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8 完

「せっかくだから、このまま観光しよっか」

「かんこー?」

「うん。美味しい物食べたり、お寺観に行こう」


 そう伝えると、おはぎが瞳を輝かせた。


「おかし?」

「うん」

「おかし!」


 長岡京のお菓子で驚いていたおはぎだから、ここの種類を見たら飛び上がるかもしれない。おはぎと手を繋ぎ、京都駅に向かう。あそこなら沢山のお土産があるだろう。


「いや、それよりこっちか」


 駅への足を止め、急遽近くのコンビニに入った。和菓子よりも現代ならではのお菓子の方が衝撃度が高そうだ。


 ピロリロン。


「ぴッ」


 まず、おはぎは入店音で驚いていた。きょろきょろ辺りを見渡す。


「おと、だれ」

「これはね、録音、前に録ってある音を機械が流しているんだよ」

「きかい? むずかしい」

「あとで教えるね」


 おはぎは商品の種類にも、商品が入れられているパックやペットボトル自体にも目をパチパチさせていた。コンビニに停まっている車も注意深く見つめていた。


「車だよ」

「うし、いない」

「うん」


 お菓子コーナーでどんな味か説明する。しかし、長岡京に無かった味ばかりで、正しく伝えることが出来なかった。


「よし、気になるもの全部買おう」

「ぜんぶ? おかねは?」

「ふふん、実は現代ではわりとお金を持っているんです。好きな物選んで」


 桓武天皇にもらった品は国守のところに置いてきた形になったが、それが無くとも、独身で正社員の身分なのでそれなりに蓄えがある。


「これ」


 おはぎが選んだのは十数円で買える駄菓子だった。値段が読めるわけではないから本当に欲しい物を手に取ったのだろうが、可愛らしい買い物に父性がきゅんきゅんしてしまう。


「うんうん、美味しいよそれ。十個買おうか」

「じゅう!」

「あとはそうだね、この辺も美味しい。これは塩味であっさり。これもこれも」

「あるじ……おかね、たりる……?」


 思いつくままカゴに入れていたら、おはぎに涙目で心配されてしまった。そこまで金が無いイメージだったのか。確かにニートだったけれども。


「大丈夫。ここの棚にあるお菓子全部買ったって無くならないよ」

「あるじ!」


 感動したおはぎに抱き着かれた。今日まで真面目に働いてきてよかった。


「飲み物も買おうね」


 ペットボトルの水を二本カゴに入れる。本当はジュースにして美味しさを味わってほしいところだが、お菓子を沢山食べてその上ジュースも飲んだら、慣れていないお腹が驚いて体調を崩しても嫌だし虫歯も心配だ。おはぎのことは大切に大切にしたい。


──あやかしって虫歯になったりするのかな。


 もっと国守にあやかしのこと聞いて勉強しておけばよかった。現代に戻れるなんて夢のまた夢だと思っていたから油断した。


 とりあえず、この旅行が終わって帰宅したら、子育ての本と兎の飼い方の本を購入しよう。


「三千二百六十円になります」


 コンビニではあまり聞かない桁の会計を済ませ、ビニール袋をガサガサさせながら外に出る。


 完全に買い過ぎた。おはぎがいて調子に乗ってしまった。観光中に買う量ではない。


「あはは、ちょっと減らそうか」


 近くの公園のベンチに座り、最初に持っていた駄菓子と水を渡す。水が冷たくてまた感心していた。夏の井戸水もなかなかだったが、やはり冷蔵庫で冷やされたものは格別だ。


「おいしい! ぜんぶたべたい!」

「よし、旅館に行ったらお菓子パーティーしよう」

「やったぁ」


──旅館一人で予約してるんだった。まあ、小さい子ども一人なら追加料金払えば対応してもらえるだろう。


 念のため旅館に電話した後、少しだけ軽くなったビニール袋片手にパンフレットを開く。そこでタイムスリップする前にしようとしていた目的を思い出した。


「そういえば、平安京フェアに行く予定だったんだ。おはぎちゃん、ちょっと付いてきてくれる?」

「うん」


 だいぶくたびれたパンフレットを流し見て、フェアがやっているという東寺へ向かった。


「大人一枚、小人一枚お願いします」

「はい」


 チケットが珍しくて、おはぎはそれを大事そうに両手で持った。


 展示場ではないので大規模ではないが、平安京遷都に関するイベントらしく、この一か月程で聞き慣れた名前が載っている史料があって興味深い。やはり桓武天皇については詳しく書かれており、遷都理由は「早良親王の怨霊の祟りを恐れたため」とされている。清仁は安堵した。


『ふむ。我も歴史の一部になれたのなら本望』

「えっ」


 振り向く先には誰もいなかった。気のせいか。気のせいでないと困る。


「おっ清麻呂さん」


 和気清麻呂の文字を見つけて嬉しくなる。つい一時間程前まで一緒にいた男だ。平安京遷都に携わった人なので、清麻呂についても思った以上に史料が展示されていた。丁寧に一字一字追う。


「和気清麻呂の進言で、平安京へ遷都された。うんうん、そうだね合ってるね~。変わってない。歴史は軌道修正された。万歳俺」

「ばんざい」


 こうして体験したことが過去の出来事として展示してあると、少しずつ実感してくる。自分のミスを直しただけだけれども、何も変わらずここに立っていられるのは奇跡であると。


 清麻呂の生涯について簡単に書かれた文章を読み終わる。上には和気家に関する当時の資料や服が展示されていた。


「へ~、あ、あの朝服、俺が借りたのに似てる」


 楽しくなってどんどん見ていくと、最後にもっと見慣れた服が飛び込んできた。かなり破れて完全な形は保っていないが、冷や汗が溢れる程に見慣れたそれ。すぐ下に説明文があった。


『当時としては珍しい製法・形をしており、唐の技法を参考にしたのではないかと研究が進められている』


「あああ」

「あるじ?」


 口が情けなく開きっぱなしになる。おはぎも真似をして口を開けた。


「あああああああああ」


 気の抜けた悲鳴が漏れる。ついに清仁は頭を抱えた。


「――俺の甚平!!」


            了

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