戦場にうかぶ月
ランク戦から1ヶ月すぎた頃、ユリア達はクレキア王国との合同討伐作戦に参加していた。ランク戦でナンバーズ入りした生徒は王家の騎士団とともに作戦に参加し、実践経験を積むことができる。今回は国境付近の集落が目的地なこともあり、クレキア王国との合同作戦だった。
ユティーヌ王国はクレキア王国とミロワール王国を隣国にもつ。もともと三国は友好な関係を築いていた。しかし先代の国王は好戦的で、権力を拡大しようとクレキア王国に侵攻した。クレキアの先代国王もこの機を逃すかと徹底抗戦、ユティーヌへの侵攻を始めた。そのため国境付近では紛争が勃発。人々の悲しみにより霊獣も増幅、力も増大していった。多くの民が犠牲になり、憎しみや悲しみは次の争いを生む。
その状況に耐えかねた各国の王太子、つまりは現国王が結託して謀反を起こし、紛争は終結したのだった。とはいえ無かったことにはできず、特に国境付近の民の隣国に対する敵意や自国への不満が残っていたり、霊獣も特に強靭で数も多く残る。しかし関係復興のためにも、合同討伐作戦や学園の交流会などクレキア王国との合流は増えていた。
その日の戦場はもう人が住めなくなった荒野と化しており、ユリアは確かにここで紛争があり、きっとたくさんの人が亡くなったのだろうと感じる。空気が重く淀み、あちこちに霊獣の気配を感じる。
ユリア達もそれぞれ部隊の一員に配置され決められたエリアの霊獣たちを討伐していく。
「さすがオリオール家のご令嬢。噂に違わぬお力で感服します。」
「いえ、学園では決められたルールの中でしか実践できないので、このような貴重な実践経験をさせていただき光栄です。」
ユリア達クリスタの実力は騎士団幹部にも匹敵し、一般の部隊員達からも認められている。
交代で休息を挟みながら進み、おおかた討伐し終えたと思われた時だった。
「うわあああー!」
「一旦ひけー!!退避!!」
近くを担当していたクレキアの部隊と思われる部隊員の悲鳴と退避を命じる声が聞こえてきた。その遠くにみえる部隊員達の後ろはそこだけ煙がかってよく見えない。ユリアが状況を把握するため、霊獣の姿をみようと目をこらす。
と次の瞬間、
"グアォーーーーー!"
雄叫びとともに正面から火炎がこちらに向かってくる。
ユリアはとっさに水と氷で障壁をつくる。正確には氷で全てを覆うつもりであったが、騎士団の隊員もまもるため効果範囲を広げたことで、間に合わず半分は水になってしまった。
こういうときあの二つ名がよぎる。とはいえ考えている暇はない。火炎放射の主である霊獣は禍々しい熊のようで一段と大きく、その霊獣を中心に背後にも多数の霊獣が見える。
「あの霊獣は火炎系の攻撃ですから私と相性がいい。あの相手はわたしがしますので、他の霊獣と負傷者の対応をお願いします。」
「ですがあなたはまだ学園の生徒で…」
「議論している暇はなさそうですし、わたしは団体で戦うことのほうが不慣れなので、騎士団の方々で連携していただいたほうが数を倒せるのと負傷者への対応も可能かと。」
そう言い残し、ユリアはその個体へと向かう。
向かいながらユリアは剣を抜く。普段は銃を携帯しているユリアだが、戦場では剣も所持している。フォルツの扱いだけでなく、公爵令嬢である彼女は身を守るためにも剣術の訓練も受けている。
霊獣の火炎をフォルツで打ち消しつつ、爪や牙による攻撃を剣で受け流す。体勢を崩した隙に切り込むが、体格が大きく核までは到達しない。
なら、とユリアは切り込む瞬間にフォルツを流し込む。剣は霊獣の左肩を斬り込み、氷の刃がその傷状に広がり心臓部の核がはじけた。が、このレベルの霊獣には核が複数ある。ユリアはそれに気づいており、部隊員達に影響が及ばないように霊獣をその場から遠ざけるように動ていた。
ある程度離れたことを確認したところでユリアは霊獣から距離をとった。移動していく中で、火炎を避けたりしていたため、周囲は燃え移った火が広がっていた。
ユリアは意識を集中させ、霊獣に銃を向け、つぶやきながら引き金をひく。
「flow…」
その瞬間、霊獣を中心にあたりが氷原と化す。
燃えていたところも含めてあたり一面凍りつき、霊獣もぴくりともできない。
「ふう。これ効力強いけどめちゃくちゃ疲れるんだよね。」
とユリアはゆっくりと歩いて霊獣に近づきその喉元にある残りの核に剣を突き刺した。
「!!」
しかし、弾けて消えると予想したそれは、暗い泥のようなものがぼこぼこと膨張したように膨れ上がる。
膨張したそれは次第に鬼のような形を形成する。
「おっと、これは…。」
"第二ラウンド開始ですか"と疲れが見え始めた体を再び臨戦体制に引き戻す。一度戻した銃に手をかけたときだった。
ーその瞬間、たしかにまだ日は昇っているというのにユリアは夜に瞬く光をみた。
目の前にいたはずの敵が弾けて、その男の後ろ姿が目に映る。
男が振り返り漆黒の髪が揺れる。
その夜を思わせる黒い髪の奥には、夜に浮かぶ月のような金色の瞳が、冷徹さと少しの寂しさを含んで輝いていた。