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一年間付き合ってた彼女に「これドッキリよ。私達付き合ってさえもいないわよ」と言われた俺は……


 初めて彼女と出会ったのはマンションの裏手にある夜の海浜公園だった。

 とても気持ちの良い場所で、俺のお気に入りの公園。俺にとって最後の夜。

 ジャージ姿で海を見ながら鼻歌を歌っている彼女が立っていた。


 高校で同じクラスの三宅みやけ芽衣子めいこ


 特に仲が良いわけでもない。挨拶もしない仲。二言三言義務的な話をしたことがあるだけだ。


「……ん? あんた同じマンションなんだ。この時間にいるってことはそうでしょ? ねえ、暇だから話し相手になってよ」


 俺と目があった三宅に言われた言葉。その時何を喋ったかよく覚えていない。


 だって、俺達が付き合ってからもう一年も前のことだ――





 俺、葛葉くずのは林太郎りんたろうは三宅に振られた。

 いや、正確には付き合ってさえもいなかった。


 いつもどおりの日常。HRが始まる前の時間。何事もない学校生活。彼女である三宅との朝の登校。

 こんな生活がずっと続くと思っていた。


 三宅は席につくなり深呼吸をして妙な笑みを浮かべていた。

 そして――


「今日で付き合って一年たったじゃん。あのさ〜、ぶっちゃけて言うと、私達が付き合ってるのってドッキリなんだよ。嘘告白で嘘カップルってやつ?  別にあんたのこと好きでもなんでもないけど、罰ゲームだから仕方ないでしょ? ほら、学生のアレってやつ?」


「……どっきり?」


 教室がにわかにざわつく。「どっきり?」「マジで?」「いやいや、マジで付き合ってただろ?」「三宅なら有り得そう……」「葛葉君可哀想……」「うお、クズ男が振られてやがんの! ざまぁ」「芽衣子、ちょっとひどくない?」「ていうか、誰よ、罰ゲームなんてしたの」「あっ、もしかして私達のゲーム? でも……」


 三宅は涼しい顔で周りを煽る。


「はいはい、うっさいわね。ていうかただのドッキリだから笑いなさいよ! いい、私はこんな男のこと好きでもなんでもないから。ただの義務で付き合って……、ううん、付き合ってさえもいなかったんだから! まあ陰キャの葛葉はこの一年間、超絶美少女のワタシと一緒に入られたんだから感謝しなさい! ああ、もう、うるさいわね、トイレ行ってくるわ」


 三宅が席を立つ。どうやら三宅の発言からドッキリは本当のことみたいだ。自分のことなのに赤の他人のことのように思える。

 人を好きになることがなかった俺が初めて好きになった人。


 走りさる三宅の背中を見ながら思い出が湧き上がる。


 あの公園で何度も三宅と出会った。他愛もない話をした。

 花火の日、二人で公園から見ていた時――


『あ、あんたさ、わ、私と、付き合って……、う、ううん、なんでもない』


 学校でも三宅と喋るようになり――


『ちょっと、私達付き合ってるんだから一緒に登校するんだから! 先いかないでよね! あっ、ね、ねえ、あんた昼ご飯っていつも購買のパンでしょ? お、お弁当、作ってきたんだ』


 付き合って、デートをして――


『ああん、もう! あんた笑いなさいよ。暗いのよ、陰キャなのよ! 私の隣歩くんだからおしゃれしなさいよ。ん? 服がない? なら一緒にララポに行くわよ。……デ、デート? そ、そうよ、初デートよ!』


 そんな日常が俺にとって眩しくて、宝物のようで――


『ひぐ、ひっぐ、映画、超良かったね。……え? なんで泣いてるかわからない? あんた朴念仁なの! あのね、確かにホラー映画だったけど、あの極限状態の中のロマンスに心響かないの!? まあいいわ、喫茶店で延長戦するわよ』


 ずっと一緒にいると思っていた――


『うぅぅぅ、私、バカだったんだ。あんた、結構頭いいのね。テストやだな〜。ねえ、勉強やめてゲームしようよ。……ん、同じ大学に……、ん、そうだもんね、よし! 頑張るわよ、私の本気見せてあげるわ!』

 俺の灰色だった青春が色づいたんだ。


 三宅の背中が教室から見えなくなった。

 思い出がシャットアウトされる。頭が切り替わる。生まれて初めて嫌な気持ちというものを感じた。

 胸の中がぐちゃぐちゃだ。何がいけなかったかわからないけど、多分俺のせいだ。

 だから、全部自分のせいにして、好きだったことを忘れればいいんだ。


 きっと時間が自分を癒やしてくれる。隣の席のボブが『お前ならすぐに可愛い彼女できるだろ! ていうか、三宅ひでえな』と言ってくれる。

 次の彼女……。


 俺はただ頷くことしかできなかった。



 ****



 月日は人の感情を置いて過ぎていく。

 三宅はクラスでうまくいっていない。人が変わったみたいに粗暴になり、友達が離れていった。

 学校もたまにしか来なくなった。


 三宅の彼氏でなくなった俺は、新しい友だちが増えた。

「ねえねえ葛葉君、今度カラオケ行こうね!」「葛葉〜、お前陸上部入れよ。私も嬉しいからさ」「葛葉さん、よろしければ昼食ご一緒しませんか? 執事のセバスが作ったアフタヌーンティーもございましてよ?」


 クラス委員の南城さん、陸上部のキャプテンの出雲さん。自分のことを令嬢と言うクリスティーヌ山田さん。


 他にもいろんな人が話しかけてくれる。

 でも、俺の心が埋まらない。なにかぽっかりと穴が空いたままだ。

 ドッキリだと言った時の三宅の顔は笑っていた。……でも、なにか違う。俺にはまるで泣いているように思えたんだ。


 だから俺は――


「ごめん、ちょっとやることが出来たからまた今度ね」


 たとえ三宅から嫌われていたとしても。

 三宅の彼氏じゃないとしても。

 もう付き合えないとしても。


 あの時、あの夜、海浜公園で、三宅と出会って俺は救われたんだ。

 何もない奪われていくだけの人生。そんな生活に嫌気がさして死のうとして、それでも生きる目的が出来て。


「だから、それでも――」


 足を踏み出していた。




 ****




 三宅芽衣子。

 あんまり良い人生を送れなかったかな。それでも最後の一年間はすっごく楽しかった。楽しくて楽しくて……、自分が死ぬことを忘れちゃった。


「ごほっ、ごほっ……、ああ、もう。嫌だな。早く死なせてよ……」


 生まれた時から身体が弱かった。頑張って生きてきたけど、高校入学した時に医者から余命一年って言われた。

 余命は伸びるかもしれないけど、誤差の範囲。私は絶対に高校を卒業できない。


「あーあ、葛葉と一緒に卒業したかったな」


 葛葉のことを想うと胸が痛くなる。

 大好きで大好きな私の自慢の彼氏。いつも仏頂面してるのにたまに見せる笑顔が超可愛くてかっこよくて……。

 そんな大好きな葛葉を自分から振った。


「ああ言えば私が悪者になるもんね。私のこと嫌いになるもんね」


 葛葉に嫌われるのはすごく苦しい。……本当なら死んじゃう私が葛葉と付き合っちゃ駄目だったんだ。

 あんまりにも楽しすぎて余命のことなんて忘れそうになって……。


 病室から見える海。

 住んでいた東京から離れて伊豆にいる。


「これでもう私が死んでも誰も悲しまない。うん、準備万端、いつでも死ねるもんね」


 言葉に出さないと重圧に押しつぶされそうになる。

 死ぬのは怖い。それよりも、葛葉が悲しむ姿を見るのが一番苦しい。


「あはは、私のバカ……。それならなんで付き合ったのよ……。ほんと、バカなんだから」


 気持ちが止められなかった。隠し事をしている自分が嫌だった。葛葉が悲しむのがわかっていたのにどうすればいいかわからなくなっちゃった。


 でも、これでもう終わり。私はここで一人で死ねば――


「ん? なんか部屋の外が騒がしいな。ちょっとうるさいわよ! こっちは余命わずかなのよ! 静かにしなさいよ!!」




 ドタバタドタバタ。足音と人の声が聞こえる。

 私の部屋の扉が開かれる。顔が見えたのが警備員さんとお医者さん。


「き、君、許可がないものを病室には……」「このクソガキ、言う事聞きなさい!!」


 え……、なんで? ずっと夢見ていた顔がそこにあった。

 警備員さんとお医者さんにもみくちゃにされている葛葉。あんな必死な顔見たことない。


「三宅っ!! 話を、俺と話を――」


 でも、絶対駄目なんだ。ここで彼の心を折らないと、嫌われないと、じゃないと、葛葉は、優しい葛葉は悲しんじゃう。だから――

 ありったけの侮蔑の表情を浮かべて――なのに……。


「三宅、俺はお前に嫌われようが、余命がわずかであろうが、そんなのどうでもいい!! 俺は最後まで芽衣子のそばにいる!!」


 私の心が折れた音が聞こえてきた。

 それまで我慢していたなにかが崩れ落ちる。顔がグシャグシャになっていくのがわかる。なのに頭は冷静で……。


 私はお医者さんと警備員さんに声をかけて……。


「林太郎……最後にお話しよ」




 *****




 奇跡なんて起きない。

 それでも神様はほんの少しだけ私に時間をくれた。

 体調もすごく良くなった。学校には通えないけど、近くまでなら歩くこともできる。

 きっと精神的なものなんだよね。

 生きる気力が身体に影響するって初めてわかったんだ。



「えへへ、あの時が最後じゃなかったね」


「当たり前だ。俺達約束しただろ、一緒に卒業するって」


 夜風は身体に悪いから、昼の公園。あの日みたいな日常。

 私にとってとっておきの宝物。


「でもさ、葛葉って本当に私のこと大好きなんだね」


「……癪に障るがそうみたいだな。というか、芽衣子は本当に馬鹿だ。俺がお前を嫌うと思ったのか?」


「うっ……、反省してます……」


 私が病室にいた期間、葛葉は色んなことをして私の場所を探し当てた。

 私はちゃんと葛葉と向き合うことにしたんだ。

 嫌われるのは逃げだったんだってわかった。


「でもさ、私死んじゃうんだよ?」


「別に人はいつか死ぬ。期間の長さの問題じゃない。その時に誰が隣にいるかが重要なんだ。俺はお前のそばにずっといる」


「なら、私もギリギリまで頑張っちゃおうかな! わがままいっぱい言うよ?」


「構わない。それが青春ってやつなんだろ?」


 葛葉の顔が日に照らされて光って見えた。なんか、うん、かっこいいな。


「ん? どうした? 笑ってるぞ」


「ううん、なんでもないわよ!? あ、あのさ、手、繋がない?」


 葛葉は少ししゃがんで私と手を繋ぐ。

 心地よい無言の時間がすぎる。

 そして、どちらからともなく手が離れ、葛葉は私の車椅子を押す。


「……約束だよ。悲しまないでね」


「ああ、約束する」




 ***




 そして、月日は流れる。

 あの公園から海を見ている。


「芽衣子、ごめん、嘘ついた。悲しまないって約束だったよな。……無理だよ」


 芽衣子は卒業式のあと、眠るように亡くなった。

 最後は笑顔でいつもどおりで――


 俺も笑顔で見送れたはずだ。

 悔いなんてない。なのに、心が荒れ狂う。


 それでも、あの思い出が、笑顔が心にある限り悲しみに押しつぶされることはない。



「芽衣子、ありがとう」



 こぼれたそれは感謝の言葉だった。



(完)

読んでくださってありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
悲しいですね、向こうの世界でも楽しくやってください
正直に言うと、この結末は好きではない。 でも、きっとこの2人は幸せだったはずだし、幸せであって欲しいそう願う終わりでした。
うさこ先生の作品でザマァじゃないだと!? めっちゃ感動作品あざっす
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