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16 本当の彼


 七月になった。私は蒼君を避け続けていた。まだ、どうしていいのか分からなかった。だけど日曜になってバイト先の喫茶店に彼が訪れた。


 内心怯んだけど何食わぬ顔でテーブル席へ案内しようとした。移動する直前、手首を掴まれた。睨むような表情で言われた。


「話をしよう」





 バイトが終わってから桜公園で落ち合った。私が理由も告げず会うのを避けていたから怒ってるんだよね?



「前……銀河と会った日。銀河に何か言われた?」


 ベンチに並んで座ったところで、さっそく切り出された話題にドキッとする。


 本屋さんで絡んできた男の人に待ち伏せされていると不安だった頃、蒼君に相談し放課後迎えに来てもらえる事になった。でも約束の日、蒼君の代わりに銀河君が来た。その時に銀河君から聞かされた案件をずっと考え続けていた。


 蒼君には彼女がいる。彼女と一緒にいる事を優先させ迎えに来れないから代わりに銀河君が来た。……銀河君が教えてくれた。


「それを気にしてる?」


 蒼君が尋ねてくる。蒼君は銀河君が何を言ったのか心当たりがありそうな口振りだった。


「銀河と俺、どっちを信じる?」


 唐突に問われ思わず息を止めて蒼君の顔を見つめた。真っ直ぐな目を向けられていた。


「……蒼君」


 口にするとふっと笑われた。


「無理しなくていいよ」


「無理してない!」


 強く否定するけど無理していると自分でも分かっていた。抑えていた涙が零れてしまう。


「蒼君の一番じゃなくても私の一番は蒼君だから」


 自分の気持ちを言葉にする。本当は蒼君の一番がいいとか、ほかの女の子に目を向けないでとか叫んでいる心を隠して。



「銀河の事は少しも好きじゃない?」


 聞かれて目を見開いた。一緒に帰った日、銀河君に言われた『嘘つき』という響きが胸中に繰り返される。


「ごめんね。本当は……銀河君の事……」


 泣いてしまって続きを言えない。自分の偽りのない気持ちを告げる。


「蒼君と同じくらい好き」


 きっと初めて会った時から。


「でも私に好きって言ってくれたのは蒼君」


 蒼君に向き直った。泣きながらだけど精一杯伝える。


「『私』を好きになってくれてありがとう」


 彼は少し悲しそうに眉を寄せた。


「銀河に何を言われたのか分かってる」


 聞こえた直後、抱きしめられていた。


「馬鹿なの? 何で気付かないんだよ。俺、半端な気持ちで告白した訳じゃない。音芽ちゃんのほかに好きな人なんていない! ほかの奴なんていらない。音芽ちゃんが傍にいてくれるなら」


 ぎゅうっと強く腕に囲われて「彼の言葉が嘘だったとしても構わない」とさえ思った。


「俺の過去も未来も音芽ちゃんがいてくれたからあるんだ」


 ぽつりと言われた。何の事だろうと不思議に思った。


「本当はそこまで本が好きな訳じゃない。勉強だって嫌いだ。……何で俺が真面目なフリをしてるか分かる?」


 銀河君が話してた事は、やっぱり本当だったんだ。蒼君の告白に耳を傾けながらぼうっと考えていた。


「……全部、好かれる為。自分を偽って周囲……特に母に見放されないようにしてた。そしてずっと本を読んでたのは」


 体が少し離れた。俯いている彼は僅かに口元を綻ばせた。


「君のバイト先の喫茶店でも、本を読んでた事なんて一度もなかった。内容は全部別の場所で読んで、喫茶店ではただ本を開いているだけだった。本を読んでるフリで君が興味を示すって分かってたから」


 え?


「本当は俺、君の思ってるような奴じゃないんだ。がっかりしただろ? こんな俺でも……まだ好きだって言える?」


 どこか悲しげに微笑している瞳を見返す。


「君が好きだと言ってくれた俺のいいところは全部、嘘で塗り固められたものだった訳だけど……。銀河と同じくらいじゃなくなっただろう?」


「そうだね」


 涙を流しながら答えた。俯いている彼の頭を撫でた。少し短めの黒髪は細くて柔らかかった。微笑んで伝えた。


「私の為にそこまでしてくれて、本当にありがとう。もっと好きになったよ」


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