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5

 天皇が終いにしようと話をまとめていたのに、清麻呂が急に立ち上がり、中庭を指差した。本当に気が触れてしまったのか。緩慢に外を覗いた清仁の顔色が青を通り越して白くなった。


「まだ陽が落ちる時間ではないぞ」


 外が暗いのだ。それはもう真夜中の如く。三人が駆け寄る。空がどす黒い雲で覆われていた。


「空が渦巻いている」天皇がぎゅう、と拳を握った。


「先ほどまでは青空だったのに」動揺を隠せないながらも、清仁は横の清麻呂を見遣った。


「これはまさに祟りかと……!」清麻呂の声が中庭に響いた。


 心なしか声が弾んでいる気がする。清仁は唾を飲み込んだ。しかし、ただの清麻呂にこのような天変地異を起こせるはずがない。ただ、この好機を見逃すのはあまりにもったいなかった。


「祟りだと!? でも、気にしなければ大きなことにはならないはずだ。きっと今回も雨雲が来ただけでは」

「天皇! あそこをご覧ください!」

「雲の中にヒトの姿が見えます!」


「あれこそ災いをもたらすあやかし! 早良親王の祟り!」

「なんだって!」


 早良親王の名前にはさすがに敏感に反応する。清麻呂の科白に便乗してそれらしいことを言ってみたが、確かにヒトに見える。あれはいったいどういう状況なのだろう。荒れた雨雲では全く説明がつかない。


『わははははは! 我を恐れよ! 全ては貴方が元凶!』

「えっ」


 どこからか早良親王の高笑いが聞こえた。清麻呂や桓武天皇の顔を窺うが、気付いた様子はない。清仁だけに聞こえるのか。きょろきょろ見回すと、庭の隅で早良親王が邪悪な笑顔を浮かべていた。


――絶対早良親王の祟りじゃないな。


 彼が呪える程の悪霊ではないと国守から言われていたが、こうして直接彼の本気を目にして実感した。祟りたい気持ちは伝わっても、技術が付いていかないようなそれ。まるで悪ぶっている中学生だ。彼を見ていると、なんとなく切なくなる。


――そりゃ嫌な目に遭った挙句、死んじゃったんだもん。親王が犯人かなんて知らないけど、もし冤罪だったとしたら成仏しきれないよ。


 最近は彼に対して謎の友情まで感じ始めている。話したことはないが同じ学年の悪くなり切れない不良みたいな立ち位置だ。


「よし!」


 それなら、彼の無念も連れて、桓武天皇にもう一度責務を負ってもらおう。


「早良親王……」

『はははは! そうだ、後悔するといい。早良親王を死に追いやった自分自身を!』


 項垂れる天皇と空の間に清麻呂が割って入る。清仁もそれに合わせ、並んで立った。


「あやかしめ。桓武天皇は都になくてはならない存在である。祟りならこの私にせよ!」

「わ、私も同じ覚悟だ!」

『清仁めッ。まだこの私に逆らうのか』


 二人の決意に、天皇が涙した。そして早良親王がいちいち五月蠅い。


「おお、和気親子……」


 その時、空が怒号した。気付いた従者たちもわらわらと部屋に集まってくる。


「天皇、ご無事ですか!」

「早くここから離れましょう」

「うわああ!」


 雷が落ちる! 誰しもが覚悟した瞬間、中庭に一人の男が現れた。


「青龍・白虎・朱雀・玄武・空陳くうちん南斗なんじゅ北斗ほくと三台さんたい玉女ぎょくにょ!」


『うわぁああああああ』


 陰陽師、国守だ。国守が空に向かって九字を唱える。


 するとどうだろう。あれだけ禍々しい装いだった空は、みるみるうちに萎み小さな塵となり、やがて消え果てた。ついでに早良親王も苦しみ出して消えた。額の汗を拭った国守が三人に振り返る。


「嫌な空気を察知し、馳せ参じました」


 腰が抜けた桓武天皇が、手だけで国守の方へ這っていく。さながら生霊のようだ。


「くく国守ッお前が葬ってくれたのか!」


 それに対し、頷きながらも国守が神妙な面持ちで伝えた。


「これでどうにか一時的には収まるでしょう」

「一時的……」


 天皇ががっくりと項垂れる。清仁と清麻呂がすり寄った。


「やはり遷都です! 祟りを逃れるためにはお早目のご決断を!」

「良い土地を存じております。是非そちらへ」


 何度目かの提案に、天皇がついに表情を崩した。


「そ、そうだな……それしかない。再遷都だ!」

「おおおおおお!」


 急な展開に、部屋にいた従者たちが慌てて散り散りに去っていく。他の者に連絡するのだろう。会議を重ねずトップの一存で決まった本社移転、サラリーマンの清仁は容易に想像がついて同情した。


 混乱に乗じて、清麻呂が天皇に声をかける。


「それでは、我々も準備が御座いますので、今日は失礼致します」

「おお、その時は頼む」

「はい」

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