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人間とは怖いもの見たさで危険を冒してしまう生き物である。三十数年生きた清仁とて例外ではない。学生のノリで、またしても古墳に赴いてしまった。やはり、スマートフォンの電波はピクリともしない。しかし、あれが幻ではないことを知っている。
「せめて、一瞬でもネットが使えてたらなぁ」
そうは思うが、後悔するのはいつも終わってからのことで、あの状況で危害を加えないあやかしだと判断して行動するのは難しかっただろう。
「あるじ」
「うん、始めよう」
おはぎが両手を挙げてやる気を見せる。
たっぷりの睡眠、適度な運動が功を奏したのか、おはぎが人型でいる時間を一日六時間までと決めて制御しているからか、彼女が急に兎へ戻ることはなくなった。
国守曰く、おはぎ自身の力が強くなることでも人型でいられる時間が延びるらしいので、二人で体力作りをすることにした。
「ひもの端を右手と左手それぞれで持つんだよ」
「こう?」
「そう。上手だね~!」
今日はお手製のなわとびで運動することにした。これならどこでも出来、金もかからず全身運動が可能だ。
おはぎがなわとびを正しく持てただけで褒める清仁は立派な親バカに成長していた。三十三歳という年齢を考えたら、実際このくらいの子どもがいてもおかしくない。
「じゃあ、さっそく跳んでみようか。俺の真似をしてね」
おはぎの前でなわを回し、一度ぴょんと跳んでみせる。おはぎが拍手した。
「あるじ、すごい」
「ありがと。おはぎちゃんもやってみて」
「うん」
おはぎがぴょんと跳ぶ。次いで、なわがぽとんと落ちてきた。
「おしい! なわをもうちょっと早く回してみると、ちょうど跳んでいる時に足と地面の間を通ると思うよ」
「やる」
「その調子!」
おはぎは失敗しても失敗しても、諦めずになわとびを跳び続けた。何十回目かの挑戦で、ついになわとびが引っ掛からずにおはぎの足の下を通った。おはぎが満面の笑みで清仁に言う。
「あるじ。できた!」
「うんうん! 出来たね! さすが!」
おはぎの笑顔が見られただけで清仁は大満足だった。運動のために始めたことだが、こうやって彼女が何か新しいものに触れて、少しずつ日々の楽しさを見つけてくれたら嬉しい。
「清仁様、おはぎ様」
二人を呼ぶ声がして振り向く。北野が立っていた。畑での作業をした帰りらしい。
「北野さん、こんにちは」
「こんにちは。面白そうな遊びですね」
一生懸命ぴょんぴょんするおはぎを北野が微笑ましく見つめる。清仁にとってしたら北野は優しい近所の女性にすぎないが、健康な体、優しい性格、農業が出来るという点から考えてもかなりの好物件だと思う。両親は早く結婚してほしいようだが、この分ならすぐにでも見つかるだろう。
「きたのさん、あそぼ」
「申し訳ありません。今日は戻ったらすぐに別の仕事がありまして。では、明日お家に伺いますね」
「ぜったい。おはぎまってる」
「はい」
北野がお辞儀をして去っていく。きっと彼女が帰宅して今のことを話せば、両親はまた余計な期待をして盛り上がるに違いない。早いところ、あの家族に春がやってくることを願う。
「ああ、平和だなぁ」
清仁が空を見上げる。あやかしが一体もいない、綺麗な青空だった。




