かる。

 君の笑顔に、彼の顔が赤くなった。

 ――あ、落ちたな。

 そう思いながら、私は冷めた目で彼を見た。人が恋に落ちる瞬間という、普通ならかなりの希少価値を誇る場面を、私はそれまでに何度も目撃していた。君の斜め後ろで、決して当事者にはなれないのだろうと悟りながら、何度も。強いて言うなら、この時の彼は垢ぬけた雰囲気があるぶん多少新鮮だったかもしれない。君の可愛さはこういう女慣れしてそうな人にも通じるんだな、と思った気もする。

 曖昧にしか話せなくて申し訳ないが、この時の私は目の前の2人が気になって自分の心境を記憶する余裕が無かったのだ。まあ、これは君と彼の話なのだから、私の感情や感傷なんてものは端折っても問題ないだろう。

 とにかく、私は彼が君に一目惚れしたことを察知し、傍観者の枠をはみ出そうと決めた。君に近寄る有象無象を蹴散らすのは、昔から私の役目だったからだ。使命感と虚しさが同時に襲ってくるこの役目を、しかし私は放棄しようとは思わなかった。

 私は彼に話し掛けた。恐らく名前を言ったのだと思うが、要は彼に私の存在をアピールできれば何でも良かった。そうすれば彼はあからさまに邪魔臭そうな顔をして、君は彼から離れると予想した。君は可愛いしお人好しだけど、馬鹿じゃない。人の悪意にはむしろ敏感な方だった。そして、私を邪険に扱う人を許さない。自意識過剰ではないと断言できる。その揺るぎない想いが、私を君の傍に繋ぎ止めていたのだから。

 しかし、予想は外れた。

 彼は、私にも笑顔で挨拶を返したのだ。

 その瞬間を今でも覚えている。彼にとっては何気ない一言だっただろう。けれど、君にとっては何かが変わった瞬間だった。後ろから見ていても分かった。なにせ、長年の付き合いというやつが、私と君にはあるのだ。

 そして、君以上に、私は衝撃を受けた。

 私の感情や感傷など、この話には要らないと先程言った。実際、そんなもの本来は要らないのだろう。だがこの話の語り手はやはり私なのであって、私には君の感情はある程度読めても彼の感情など分かるはずもない。だから、私自身の想いが混ざってしまうことをどうか許して欲しい。

 その時湧いた感情を、何と表現すればいいのか、私は未だにわからない。けれどそれでは伝わらないから、無理矢理言葉を捻りだしてみようと思う。

 さて、前置きが長くなったが、その感情は、多分。


 ―――諦め、だった。


 彼は祖父母の家に遊びに来ていたわけではなかった、と知ったのは、彼との別れ際でのことだった。いつまでいるの? と尋ねた君に、彼はずっといると答えた。家庭の事情というやつで引っ越して来たのだと言った。

 君は詳しいことは訊かなかった。ただ、のんきそうに、じゃあ同じ学校に通えるねとだけ言った。その言動が君の聡さの上に成り立っていることぐらい、私じゃなくても分かっただろう。

 隣同士の家の前に帰ってから、君は私に、いい人だったねと笑いかけた。君は私のこともいい人だとよく評するけれど、それとはニュアンスが違った。これはきっと、私だから分かったのだろう。

 じゃあ、バイバイ、ゆうちゃん。最後に私の名前を呼んで、君は私と別れた。

 申し遅れたが――



「ねえ、何書いてるの?」

「おわっ!? お前、いつからそこにいたんだよ!?  ――どこまで読んだ!?」

「まだ最初の方だけど……読まれちゃまずいものなの?」

「いや、そういうわけじゃねーけど……」

「じゃ、いいじゃん。で、何書いてるの? その『君』ってわたしの事?」

「お前の披露宴で読むスピーチ」

「ああ、それで『私』とか言ってるんだ? でもそれ、書き直した方がいいと思うよ?」

「何でだよ」

「だって妙だもん。小説みたい。一人称が『私』なら、せめて敬語は使おうよ。あと、わたしの事『君』って呼んでるのもおかしいし。相手が『彼』なら、普通『彼女』でしょ? それから……」

「あー、わかったわかった。ちゃんと書き直すから、これはこれで最後まで書かせろ」

「まぁた妙なとここだわるんだから」

「いいだろ別に。ほれ、愛しの彼が待ってるぞ。デートなんだろ? 早く行け」

「はーい。それじゃ、完成したら読ませてね」

「書き直した方をな。これはダメ。さっさと捨ててぇし」

「えー、ゆうちゃんのケチ」

「あと、もうすぐ結婚する妙齢の女性が幼なじみの男をいつまでもちゃん付けで呼ぶな」

「ハイハイ。それじゃ、行ってくるね、ゆうちゃん」

「………ったく。ありゃ直す気ねーな。…………さて、と。さっさと書いて捨てるとするか。……そのために書いたんだもんな」



 申し遅れたが、私の名前は松村祐太郎。

 昔、君に少しだけ恋をした、しがない一小市民である。

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