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 二時間程経った頃、清麻呂に起こされた。仮眠のつもりがすっかり寝入ってしまった。


「我が子よ。そろそろ陽が落ちる」

「子どもじゃないです」

「まあいいじゃないか」

「いいですけど」


 こんなに近くで過ごしているのだから、好きに言ってもらって構わない。どうせこの時代には家族もいないわけで、こうして呼んでもらえる方が清仁としても嬉しくなる。しかも今日は二人で都を救ってみたりして、さらに距離が縮まったように思う。


「もう夕方ですか。国守さん怒ってるかな」

「あいつはいつも怒ってるじゃないか」

「辛辣」


 清麻呂は常に陽気なおじさんだが、何気なくひどいことを言う時がある。冗談なのか本気なのか、貴族のお遊びか。


 仙が騒いでいないので、どこにいるかは知っているかもしれない。少し皺になった服をそのままに立ち上がる。借りたものを皺にして申し訳ないが、ここにスチームアイロンが無いため勘弁してもらおう。


「今日は忙しかった。明日は欠伸をしながら過ごせるといい」

「確かに、被害が出なかったことが奇跡です」


 あまりの非日常的な光景に、夢だと思う程突然の出来事だった。笑いごとで済んでよかった。


「あのレベルの出来事が続くと、さすがに私も祟りを信じてしまうかもしれん」

「はは、まさか。そんなこと数年に一度起きるか起きないか」


 しかし、桓武天皇はまさにそのレベルが何度も続いたのだから、早良親王のことを疑っても仕方がないのかもしれない。彼の死に際の壮絶さもそれに拍車をかけている。早良親王も死ぬまで頑固を発揮しなくてもよかったのに。それだけ悔しかったのだろう、清仁が想像出来ないくらい。


 逆に考えれば、あれだけのことが起きて、あれだけ恨んでいて、それでも祟りを起こす程の悪霊に成れなかったことが驚きだ。同情してしまう。こんなことを想像していると知られたら、夢枕での悪態がさらにひどくなるだろう。彼には成仏するまで勘違いしたままでいてほしい。


「また明日すまーとほんを貸してくれ」

「公務ないんですか」

「午前しかない。午後行く。どうせいつも暇だろう」

「洗濯したら暇ですけど!? この時代ではニートでも立派に生きてますけど!?」


「にーととは?」

「何でもないです」


 勤続十年、必死にしがみ付きながら働き続けたのに、あっけなく日常が崩れることを知った。なりたくてなったわけではない。異なる生活をそれぞれ送る者同士、自分にしか分からない様々な事情がある。


「自宅を警備している人のことです。じゃあ、そろそろ帰ります」

「重要な役割なのだな」


 あまり深く考えないでほしい。見送りをしてくれるという清麻呂と一緒に外へ出る。屋敷の門が燃えていた。


「えええええ!」

「は…………?」


 二人して、呆然と炎を見つめる。数年に一度レベルの非日常が一日に二回来てしまった。


 目を擦っても、目の前の火は消えない。幻ではない。門が燃えている。


「も……燃えてる」

「何故だ! 私の屋敷がぁ!」


 衝撃的な光景過ぎて、何をしたらいいのか頭が混乱して思いつかない。その間にも火は少しずつ門を侵食していく。


「放火……?」

「誰かが火を放ったというのか! おのれッ私直々に裁いてやる!」

「それよりまずは火を消さないと!」

「そそそうか」


 消火に必要なのは水だ。近くの池を指差すと、清麻呂が両手で掬って門にかけた。


「そんなんで消えるかぁ!」


 まだボヤレベルだが、手に収まる量で消えるはずもなく。緊急事態で清仁も思わず清麻呂の肩を強めに叩いてしまう。


「人を呼んで来ましょう!」

「お、おお、そうだな。肩痛い」

「ごめんなさい! あ! 何人か気付いて来てくれましたよ!」


 わらわらと門に向かって来る従者が見える。十人弱といったところか。これだけいればどうにかなるかもしれない。従者たちが火を見とめて慌て、池の水を手で掬って門にかけた。


 ピチャッ。


 ピチャン。


「お前たちもかぁ!」


 思考が清麻呂とまるで一緒で清仁は叫んだ。


「服だ! 着ている服を脱いで池で水に濡らして、それを全員で門に投げればきっと消える!」


 大きなバケツもなく、手だけではどうしようもない。清仁の提案に賛同した者が次々に服を脱ぎ始めた。先陣を切った清麻呂が服を投げる。その下は下着代わりに身に着けている安定の甚平、袖から抜き取ったTシャツを手に持っている。


「皆、火を消すのだ!」

「承知致しましたッ」

「清麻呂様に続け!」


 門を覆う敵目掛けて、次々に服が投げつけられた。嫌な臭いを撒き散らせながら、それは段々と力を失くしていく。


 十人分の服が収まると、ようやく火が鎮火した。かに思われた。


「うわッ横の草に燃え移ってる!」

「私に任せろッ」


 清麻呂が走り寄り、持っていた服で火を強く叩く。


「消えたか!」

「清麻呂さんの服に!」

「清麻呂様が燃えるぅ!」

「うぉおおおお!」


 消火に使っていた服に火がついてしまった。清麻呂は池へ飛び跳ね、そこに服を浸す。


「はぁ……はぁ……ッ」


 清麻呂から一年分の汗が吹き出る。周りにいる清仁たちも同じだ。


「消えた……」


 今度こそ、本当に消化された。充実感で清麻呂の体温が沸騰する。


「ふう。清仁、私はやったぞ! 屋敷を守った!」

「清麻呂さん……」

「どうした清仁。あまりの出来事に言葉も出ないか」


「そ、それ」

「へ」


 清仁の指差した先、清麻呂は己の両手で持つものを見た。そこには無惨にも焼け焦げた、びしゃびしゃでボロボロのTシャツが握られていた。


「わ―――――――ッッッ!!」

「わ――――――ッッ」

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