他国の影
その夜、学園の講堂ではパーティーが開かれていた。これは生徒の研鑽をねぎらい、ランク戦の勝敗による遺憾を軽減させるために毎回開かれる。
「なーんでこうなる。」
「別に離れてもいいんだぞ。あの人混みに対応し続ける気力があるならな。」
「…ルナ「はだめだ。他の男が寄ってくるだろ。というか俺たち以外にもその令嬢らしかぬ話し方と性格を見せれば自然と離れていくんじゃないか。」
ユリアはその憎たらしい幼馴染の男をジトッとみつめる。ランク戦のあの歓声からでも想像できることだがナンバーズ、ましてやクリスタは相当な人気があり、パーティでは少しでもお近づきになりたい生徒が集まってくる。それを避けるためにもユリア達は大抵集まってパーティーをやり過ごす。1人になれば多少は話しやすいのだろうが、ユリア達上位の生徒が集まっている場所は異彩を放っており、割って入っていくのは至難の技だ。
ユリアはランク戦の後は悔しくてシュウの顔はあまりみたくない。ルナとともにこの場を離れようと思ったがこの状況とルナの婚約者であるシュウがそれを許さなかった。ユリア達は貴族の中でも権力をもつ家系で政略結婚も多い中、この2人はお互いに惹かれ合う自他共に認める婚約者なのであった。ユリアがシュウのことを気に食わないのは親友をとられるこのことが原因の1つでもあった。
「なら俺とあっちの酒でも飲みに行くか。」
お気楽なハルトが声をかけてくる。この世界では14歳から社交デビューし、16歳からお酒も飲める。お酒にそれなりに強いハルトは普段も飲みに誘ってくる。そしてユリアが特段用事がなければ断らないことも知っている。
「よし。行こう。」
「いつものことだけど気をつけてよ。飲みすぎたからって治癒かけてあげないからね。」
「ルナは優しすぎ。あの2人はいつものことだろう。」
とシュウははやく2人の時間がほしいとでもいうようにルナの髪を掬い上げると口付けをおとす。
ユリアは、はいはいみてられない、と2人から離れるように美味しい食事とお酒を楽しみにハルトとその場を離れる。離れながらお互いを想い合う2人を見て、ユリアはどこか寂しい気持ちになるのだった。
「そういえば、兄貴から昨日の夜会の件。結局大した収穫はなくて、ユリアが遭遇したやつは逃げ仰せたみたいだな。」
昨日の夜会で捕えられた貴族たちは取り調べを受けた。一応遭遇者として確保した全員の顔と声を確認したがあの男はいなかった。
「そうね。だけど、わたしのことをあの名前で呼んだってことは他国の可能性もあるかなと思ってる。自分で言うのもなんだけど、この国ではもうその名前で呼ぶ人はほとんどいない。そして隣国とはいえ他国の貴族にこの名前がそこまで浸透してるかも微妙なところ。最近でこの名前で呼ばれる機会があるとすれば、交流会…」
「クレキア王立学園か…それこそ今度の討伐作戦に交流会。友好関係を修復中のクレキアとは接点は多いな。」
「要注意かもね。」
その後2人は仕事や嫌なことは忘れようとお酒と食事を楽しんでいたのだが、結局ハルトが勇気ある女子生徒に声をかけられたのをきっかけにユリア達は生徒達に囲まれることになり、お開きまで憧れの令嬢として粛々とした対応に追われることになったのだった。
そして不穏な空気を残したまま日常は過ぎ去っていく。