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「あ、なんでこの前逃げたんですか」


 道を歩いていたら数日振りに清麻呂に出会った。清仁が詰め寄ると、へらへら笑って答えた。


「すまんすまん。あの日は私の今日の運勢が悪くてな。運気が下がる言葉を一切拒否していたのだ」

「占い好きなんだ」

「占いは当たるぞ。陰陽師直々に発表されるものだから」

「それは当たりますね」


 清仁が納得する。式神を操る陰陽師ならば、国の重要人物だって信用する。令和とは占いの重要度が違っていた。


「許せ」

「まあ、いいですけど」


 清麻呂は清仁の保護者ではないし、いたところで頼りになるかと言われたら首を傾げる。そんなことを思っていたら、あの日の不運を思い出した。


「そうだ、あの後大変だったんですよ。偶然歩いた先が、早良親王が幽閉されてた乙訓寺だったし。知らなくて、途中まで入っちゃいましたよ」

「む? 乙訓寺の説明は最初に私がしただろう。聞いていなかったのか」

「あれ、そうでしたっけ」


 聞いていたはずだが、全然覚えていなかった。やはり日本史は難しい。パンフレットがあってよかった。どうせなら、歴史の教科書があればなおよかった。隣に歩く歴史がいるので、それはそれで楽しいが。


「そういえば、久しぶりですね。毎日会いに来るもんだと思ってました。暇そうにしてるから」

「私はしっかり任された仕事を行っている。敬いなさい」

「はぁい」


 適当に返事をしていたら、後ろから男が近づいてきた。


「お待たせ致しました」

「おお、来たか。今回忙しかったのは他でもない。息子が帰っていたからなのだ」

「息子!?」


 思わず、清麻呂とその横に立った男を見比べてしまう。この時代で役職持ちであれば結婚し、子どもがいるのも当然なのだろうが、清麻呂に息子がいるなんて想像すらしていなかった。


「はじめまして、若野清仁です」

和気広世わけのひろよと申します」


 見たところ、清仁と同じか少々年上か。同年代の人間に出会えて、清仁の心が躍る。


「普段は和気邸にいらっしゃるのですか? ご趣味は?」

「ええと、普段は──」


 嬉々として質問する清仁の前に清麻呂が割って入る。


「何を喜んでいる! 私という親友がありながら、それだけでは満足出来ないというのか!」

「えッ……」


 清仁が驚いた顔を見せると、清麻呂が広世の袖に縋りついた。


「我が息子よ……私を慰めておくれ……」

「父上は少々頑固なところがおありですが、仕事は真面目で正直な方です。もしよろしければ、数多の友人の端の方にでも父上を置いてくださると私としても嬉しいのですが」

「謙虚!」


 身内の贔屓が入っているかもしれないが、確かに清麻呂は正直だ。清仁からすれば暇なおじさんに見えても仕事をちゃんとしているらしいし、嫌ってもいない。それに、ここでは清仁に数多の友人などどこにもいないわけで。


「大丈夫です。貴方の御父上とは仲良くしたいと思っています」


 広世に宣言すると、深々頭を下げられた。


「有難う御座います! 年がこんなにも離れているのに仲良くしてくださるなんて、神様の化身では?」

「違います」


 この時代の人たちはすぐ神だと言ってくる。もう神様に間違われるのはお腹いっぱいだ。なんというか、性格は違ってもやはり親子なのだと清仁は実感した。


「ううう、そこまで私のことを思っていてくれたとは……」

「いや、そこまでも何も仲良くしたいと言っただけですけど」


 大げさな父親が抱き着こうとしてきたので、両手を伸ばして全力拒否を示しておいた。友人と言えども、おじさんと抱き合う趣味は無い。


「父上、私はそろそろ失礼させて頂きます。清仁殿もお会い出来て嬉しゅう御座いました」

「いえ、こちらこそ」

「いつでも戻ってくるのだぞ」

「はい」


 やはり深々頭を下げ、待っていた従者一人を連れ、広世は優美に去っていった。


──貴族っぽい。そうだ、貴族ってあんな感じだ。上品というか余裕があるというか。


「清仁清仁、今日はすまーとふぉんを持ってはいないのか? 機密事項だと思って広世の前では黙っていたのだから、少し私に貸してはくれないか」


 目の前で初老の男がもじもじと上目遣いをして強請ってくる。広世の父ということは彼より身分の高い貴族だろうに。


「持ってますけど、何に使うんですか?」

「写真を撮る」

「落とさないでくださいね」

「落としたら、私の命をもって償おう」


 重い誓いを立てられたが、清仁は清麻呂の命なんぞいらない。それよりしっかりスマートフォンを持っていてほしい。


「はい。リングに指通して」

「分かっている。ちゃんと覚えた」


 介護なのか育児なのか分からないまま、スマートフォンを貸した清仁がその辺の岩に座る。


 一方、うきうきの清麻呂は両手でスマートフォンを抱きしめて速足で消えていった。


「まあ、気が済んだら戻るだろ」


 道行く人を眺めていたら、欠伸が出た。せっかくの暇な時間を有効に使うべく、後ろの木にもたれかかり目を閉じた。どうせここには、スマートフォン以外盗まれて困るものはない。そもそも、まだ短期間であるが、ここで過ごして犯罪に出会ったこともない。平和な時代に感謝した。

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