2
「ええと、ご趣味は」
見合いで思いつく科白がこれしかなく、興味も無いのに聞いてみる。北野も聞かれてきょとんとしていた。完全に間違えた。
「趣味ですか」
「すみません、変なこと聞いて」
「いえ、全然。私のことを聞いてくださるなんて恐れ多くて。そうですね……普段は生きることに精いっぱいで特別なことは何も……あ、野菜が育つのを見るのは好きです」
随分シンプルな趣味だと思ったが、ここは長岡京だ。子どもの玩具も独楽かお手玉。貴族でもなければ、珍しい物を手に取る機会も無い。つまり、彼女は貴族の可能性が低いということだ。
彼女の手を見ると、やはり荒れている。恐らく農民なのだろう。清麻呂がスカウトしたのか分からないが、何も知らなさそうな純朴な女性を連れてきて、彼はいったいどうしたいのか。清仁の肩がさらに縮こまる。
ついに観念した清仁が白旗を上げた。
「ごめんなさい。せっかく来て頂いたのに、俺、結婚するつもりないんです」
がっかりされてしまうか、怒り出すか。泣かれたら堪ったものではない。とても慰める自信が無い。そう身構えていたら、やはりきょとん顔のままだった。いまいち彼女の心情が読めない。
「そうなのですか。分かりました」
「ここまでご足労頂いたのにすみません」
頭を下げると、北野が両手を振った。
「そんな、頭を上げてください。それに、私はこの服を頂いただけで満足です」
そこで初めて彼女の服を見る。なるほど、上等なものだ。
「清麻呂さんが渡したのですね」
「はい。これを上げるから見合いをしてくれとおっしゃっていました」
「はあ、あの人は……」
話を聞くに、北野は服をもらったことが嬉しく、見合いの結果はどうでもよかったらしい。この服を売れば、親がしばらくゆっくり出来るだけの蓄えになるという。
「そうだ。お礼にうちの畑を見にいらっしゃいませんか? たいした物はないですけど、お好きな野菜がありましたらいくらでも持っていってください」
「ええと、じゃあ、宜しくお願いします」
見合いの話題が一瞬で過ぎ去って安心する。野菜なら興味がある。持ち帰れば国守が喜ぶし、育て方を聞いて、だだっ広い庭に家庭菜園を作って育てるのもいい。二人分の野菜を栽培出来れば、清仁も単なるニートから脱して家計の役に立てる。
外に出たら、清麻呂がうろうろうろうろ、庭を歩き回っていた。絶賛不審者である。
「やや、もうよいのか?」
恐らく、国守に家の中で待つことを拒否されたのだろう。清麻呂の方が位が上なのに。清麻呂が競歩で近づいてきた。
「ああ、いいんです。結婚しないし。それより、北野さんの畑にお邪魔することになったので、野菜もらったら清麻呂さんにも分けますね」
「おおお、もうそこまでの仲に!!」
「ご近所さんならみんなそんな感じだと思いますけど。とりあえず、いってきます」
「清仁! ご両親にご挨拶するなら、これを持っていきなさい!」
清麻呂から袋を持たされた。思わず受け取ってしまったが、そういう挨拶はしない。しかし、家に邪魔するのは事実なので、手土産としてもらっておく。
「有難う御座います。じゃあ」
「気を付けていってくるのだぞ」
一番気合いの入っている清麻呂を置いて、二人で外に出た。
「お家はどちらですか?」
「ここから四半刻くらいです」
三十分かかるのは予想の範囲内だ。自宅を案内され、彼女の両親に畑を見せてもらおうと挨拶をすると腰を抜かされた。
「あわあああ貴族様が私たちの家にぃ!」
「お母さん、落ち着いて」
「北野も何故そのような姿に!?」
「お父さん」
──ここで手土産を渡したらショック死されそうで怖いな。




