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27 「彼」について


 銀河君が顔を寄せてくる。耳に囁かれた。


「それで本当に己花さんのフリができてると思ってんの?」


 驚きで大きく目を開く。視線が合うと笑みを向けられた。


 バレていたんだ。未来に訪れるかもしれない嵐を予感して背筋が凍った……そんな時だった。



「好きです。……ずっと好きでした」



 口にしてしまい戸惑った。涙が零れる。


「ごめんなさい、……ごめんなさいっ……」


 視線の先にある地面へ、ポロポロと落ちていく雫を眺めながら思う。


『えっあっ…………えっ?』


 大変な事態に陥った。突如、自分の意思通りに体を動かせなくなった。


 今しがた何かに弾かれたような妙な気配があった。「私」が銀河君に告白するシーンをやや後方から見ているような……おかしな感覚を味わった。


 そして気付いた。先程から胸の奥がざわついていた正体に。


 銀河君の手の力が緩んだタイミングで「彼女」が「私」を動かした。あっと思った時には公園を走り抜け、坂を下っていた。






 誰かの「声」が聞こえる。「記憶」が私にも見えた。




 小学生だった頃の記憶だ。学校帰りに公園で落ち合い、彼の家にある本を貸してもらった事がある。


 読書に集中したい。そう思っているのに横に座る彼がこちらを向いていて落ち着かない。本を借りている身で厚かましいと自分でも思う。けれどつい睨んでしまった。


「綺麗だな」


 耳に届いた言葉は傷だらけで心許ない世界を震わせた。屈託なく笑っている相手を見つめ返した。温かく優しい日溜まりみたいだった。


 彼は花びらの事を言っているのだ。私の事じゃないと分かっているのに。



 ……やっと思い出せた。



 「彼」が私へ笑い掛けてくる。頭に付いた花びらを取ってくれた。


 私はこの時、恋に落ちた。



 だけど。いつからか……私と「彼女」の入れ替わりが多くなった。その為「彼」と会えない期間が長く続いた。








 泣いたままの状態で玄関の戸を開けた。


 気付かれないように部屋へ行こうとしていたのに兄と鉢合わせした。

 何があったのか問い詰められた。答えない私の両腕を掴んで聞いてくる。俯いて泣いているだけの私にしびれを切らしたのかもしれない。


「お前を連れて行く。一緒に暮らそう」


 兄の口調には断言する響きがあった。重たい瞼を上げ緩慢に身を起こし瞳を兄に向ける。内心とても驚いていたけどそれを「外」に表現するのさえ億劫に感じるくらい……別の案件と闘っていた。


 意識が浮き沈みしている。「彼女」との境界が曖昧だ。


「今の生活は楽しいか?」


 兄に問われて目線を下に逸らした。笑みを作る。


「うん」


 答えた直後、次の質問が来た。


「つらくないか?」


「……大丈夫だよ」


 返事をして笑った。俯いたまま考えている。


 お兄ちゃんは馬鹿だなぁ。私なんかに構っていないでもっと自分の為に時間を使えばいいのに。目が湿ってしまうよ。


 兄が側にいる。心強く思う。安心できる。……でも「恋」じゃない。


「本当に心から笑えているか?」


 鋭く切り込まれ言葉に詰まった。顔を上げて兄を見る。真剣な表情で見据えてくる。彼は「本気」なんだ。震えそうな唇を動かして尋ねた。


「さっき言ってた連れて行くって……学校は?」


「転校させる」


「そんなっ……私っ……あの頃よりずっと楽しいよ? 友達もできたよ。……好きな人も。彼と離れたくないよ」


「あの蒼って奴か?」


「う……」


 「うん」と言おうとしていたのに。和沙お兄ちゃんは続け様に言い放った。


「それとも銀河とかいうチャラそうな奴?」


 言葉を失った。呆然と兄の目を見返した。


「せめて、お前が幸せならよかったのに。悩んでただろう? お前はそれで幸せになれるのか? ……俺を頼ってほしかった」


 つらそうに俯く兄の肩に触れた。背を摩って伝える。


「いつも頼ってたよ。和沙お兄ちゃんは私を支えてくれたよ。今も。凄く嬉しいよ」


 兄の頭の側へ顔を寄せた。彼にだけ聞こえるように抑えた声で告げた。


「大好きだよ。でも……ごめんね。私が愛しているのは『彼』だから」


 顔を上げてくれない。兄の頭を抱きしめる。こんなに想ってもらえて私は何て幸せ者なんだろう。「兄の気持ちに応えられなくて、いつかこの日の罰が当たるかもしれないな」等と取り留めもなく考えていた。


「私……お兄ちゃんが告白してくれた日の事、一生忘れないと思うよ」


 目から雫が溢れ落ちるけど、今は仕方ない。瞳を伏せる。思い馳せた。


 静かに落ち込んでいる様子の兄を一階にいる弟に預けた。階段を上る。

 二階の自室へ辿り着いた。ベットに倒れ込み目を閉じる。



 桜の木の下、本を貸してくれたのは……紛れもなく蒼君だった。



「そっか……。そうだったんだ」


 独り呟いて笑った。安堵で涙が出る。


 今の私は混ざっている。「彼女」と。まさか私の方が普段の己花さんみたいな立ち位置になっていたりして?



「己花さん、どうして教えてくれなかったの?」


 気配のないもう一人の私を責める。


 「三人目の私」……「己音みおん」の記憶を見せてもらったから自分の誤解に気付けた。「彼」について、己花さんは銀河君から聞いていたのかな。銀河君と話をするように言ってくれたのも、何でだったのか今なら分かる。


 蒼君と銀河君が同一人物だったからだよね?


追記2024.11.14

「……」を「、」に修正しました。

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