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「へへ、あの、おはよ、御座います……素敵な朝ですね」
「ひッ……あ、おはよう」
昨日振りに青年と会った。というより、待ち伏せされていたのではないかという程良いタイミングで朝の挨拶をされた。横にある木の影からぬぅっと出てきたので、おそらくそうだろう。
「早起きなんだね」
「ふふ、今から寝ます」
「夜に寝て朝は起きようね」
昨日に比べると、だいぶ声の張りも出てきた。しかし、まだ一般人の十分の一くらいだが。
超絶後ろ向きな彼がわざわざ挨拶をするため待っていてくれたのなら、相談に乗った甲斐もある。
「はい。夜も寝ます」
「朝は起きようね」
「はい。八百万の君」
「なんて?」
明らかにおかしいあだ名らしきもので呼ばれ、清仁が声を大きくさせる。なんだろう、この壮大で別次元のセンスは。
「神様のお名前を存じておらず申し訳ありません。きっと名を馳せたお方でしょうに、私が無知なばかりに、死にます」
「お願いだから死なないで!」
清仁が原因で死んだら、命の恩人から殺人鬼になってしまう。それは嫌だ。夢に見る。
「とりあえず、八百万の神とは言うけど、八百万だけだったら無数のっていう意味で、無数の人という俺が量産されている状態になっちゃうから。他のがいいかな」
「そうでしたか。無知で申し訳ありません、死にま、せん」
「よかった。それで名前なら俺は若野き」
「何が宜しいでしょうか。神様、神様の君……」
「全然話聞かないねえ」
そもそも、清仁は神様でもなんでもない。令和のしがないサラリーマンである。神と崇められても、自分に奇跡は起こせないのだ。
「とりあえず、元気になったみたいでよかった。じゃあ、俺はこれで」
見知らぬ面倒に深く足を突っ込みたくないので、早々に去ることにする。しかし、袖を両手で掴まれ、青年に制止された。
「神の君……もう少しだけ、そのお姿を私に見せて頂けはしませんか……そうしましたら、また今日も生きながらえることが出来そうで」
「うはぁ……」
──仲があまり宜しくないらしい親御さん、是非息子さんのお迎えに来て頂けないでしょうか!
彼の性格的にこの手を強く振り払うことも難しい。
その時、おはぎが動いた。
『ぷ!』
立ち上がり、喉を鳴らしたと思ったら、周りの小石が数個浮き上がった。
清仁は驚いた。まだ数日の付き合いだが、こんな現象を起こしたことがなかった。元から出来るのか、使役したことで力が使えるようになったのか。どちらにせよ、大変なことだ。なにせ、おはぎは視えずとも、浮いた小石は青年にも見えるからだ。
おそらく、主人が困っていることを感じて、青年を追い払おうとしてくれているのだろう。しかし、怪奇現象を起こす人間だと噂が広まったら困る上、万が一おはぎが小石を青年に向けて投げて当たったりしたら怪我をしてしまうかもしれない。杞憂だった。
小石は数秒浮き上がったのち、ふよふよと力を失くして地面に落ちていった。とりあえず、青年が怪我をするフラグは無事折られた。
「す──……」
あとはこの息を吸っているのか吐いているのか何か言いたいのかよく分からない青年をどうするかだ。
「今のは」
「素晴らしいです……! やはり我が神の君……!」
両手を握り締められ、清仁は白目を剥いた。もうどんな呼ばれ方だっていい。一刻も早く立ち去りたい。固い床でいいから国守宅でお昼寝したい。
「まあ、なんだ。今日に限らず、明日からも元気に生きてね」
「私を勇気づけるためにこのような奇跡を……有難う御座います。一生の思い出にさせて頂きます」
「それでいいから。じゃあ。あ、このことはどうか内密に」
「はい。私の胸の中に、大切に仕舞っておきます」
「うんうん。じゃあね」
清仁は富士山山頂にいる気分になりながら、浅くなる呼吸をどうにか誤魔化し、青年と別れることに成功した。
「おはぎちゃん、ありがとね。ちょっとお昼寝、いやまだ朝だから二度寝しよっか」
『ぷ』
もふもふとの二度寝は最高だった。




