第2話 学校のアイドル
その日の休み時間。
トイレへ行こうと廊下に出た俺は、廊下の一角が騒がしいことに気付いた。
見やれば豪気が、一人の女子生徒に絡んでいた。
「なああんた、ダンジョン攻略とか興味ある?」
「え? わ、私ですか?」
「ああ!」
「ごめんなさい。私……あんまりそういうの、わからなくて」
女子生徒は、苦笑いしながら一歩下がる。
ああ、これ完全に迷惑がられているな。
ていうか、あの子めっちゃ可愛くないか?
そんな風に思った、そのとき。
不意に、遠巻きに見守る男子生徒達の会話が聞こえてきた。
「おい、豪気に絡まれてる子誰だ? めっちゃ可愛くね?」
「バカお前知らねぇのかよ! 高嶺乃花って言や、内部進学組じゃ知らねぇ人はいねぇ山台のアイドルだぞ!」
「山台のアイドル?」
「ああ。去年の“ミス☆山台コンテスト”でミス山台に選ばれた、超絶ウルトラ美少女ださ。しかも親は県議会議員で実家も金持ち! もちろんスポーツ万能で頭脳明晰。あまりにもハイスペックすぎて、ついた二つ名は“高嶺の花”!」
いや、そのまんまじゃねぇか。
俺は思わず心の中で突っ込んでしまった。
名が体を表すとはまさにこのことだな。
しかし――学園のアイドルか。
改めて見ても目が離せないくらいの美人だ。
艶やかな長い金髪に、海のように深い青い瞳。雪も欺く白い肌。
女性らしい身体のラインを誇りながら、顔にはどこかあどけなさすら感じる可憐さがあり、見る者の心を掴んで離さない。
「しっかし、豪気のヤツも強引に誘ってんな。高嶺さんがダンジョンに興味あるわけねぇのに」
「あー、それはそうかもね。なんというか、あんなお淑やかな人がモンスターを倒す姿は、想像できないかも」
そんなことを言い合っていた男子生徒だったが、その声が聞こえたのだろう。
不意に振り返った豪気が、男子生徒達を鋭い瞳で睨みつけた。
「げっ、やっべ聞こえてた! 行くぞ」
「う、うん」
男子生徒は頬を引きつらせ、一目散に逃げていく。
豪気と高嶺さんのやり取りを見ていた他の生徒達も、巻き込まれてはかなわないとばかりに、そそくさと立ち去った。
「けっ。外野どもが。見せもんじゃねぇぞ」
「あ、あの豪気……くん? 私、このあと行くところあるから、そろそろ行っちゃダメかな?」
「待て。まだ話は終わってないんだ。あんたがウチのパーティーに参加してくれたら、士気が上がる。特に、今日の夜全国同時生配信で行われる“ダンジョン攻略タイムアタック大会”に欠員が出るのは避けてぇんだよ。それだけでペナルティになるからな」
「だったら、私なんかより適任の子がいると思うけど。ほら、ここは豪気くんみたいにダンジョン冒険者がたくさん集まる学校でしょ?」
「へっ、癪だがもう何人も声をかけたさ。けど、どいつもこいつもてんで話にならないザコばかり。むしろ足を引っ張られるだけだ。だったらあんたみたいな顔だけ可愛い守られ役ヒロインがいた方がメンバーの士気が上がんだよ」
「っ……そ、そうなんだ」
アイツ、自分がめちゃくちゃ失礼なこと言った自覚あんのか?
いや、無いんだろうな。なんせ、人の顔面にガム吐きかけてくるヤツだもんな。
そんな風に思っていた、そのときだった。
俺は、一瞬自分の目を疑った。
「だから、あんたに協力して欲しいんだ! 悪いようにはしないからさ、なあ!」
ずいっと身を乗り出して、しつこく勧誘する豪気。
そんな彼の右手にはスマホが握られていて――次の瞬間、あろうことか高嶺さんのスカートの真下に差し込まれた。
「なっ!?」
コイツ、よりによって盗撮してやがる!
普通に犯罪だぞ!
しかも、本人は気付かれていないつもりでやっているみたいだが、高嶺さんは頬を引きつらせて一歩後ずさっていた。
けれど、それを指摘できないのは、周りにたくさんの人がいるからだろうか。
「くそっ、あのゲス野郎が!」
なにが、「悪いようにはしない」だ。現在進行形で悪いようにしてるじゃねぇか!
俺は一瞬にして頭に血が上った。
なるべくコイツと関わりたくない、とは言ったがこれは見過ごせない。
「おい、お前!」
俺は思わずそう叫んで豪気を問い詰めようとして――思わず立ち止まった。
普通に話しかけに言っても、スマホをサッと隠された上で、暴言を吐かれるだけだ。それでは、なんか勝ち逃げされたみたいで癪である。
直接盗撮を指摘したら、大勢の前でそれをバラされる高嶺さんは恥ずかしい思いをするだろう。
だから、ここは豪気だけ恥ずかしい思いをして貰うように仕向けるのがベストだ。
俺はポケットからあるものを取り出した。
それは、プラスチックと弾性の高いゴム紐を組み合わせて作った、掌サイズの“なんちゃって弓矢”である。
まあ、見た目は弓矢だが実質的にはパチンコだ。
そのパチンコに、弾の代わりにさっき吐きかけられたガムをセットし、ゆっくりと狙いを定める。
狙う先は、スマホ本体とスカートの間。
この角度から僅かに見える、スマホのカメラレンズだ。
右手の人差し指と中指で弓幹を固定し、薬指でゆっくりとゴム紐を引き絞る。
ゴムが十分に力を貯めたところで、薬指を放し、力を一気に解放した。
「当たれ!」
パヒュンと風を切る音が鳴り、ガムの弾が一直線に飛び、スマホのレンズにべったりと張り付いた。
これでよし。
あとは、豪気を退散させるだけだ。
俺は、何食わぬ顔をして豪気の方へ近寄った。
「なあ、お前」
「っ!」
声をかけた瞬間、豪気はビクリと肩を振るわせてサッとスマホを引っ込める。
それから、首がねじ切れんばかりの勢いで俺の方を振り返った。
「はい! ……って、なんだよ。誰かと思ったらクソザコアーチャーくん(爆笑)じゃないか。俺に何の用だよ」
「その子が困ってるだろ? その辺にしといたら?」
「は? 何? お前、ひょっとしてナイト気取り? 女子の前で格好付けたいからって、身の程を弁えた方がいいんじゃねぇの、無能くん?」
ちっ、相変わらずウザいヤツだ。
が、この反応は想定内。だからこそ、俺はわざわざスマホのカメラを狙ったのだ。
「わかったら俺等の会話の邪魔すんな――」
「ん? ねぇ、そのスマホ……」
「っ! す、スマホがなんだよ……!」
「いや、カメラのレンズに何かがひっついてるよ」
「は?」
豪気は眉根をよせて、スマホを確認する。
「あ!? なんじゃこりゃ! ガム!?」
「うわ汚。お前、食べかけのガムをスマホにくっつける趣味あんの? バッチイな」
「あん!? ふざけんなテメェ、嘗めてんのかゴラァ! つーかよ、このガム俺がさっき吐き捨てたヤツだろ! テメェがくっつけたんじゃねぇのかよ!」
「は? 言いがかりはよしてよ。くっつけるにしても、いつくっつけるんだよ。さっき話しかけられてから今まで、一度もお前と接触してないだろうが」
「ぐっ……」
当然のように俺を疑う豪気だが、まさか弓矢でガムをひっつけたなどとは思うまい。
言い返せない豪気に、俺は更に追い打ちを掛ける。
「でも、ガムがひっついてると、写真撮ったときにどう映るんだろうね? 試しに撮ってみてもいい? スマホ貸してよ」
「あ? 貸せるわけねぇだろ!」
「ふ~ん、さてはエッチな画像とか保存してんな? それとも、他人に見せられない法に触れるようなマズい画像があるとか?」
「っ!! あるわけねぇだろ!」
豪気は顔を真っ赤にして叫び、乱暴にスマホをしまうと、逃げるようにその場を去って行く。
とりあえず、成敗は完了だな。
これ以上この場にいる理由もないため、俺も踵を返して立ち去ろうとして――高嶺さんに呼び止められた。
「あ、あの……ありがとうございました」
「ん? ああ、別にお礼を言われる筋合いはないよ。俺はなんもしてないから」
「いえ、助けてくださったじゃないですか。百発百中の弓使いさん」
「……え?」
俺は一瞬呆気にとられた。
まさか、俺がガムを飛ばしたのを見ていた……?
が、それを確認する前に、彼女は深くお辞儀をして去って行った。
そして――一人取り残された俺の耳に休み時間の終了を告げるチャイムが届く。
「……あ! トイレ行ってねぇ!」
その日。
俺は、次の休み時間までトイレを我慢する地獄の1時間を過ごすことになった。