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 二週間が経った。状況は特に変わっていない。チラシを見ても京都は隣都のまま。現代に戻る方法も分かっていない。それならばいっそ、このままでもとまで思うようになった。いやしかし、これだけの大変動が起きたのならば、自分が生まれない未来だって考えられる。偉業を成し遂げた人も、大発明をした人もいなくなってしまうかもしれない。


 ここで過ごすしかないにせよ、京都を復活させることは絶対事項だ。


 白澤のお告げらしいことも特に起きず、平和な毎日が続く。この間立派な大根も収穫した。おはぎと一緒に大根を掘り、大根の煮物や汁物を作った。


 相変わらず国守の家で世話になっており、金を稼げない代わりに洗濯や掃除を手伝っている。稼げないといっても桓武天皇からもらった品があるので、万が一国守の家が傾いたらそれで立て直してもらおうと思っている。


 家事も今では長岡京の主婦並になったと自負している。洗濯機やロボット掃除機が無くて苦労したが、国守による優しい優しい指導により、一人でも行えるようになった。


「ありがとう。仙さん」

『清仁があまりに間抜けだからだ』


 雑巾の布を取ってくれた仙に礼を言う。距離を取る言い方は変わらないが、大分仲良くなれたと感じる。手伝ってくれているのだから、きっとあちら側も悪いようには思っていない、と思う。そうだといい。


 ちなみに、早良親王はいなくならず、今も定期的に表れては喚いて帰っていく。

 電波に乗せた嫌がらせは無くなったが、一週間に一度は夢枕に立つし、散歩をしているといきなり現れたりする。恨みつらみを言われても、こちらはなんの謂れもなく、手助けの一つも出来ないのに。もしかしたら、すでに関係者各位には護符が配られていて、新参者の清仁にしか憑りつくしかないのかもしれない。迷惑千万、さっさと成仏して頂きたい。


 庭の水まきをしていたら、清麻呂がふらりと現れた。


「おはよう清仁。散歩に行くぞ」

「お早う御座います。またお供の人置いてきたんですか。そろそろ泣かれますよ」

「いいんだ。行こう!」


 何がいいのかさっぱり理解しかねる。いいのか悪いのかは従者が感じるものだろう。


 二人の横を仙が通り過ぎる。仙も散歩に行くのだろうか。思う間もなく、狐は姿を消した。清麻呂は狐に気付かず歩き出した。それに続く。


「おはぎ。息災か」

「そくさい」

「ははは、そうかそうか」


 人懐こいおはぎは、一緒に住んでいない清麻呂にもすっかり懐き、こうして他愛もない会話をする姿はまるで祖父と孫だ。


――貴族はのんびりしているなぁ。


 毎日せっせと朝から晩まで働かなくてもいいそうで、こうして清麻呂は二日に一回は清仁を散歩に誘ってくる。その中で現代の質問を沢山されるものだから、彼は相当な令和マニアとなった。スマートフォンの使い方もお手の物だ。


「ほれ、お菓子をやろう」

「おかし」


 さっそく甘やかしが始まった。上げ過ぎないように伝えているのに、毎日お菓子を上げようとしてくる。


「もう、また。おはぎちゃん、手を拭いてから食べようね」

「て、きれいにする」

「えらいえらい」


 綺麗になった手を見せてくるおはぎの頭を撫でる。食べ過ぎはよくないが、お菓子を食べているおはぎが可愛くて何個でも食べさせたくなる。清仁も必死に自分を殺しておはぎのお菓子の量を調整しているのだ。


 改めて三人で歩き出す。清麻呂が両手を差し出した。


「貸してくれ」

「いいですけど」


 会えば毎回スマートフォンを強請ってくるので、貸すのもすっかり日常になってしまった。存外大切に扱ってくれているのが救いか。落として画面が割れるくらいは覚悟していた。


「今日は何を撮ろうか」

「もう千枚いってるんでそろそろ勘弁してください」

「まだまだぁ!」


 自撮りしているおじさんを生暖かく見守る。清麻呂が令和に生きていたなら、きっと自撮り棒片手に毎日楽しく過ごして、SNSにアップしまくる。


「おっとと、危ない」


 腕を振った際、清麻呂の袖から布がちらりと覗いた。


「それ、まだ持ち歩いてるんですか。失くしますよ」

「失くすものか。和気家の家宝だぞ」

「和気家可哀想」

「かわいそう」


 一枚あたり六百六十六円の家宝。いそいそと仕舞う清麻呂が嬉しそうなので、もう何も言うまい。


「おや」


 スマートフォンの画面を見つめていた清麻呂が空を見上げる。次いで、清仁も上を見た。黒い雲がもやもやと、長岡京を覆っていた。


「雨が降りそうだ」

「急いで戻りましょう」


 そう言っている間にぽつぽつと大粒の雨が三人を襲った。


 ザアアアアアアア。


「ああ~」


 間に合わず、仕方なく近くの軒下を借りる。清麻呂は両腕を組んだ。中にある家宝を守っているのだろう。


「まあ、小一時間したら止みますよ」

「そうだな」

「あめ、つよい」


 大人二人の願いは空しく、雨は強くなるばかりだった。

 近くには桂川がある。清仁の額から汗が垂れる。横を見遣ると、清麻呂が顔を真っ白にしていた。


「うわッ顔色悪いどころか死人の色! ヤバイってことですよね。これ、川めちゃくちゃ濁流みたいになってますよ」

「…………ゃばい」

「声ちっさ!」


「…………氾濫する」

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