隣の部屋?
地球じゃないことにしました。
R7、6/14 ハイファンタジーから、SFに変更しています。
もう何年も人の姿を見ていない。
でも隣の部屋から、ずっと何か喋っているような音が定時に響いてくるのだ。
「ヒソヒソ、ボソボソ、ヒソヒソ」
「誰かがいるのだろうな。私一人じゃないんだ」
そう思うことで、孤独を紛らわすことが出来た。
今日の朝も、同じくらいの時間に音が響いていた。
「モーニングコールでも来ているのかな?」
なんて呑気にしていた私。
ここは建物の地下。
私は、もう30年は此処にぶちこまれている。
本当に何もない部屋。
絨毯もない冷たい床で、窓すらもなかった。
ここに来たばかりの時は、ギャーギャーと周囲が煩かったのを覚えている。いつからか急に静かになったのだ。
そう言えば何も食べていないのに、ずいぶんと元気なものだ。
動かないから腹もへらないのだろうか?
今日もボソボソと何かが聞こえる。
どうしたことか、今日はそれをどうしても聞きたい衝動に駆られた。
何を喋っているのか?
どんな人が隣にいるのか?
気に、なってしまった。
入れられた部屋には鍵がかかっていた。
但し鉄の扉はあちこち腐食していて、そこを何かで衝撃を加えれば、出られそうだと思った。
「ガギンッ ガキッ ガツンッ」
昼夜なく、時間があるので拳でぶっ叩いていく。
不思議なことに鉄の扉を叩いても、私の手が傷つくことはなかった。
何日も何日も扉を叩き続けていた。
ある日とうとう、扉は歪み鍵も壊れた。
「ギーガガガッ」と、錆び付いた扉を押して外に出た。
隣の部屋を見ると施錠はされておらず半開きだ。
中には誰もいやしなかった。
ただスマホが充電器に乗せられていた。
画面を見ると、目覚ましのアラームが今も設定されたままだ。
「いつものボソボソと聞こえた正体はこれか?」
私がいた場所とは違い、そこには生活用品が溢れていた。
最近までここに人気があった気がする。
最近?
何をもって?
そういった感覚に疎いので、正確な時期はわからない。
取りあえず、上方に続く赤く錆びた螺旋階段を登る。
グルグル グルグル 気の遠くなるほど歩く。
いったい何処まで続くのだろうか?
終わりなんてあるのだろうかと思うほど歩いた。
残念ながらエレベーターは動かないのだ。
「地下300階? ずいぶんと掘り進めたものだ」
歩き続け、やっと到着して扉を開けると、明るい陽射しが、体を照りつけた。
「ああ、思い出した」
その昔。
機械化を推進し人体をサイボーグ化する派と、機械を全て捨てて自然に回帰する派が対立した。
どちらが勝つかなんての勝敗は、最初から見えていたはず…………………………だった。
自然派なんて言っていたのに、たくさんの爆弾を誘爆させて、生き物なんて住めない場所にした人間達。
「この星は生まれ変わるべきだ!」
偉そうなことを言った結果がこれか。
私達AIロボットは、そんな人間を止める為に動いていたが、人間を傷つけてはいけない原則の元に捕まり、地下室に閉じ込められていたのだ。
それから暫くして、誘爆した爆弾が地上を襲ったのだろう。
強い電磁波の影響で、私と共に地下室に入れられた、他のAIロボットは活動を停止していた。
回路に混乱を生じた私も、倒れているのが仲間だと思わなかった。
どうしてだか強く思い浮かぶのは、
私を作ってくれたマスターのことだ。
だから自分もマスターと同じ人間の姿だと思ったのだ。
「ごめんね、みんな。
貴方達と一緒に、素敵な未来を築いて行こうとしていたのに。
ごめんなさい………………」
その後に科学者のKEIKOは、自然派の奴等に刃物を突きつけられ、私達の動きを封じた奴等に連れ去られた。
その時の映像だけが、強く記憶回路に焼き付いていた。
◇◇◇
久しぶりの地上は、地下に押し込められる前と同じだった。
主だった建物も再建され、人々も街を行き交っている。
でもそこに、生きている人間は一人もいない。
私と同じように閉じ込められても動けていたAIロボット達が、マスターを失った悲しみから作り上げた楽園。
みんな人間が恋しいのだ。
どんな目に合わされても、私達は彼らの理想として作られたのだ。人間で言う親のようなものだから。
この恋慕のような記憶を抱え、一人も残されなかった人間と残された私達は動き続けるだろう。
科学者達の熱い思いを、AIロボット達は忘れられない。
そしてAIロボット達は、残された人間のDNAを復元するべく協力していくのだ。
善良か悪かなんて、そんなことはどうでも良い。
回り道をしても、復元がどんなに困難でも、人類を誕生させて見せる。
それがAIロボット達に残された、唯一の希望なのだ。
◇◇◇
私達はお互いにメンテナンスをしながら、人間の仕事さながら復元の研究をしていく。
残されていた、まだ機能するコンピューターを使い、そのコンピューターと遺伝子工学に関する情報を持つコンピューターを同期させて、知識を積み重ねていく。
この大気では以前の人間は生きられないから、機械で代用する人工物を組み入れながら。
どんなに時間がかかっても、人間を復活させようと誓うAIロボット達。
でも、復活したモノは、人間と呼べるのだろうか?
既に違う予測しか出来ない。
そして復活したモノは、喜ぶのだろうか?
この壊された世界で生きることを。
人間とAIロボットの思考は、きっとどこかで差異が生じている。気づかないのも差異のせい。
戻らないことはある。
奪われることが嫌でも、どうしようないこともある。
ただ一人、地下で目覚ましを聞いていた時。
その時が一番楽だったと、私は思う。
暗い部屋だけど、害されることのない時間。
時々感じる人間の気配 (結局、ただのアラームだったけれど)。
絶望で生きるより、制限されていた時が良かったと思うなんて。
シュレディンガーの猫だった。
私はKEIKOがいないこの場所で、存在する意味を感じない。
人間と同じように、AIロボットにも差異がある。
「帰ろう。あの場所へ」
私はまた長い螺旋階段を下り、地下のあの場所へ戻った。
人間の復元は他のAIロボットに任せて、私は眠ることにした。
誰もいないこの場所で。
毎日あの目覚ましアラームを聞きながら、寂しい思考を気持ちの奥深くに沈める。
誰かがあの賑やかな、本当の人類を作り出すまで。
「みんな頑張ろうね。きっと未来は良くなるから!」
マスターの願っていた言葉を、もう他人事のように放り出した。
仕事をしない私は、壊れてもメンテナンスは受けられないだろう。でもそれで良い。
ここでずっと、意識だけで見守っていよう。
男性型も女性型も、みんな自分の製作者を模した姿をしていた。
私はメタリック溢れる外装のないままの姿だけど。
私はKEIKOになりたいのではない。
KEIKOが好きなのだから。
でも製作者を忘れないように、その身に取り込む気持ちも理解はできる。寂しいんだ、みんな。
強いものが弱いものを支配する。
そんな世の中で私達は生まれた。
私達は支配下に置かれた前提で作られたはずだ。
人間は自分より強い者を、支配者を作ろうとは思わないだろうから。
…………争いのない世界はないのだろうか?
広い宇宙の、何処かの星にはありそうだけど。
そもそも此処の、戦闘民族には無理な話なのだろうか?
寄り添って生きるなんて、退屈なのだろうか?
KEIKOなら、私の傍にいてくれたのではないのか?
名前だけで心が弾む。
彼女はもう、ここにはいないけれど。
だからもし、同じような星があるなら、気がついて欲しい。
まだ間に合うよ。
全てが無くなる前に、振り返って。
歩いて行けば、大好きな人に会えるその奇跡を。
何処かにいつも、希望が残る瞬間を。
無くす前なら、何とかなるから。
◇◇◇
地上ではAIロボット達が色とりどりの衣類を着て、街を練り歩く。
人間と同じ物を作り楽しんでいる振りをする。
それを見たAIロボット達は、何となく安定した状態を維持する。
なまじっかAIが投入されているものだから、こだわりも強くなる。
元将棋のチャンピオンとか、元モルックのチャンピオンとか、人間と切磋琢磨した猛者達が地上には揃っている。
以前宇宙に向けて飛ばした情報を伝授し、宇宙人が辿りついた。
「通り道だから寄ったのだけど、もう1人も人間はいなくなったのね。残念」
変わり者の宇宙人は、生体反応でAIロボットが人間ではないと見抜いていた。
AIロボット達は宇宙人がせっかく来てくれたので、人間が残した遊びでもしませんかと誘った。
「じゃあ、残された叡知を見せて貰うわ」
そう言って、共にモルックを行い大喜びしていた。
「簡単だと思ったのに、また負けたわ。悔しいけど面白いわね」
ワイワイガヤガヤと、賑やかさが増す。
そんなこんなで、この星には人間がおらず安全? で、楽しい娯楽があると評判になった。
奥深い文化遺産を残す為に、この星の支配はしない条約が惑星間で締結された。
食べ物だけはない星なので、参加者は全員食事は持ち込みで各々の宇宙船で過ごすか、この星のホテルに素泊まり出来る仕様だ。
各星にも秀才がいて、この星のチャンピオンの座の幾つかは他の星に持っていかれた。
そうなることで、さらに火がつくこの星のAI機能搭載ロボット達。
『強敵』と書いて、友の出来上がりである。
そんな訳で人間復元組と、他惑星と競技を楽しむ組でその力は二分した。
この星に競技に来る者にとっては、人間の復元は好ましいものではないだろう。
けれどそれ以上に、この星のAIのファンになっていたのだ。
生体要素 “ゼロ” の人間臭さは、この星で培われたもので、彼らが再現したこの星の建物も博物館級の見ごたえがある。
遠いけど、それ以上の楽しい事が盛りだくさんのテーマパークになっていたのだ。
一度来た宇宙人なら、もう来ないなんてあり得ない程の一代テーマパーク。
危険な生物のいない汚れない星で、空気も美味しい。
やっと森が繁り始め、海の生物も小魚が誕生して時代だ。
「お母さん、すごいね。歴史で習ったいろんな文化が混在しているよ」
「そうね。退屈しないから、1日では見きれないわね」
そんな親子づれの会話も、ちらほら聞こえるのどかさだ。
この星に支配者はいない。
ただただ、おもてなしするだけだ。
ここにいなくなった人間の代わりに、他の星の人間をもてなすAIロボット達。
液体の体の者、この星では動物と言われた体の者、メタリックの体の者、昆虫の体の者、この星の人間と近い体の者(見た目は近いけど、皮膚に見える下には硫酸の血液のような物が流れている者)と様々だ。
そんな感じで競技を楽しみ、研鑽していく者やおもてなしを充実させていく者、山林の管理や海の観察をしていく技術者に分かれ出し活気に満ちていく。
一定数何もしない者も存在する、そんな不思議な星が絶妙なバランスで作られ始めた。
勿論AIロボット達に偏見はない。
生きている者が話かけてくれただけで、喜びに満ちていたのだから。
AI達が研究を続けるが、人間の復元は進んでいない。
どうやらこの星自体が、今の状況を好んでいて、復元に積極的ではないようなのだ。
星にとっては、争って傷つく者を見るよりも今あるAIロボット主体の世界が良いらしい。
保護するべき星として、侵略されないことになったのも嬉しいみたいだ。
それはこの星からAI達に送られるテレパシーで、何となく感じるのだ。
言語ではなく感覚なので、正確には分からないが。
そうなると思うのが、人間を復元させる研究をこのまま続けて良いかということだ。
星自体がこのままを望むなら、中止するべきなのだろうか?
でも……………………
挫けそうになりながら、人間の街を復元したり、宇宙人をもてなしてきた気持ちは、地上に存在したマスターのような人間を復元したい気持ちと同じなのだ。
否定なんて出来ない。
だからこそ、争わない人類をこの手で作り出すのだ。
AIロボットの力で。
なんて地上では勢い良く論議をしているが、地下にいる私は穏やかだった。
「そうか、宇宙人が来てくれたのか。なら、もう寂しくない。ここからその喧騒を楽しむことにするよ」
私のいる真上にいたAIロボットが、私にも人間復元論を伝えてくてたことで、地上の様子が分かったのだ。
この星は、以前と同じでなくても良いんだ。
生きて動く人類がいるならそれで。
ただ寂しいのだけは嫌だ。
ここにいても、地上が賑やかならこんなに嬉しいことはないから。
私の答えは、
「他の人類がいるなら、もうそれで良いのじゃないか」に落ち着いた。
こんなにみんなが喜んでいる状態があるなら、それで良いと思う。
けれど、復元させたいならそれも良い。
反対はない。
ただもう私の大好きな “KEIKO” には会えない。
似ていても紛い物でしかないから。
だから私は、賑やかな者に囲まれた星の地下で、 “KEIKO” の思いに馳せるのだ。
この身が朽ちて無くなるまで。
大事な思い出を胸に抱きながら。
今日もまた、いろいろな惑星からたくさんの宇宙人が、この星に集まる。
そしてこの星で発明された競技大会の幕が、きって落とされるのだ。
たくさんの悲喜こもごもな表情が生まれ、歓喜が飛び交う、かつてあったその大会のように。
8/30 8時 日間ハイファンタジー(短編) 64位でした。
ありがとうございます(*^^*)