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「なんだ、あれって洋服のこと」

「黙っておれ! こちらは必死なんだ。そこ、動くな」

「はぁい」


 大声を出されても、気が抜けた声しか出てこない。それもそうだ。帰って早々どうなることかと思いきや、清仁が持っている私服を着てほしいと言われた。家宝とまで言ってのけたTシャツが土に還ったことをまだ引きずっているらしい。


 そして何故か、和気清麻呂自ら筆を滑らせて、洋服姿の清仁をモデルに絵を描いている。Tシャツの思い出を形に残そうとしているのか。


 ちなみに、タイムスリップした日に着ていた服はそのまま鞄に放り込んだままだったので、綺麗なのはこの一着だけ。しかし、ここまで気に入ってくれているのなら、世話になっている礼として渡しても構わないと思った。


「それなら、これ、差し上げましょうか」

「いらん」

「え、いらない?」


 清仁は目を真ん丸にさせた。てっきり食い気味に喜ばれると予想していた。清麻呂は恨めしい顔をしながら言う。


「欲しいかと言われたら、全財産を投げつけてもいいくらいに欲しい。しかし、それが最後の一着なのだろう。なら、お前が持っていないと困る。未来へ帰る時に」

「清麻呂さん」


 突然の気遣いに涙腺が緩みそうだ。それならば、洗ってなくて今は臭うが、汚れた方の服を洗濯して渡したらどうか。


「よし、粗方描き終わった。私が死んだ時はこの紙とともに燃やしてもらおう」


 出来上がった姿絵を両腕で抱きしめる清麻呂。決して上手とは言い難いものの、気持ちの籠った素晴らしい絵である。清仁は思わず呟いた。


「お、重い……」

「それだけ大事だったのだ」

「…………」


 これはもう、絶対に渡した方がいい。清仁はそっと鞄の中に手を差し込んだ。


「あった。清麻呂さん、こっちのシャツ汚れてますけど、後で洗うのでこっちをもらってください」

「何! もう一着あるのか! 汚れていてもいい! ください!」

「あはは、慌てなくてもすぐ渡しますって。おっと」


 Tシャツに紛れていた充電石が足元に落ちる。それを拾おうとして、鞄のストラップ部分に躓いた清仁が石を踏んだ。


 瞬間、清仁が光輝いた。


「清仁!?」

「うわッ」


――眩しい!


 あまりの光に目を瞑る。


 次に目を開けた時に見たのは、照りつける太陽の元、じりじりと焼けたアスファルトと、近代的な京都駅だった。


「京都駅だ!?」


 右を見ても、左を見ても、唐由来の和服の通行人は見当たらない。雅にしゃなりしゃなりと歩く貴族もいない。


「なんで!?」


 清仁は、右手に汚れた服を掴んだまま叫んだ。その下には充電石が静かに落ちていた。石を拾い、ひっくり返してみる。どこも光り輝いてはいない。


「普通の石、だなぁ」


 しかし、これ以外に考えられない。もう一度踏んでみたが、景色が変わることはなかった。形が整っていて珍しい部類には入ったとしても、その辺に落ちている石と大差無い。何が違ったのだろう。記念に石をポケットに入れ、右手にあるTシャツを見つめる。


「渡せなかった。泣いてるかなぁ」


 鞄に仕舞い直すのが妙に不格好で笑ってしまう。ここにはもう、清麻呂も国守もいない。平和な日常に戻ってきた。戻ってこられた。ついに。それなのに、なんとなく心許ない気持ちになる。


「いやいや、全て上手くいった。俺のいるべき時代にも戻れた。言うことないくらいのハッピーエンドだろ」


 清仁が笑いながら肩を落とす。沢山の出会いがあった。別れるにしても急過ぎやしないか。中でも一番の気掛かりは、我が子と可愛がったあのあやかしのことだ。


「……おはぎちゃん」


 思わず呟くと自身の腹の辺りが僅かに光り、瞬きをしたら目の前に兎がいた。


『ぷ』

「おはぎちゃん!?」


 まさか、こんなことがあるのか。令和まで付いてきてくれたのか。自分のナカに入れてのが功を奏したか。


 おはぎが清仁に向かって飛び上がる。それをしっかり抱き留めた。嬉しい。一生守る。長岡京の忘れ形見だ。


「おはぎちゃん、この時代でも俺と一緒にいてくれる?」

『ぷ』


 清仁に呼応してか、おはぎが光り始めた。清仁が慌てて人通りの無い路地裏に走る。予想通り、おはぎが人型になった。清仁の服装に合わせて、おはぎも現代の服になっている。


「あるじ、おはぎといっしょ」

「うん、一緒だね」


 これからは一人暮らしだった部屋が賑やかになりそうだ。

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